少年が天に向かって吼えた
悲痛の叫びに天が泣き
少年の頬を流れる涙を隠す

目覚めれば、再び地獄に叩き落される
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#10 終焉-Of his death



































少年は戦場に居た

斬、と何十人、何百人目になるか分からない人間を斬り、その死体を跨ぐ
血は雨の様に大地に降り注ぎ、赤黒く染め上げた
魔道銃を撃ち放ってくる敵の側面から頚椎に刃を刺し込み殺し、刃を抜くと同時に背後から斬りかかって来た敵を胴体から真っ二つに切断する
圧倒的なまでの戦力―――たった一人の戦力で以って、その大地は血色に染まっていた




少年は雪降る街道を歩いていた

胸に残る痛覚を刺激する物とは違う痛みに眉根を寄せ、ファティマに向かい歩いていた

涙は流れない、流さない
父の首を切断すると、少年は違反になる事にも関わらず墓を掘った
雪の地面に穴を掘り、そこに胴体と首が別々になった父を埋葬した
少年は母に尋ねた。恨んでいますか、と
その問いに、母は悲しそうに顔を横に振った
少年の母にとっても、父親にとっても、これは享受しなければならない因果だったのだ
己の子供を捨て、優秀な者のみを育てるという行為が
だから彼女は息子を恨む事が出来なかった
そして、情けなさだけが心に積もっていた
父親が行った行為は、赦されざる行いだ
しかし、その処断を息子にやらせてしまうと言う―――親殺しの罪を被せてしまうという事態を引き起こしてしまった
彼女の息子は、多くの命を奪うという罪と共に、父を殺めた罪をも着る事になったのだ
その事が母親にとっては心苦しかった、情けなかった、許せなかった
だから、彼女は恨んでいないと、息子に告げたのだ

少年の弟は、それを唯見守っていた
父を止められなかった事は、母と同罪でしかないのだから
それと同時に、自分の中を巡る血の事を考える
自分は父から高い資質を受け継いだ
それこそ、何れ磨き上げていけば父を超える程の
だが、結局、そんな資質を持っていたとしても意味は無かった
本来力持つ者が果たすべき行為を、無能と罵られていた兄がこなしてしまったのだから
兄は強い
それこそ、今ここで兄を楽に超える魔術能力で戦闘を仕掛けたところで、兄が手を抜かなければ一瞬で殺される事だろう
それこそ、怨血呪器を持つ持たないに関わらずだ
自分が一つの階段を登るのに、兄は血を吐く思いで五段、六段と登っていたのだ
そんな人間に勝つような事は出来ない
自分は天才だ
それは他人も認める事だし、自分でも内に眠る資質の高さは理解している
だけど、それが何だと言うのか?
結局、そんな物があったとしても、こんな事態になるまで、自分は何も出来なかったのだ
吐き出しそうになる後悔の念を堪え、父を丁寧に埋葬する兄を見ていた

少年はやがて黙祷を終えると、静かに歩き出した
母に別れを告げ、弟に家を頼み
そして刑を執行した自分は、唯この場所を去る
随分と、苦しむ復讐になってしまったと、そう思う
最期の最期まで、結局苦しんでいたのは自分だった
あの人は最期まで穏やかで、酷く安らかだった
認識した恨みを忘れる事は出来ない、この先も一生自分の中に、その無能という劣等感は息づいていくだろう
だが、それと同時に彼は父親であるという、何でもない、だけど大切な事を思い出せた
彼は、自分で息子に捨てさせた物を、再び自分の手で戻させたのだ
自分の命と引き換えに―――

ぎゅっ、と剣を握っていた手を握る

未だ首を刎ねる時の感触が残っている
今までどうとも思わなかった感触だ
しかし、そのどうとも思わない感触が、今は自分を責め苛ませている
だが、と同時に思う
これが命の重みなのだ、と
だから、だからまだ、自分は闘える
戦わなければならないのだ
少年は、『決心』していた




少年は戦場に居た

血で滑る柄を放さない様に握り、更に戦場を疾走する
握る漆黒の刃は血を吸い、歓喜の白煙を上げ
逆の手に握る白刃は、鮮血で妖艶に穢されていた
憑かれた様に、虚無的な視線を這わせる
そこには既に生気という物が欠如していた
唯、決められた動作を繰り返す“物”に他ならなかった
そして、次の標的を発見する




少年は雪に閉ざされた山に居た

幼い頃から一年程前まで、その殆どを費やした場所へ赴いていた
答えが、見つかったんだ
宛がわれた役におさまり、それがたった一つの真実なんだと勝手に勘違いしていた
いや、それこそが国の思惑だったのか
それに少年は気付いた
随分時間が掛かってしまったものだと思う
だけど、それも今日で終わりだ
別に戦場に立つのを辞める訳ではない
これからは、自分の意志で戦場に赴き、その剣を振るうのだ
人を殺すという本質は変わっていない
だがそれでも、今度は確固たる自分の意識を持って決めた事だ
だが―――その気付く為の代償は大きかった

「……っ」

心が寂しさに病む
切なさに狂いそうになる
雪に彩られた世界が儚げに心を責め苛む
それを堪え、震えそうになる心と身体を抱き締めた
大丈夫だ
師に逢えれば、話せれば、この気持ちも治まる

苦しみに歪みそうになる顔を必死に作り、その雪の道を歩いた
雪に埋もれた山林を抜け、やがてその場所に辿り着いた
白く染まった屋敷
その門を潜り抜け、逸る気持ちを抑えて屋敷の扉を開けた
シン―――と、耳を傷める様な静寂が広がる
雪と風が鳴らす音すらも聞こえない世界に歓迎され、少年は小さく笑った
相変わらず、この場所は静かだ
呟く事すらせずに漆黒の軍靴を脱ぐと、冷たい床を踏みしめる
だが、それにしては静かだった
ここは殆ど無人に近いといっても、一人の人間が住んでいる
だが、そんな雰囲気すら無い

また、床で眠っているのだろうか?

それならば、自分の為よりも、早く相手の為に顔を見せなければならないだろう
そう、少し楽しそうに先の計画を練ると、足を冷たい床の先にある部屋へと向けた

さて、どんな事を話そうか?
早速自分の意志で以って生きる決意を決めた事を話そうか
それとも最近城であった面白い事を話そうか
それとも…
考えれば考えるだけ話したい事が思い浮かぶ
そしてきっと、そのどれもが話したい事なのだろう

そして少年は、何よりもその―――懺悔、を―――聞いて欲しかった
そしてその先に、赦してもらいたいのだ

そして、足は師が眠る部屋の前で止まる
そして、障子に手を掛けた処で違和感に気付いた

おかしい
彼女は何時だって自分がここに立てば声の一つを掛けてくれる
しかし、今日はそれが無い
内心部屋に居ないのか、と思うがそれは無い
感覚で捉えた情報の中には、彼女が部屋の中に居るのだと示す物がある
今日は偶々眠りが深いのだろうか?
そう考え、何気なく障子を開け放った

「師匠」

声を掛けながら部屋の中に入る
部屋の中心には布団、そして存在を示すように白髪の女性が眠っていた
それを確認して、少年は何故か安堵の溜息を吐き出した

「師匠」

子供が母親に語りかける様に
少年は一歩一歩進む度に言葉を紡いでいた

それは、まるで―――壊れたかの様に

そして、女性が眠る横に腰を下ろすと、視線を師と仰ぐ彼女に向けた

「師匠、俺さ…やっと答えが見つかったんだ」
「………」
「だけど、その代償も大きかった…俺、父さんを斬ったんだ」

罪を確認する様に、少年は言う

「けど、復讐で斬った訳じゃない。逃れる事の出来ない罪があったから、だから斬ったんだ」

その心に溜まる物を吐き出す様に、だけど決して赦されないのだと少年は語る

「けど、気付いた」
「………」
「気付けたんだ。自分に宛がわれていた役に。そして、これから歩む路に」

そして、少年は手を伸ばし女性の頬に触れた
それは以前、眼前の女性が撫でてくれた様に愛しそうに
父が必死に伸ばした手で、懺悔を乞う様に

その―――既に生気を失った頬を撫でた

ぽとりと少年の頬を伝った物が女性の眠る布団を濡らした
片手だけでは足りない
少年は両手で眼前で眠る女性の顔を抱え込むと、愛しそうにその白い髪を撫でる
嗚咽しながら、笑う

「ごめんなさい…」

自分は伝える事が出来なかった
彼女が愛してくれる間に、隣で自分の話を聞いてくれる間に、彼女が望んでいた答えを告げる事が出来なかった
何時も、その愛を与えられるだけで、返してあげる事すらも出来なかった

「…ぅ…ぁ…ぁあ…ふっ…ああ…ごめ、ごめんなさ、い…」

溢れ出る涙が、師と仰いだ、母となってくれた、自分が好きだった人の顔を濡らす
その美しく、安らかな表情の顔に涙の線を描いた
苦しみの表情が無い
きっと苦しむ事も無く、明日は生きていられるのだろうかとか、動く体で朝食は何を食べようかとか、この冬山での生活を振り返っていたりとか―――

明日は祐一が来てくれるだろうかとか…そんな何気ない事を考えながら―――

きっと、本当に、それこそ何でもない様に、嘘みたいに自然に息を引き取ったのだろう
だから、この人の顔はこんなにも安らかなのだ
これじゃあこの人は、何も俺に残してくれないじゃないか…
人は、何かを遺すのではなく、遺さない様に死ぬのだという
その遺さない過程で、他人の心に何かを残すのだ
この人は、何も無い
何も、最期の一瞬を誰に見られる事も無く、逝ってしまった
きっと、今度祐一が来る時には答えを持って来てくれるだろうだろうと、私が育てた子は賢いのだからと、そんな希望を持っていたに違いないから

「ぅわ、ぁ…ああ、ああ…」

今更報いようの無い答えだ
もっと早く、こんな何気ない、それこそ何時気付いても可笑しく無い答えなんて、笑いながら言えば良かったのだ
気付く為の要素なんてそこ等中に転がっていたんだ
なのに自分は気付かないふりをして、必死に眼を逸らして、その事実から逃げていた

今更後悔を聞いてくれる人は居ない
安らかな寝顔のこの人だけなのだ
俺が赦しを乞い、そして赦してくれるのは
だから、だからそれを、必死に心に押し止める
そして、今は冷たくなった師の身体を抱き締めた
冷たかった
でも、それ以上に心が寒かった
ぼろぼろと涙を流して、愛する人を抱き締めているというのに、心は一向に満たされない
それこそ逆に寂しくなる

「ね、ぇ…師匠…」

嗚咽が混ざる、震える声色で必死に語りかける

「俺、師匠に拾われて…ほんとに良かった…」

もう、語ったところで無意味だという事は知っている
その綺麗な髪を梳いたって無意味だと知っている

「師匠が作ってくれる飯は美味かった…俺の部下に、耕介さんて居るけど…その人と同じくらい美味かったよ…そして、温かかった…」

強く強く抱き締めて、もう感じる事の出来ない温もりを必死に感じようとする
夢であって欲しい、幻であって欲しい
でも、この夢は醒めない、これは夢じゃないから、現実だから

「きっと、何時までも楽しいんだと、俺は思ってたんだ」

そして、安寧を否定する
呼びかけて応えてくれる事はもう無いのだ
そして、名前を呼んでくれる事も、もう無いのだ

「ねぇ…師匠…俺は師匠に抱き締められるの、好きだったんだ。これが母親なのかな、とか、恋人だったらこれが逆なのかな、とか思いながら…その抱き締めてくれる温かさに眼を細めていた。そして、今は逆に俺が師匠を抱き締めているんだ。こんなに嬉しくて、師匠がどんな反応をしてくれるのか楽しみな事は無いよ…けど―――」

理解する―――

彼女はもう

「何で、師匠を抱き締めていられるのに…こんなに強く、抱き締めているのに…こんなに悲しいんだ…っ」

理解した。彼女はもう―――

その白い頬に触れる

―――生きていないのだ




少年は戦場に居た

事の経過は憶えては居なかった
唯、冷たくなった師の亡骸を屋敷の裏に埋葬し、荒らされる事の無い様に血で干渉否定の結界を敷いた後ただふらふらと城に戻った
元帥やら誰かに結果を求められ、何かやり取りした後に部屋に戻って眠った
時々北川や名雪、耕介さんやら斎藤が来てくれたのを憶えてはいるが、何を話したかまでは憶えていなかった
生色を欠いた自分の顔色は酷かったのだろう
特に名雪何かは酷く泣きそうだったのを憶えている
耕介さんは特製の料理を持ってきてくれたのを憶えている
だけど何一つまともな反応は返せなかった
そして気付けば召集が掛かっていた
今の状態で戦場に出るのは無謀だと、北川が抗議していたが関係なかった
今は、何かして、この空虚な気持ちを埋めたかったのだと思う

そして今、新しい獲物を見つけて刃を振り上げている

「う、わあああああああっ!!?」

振り下ろされた刃が接触
眼前に火花が飛び散り、一戟目で相手を仕留められなかった事を知らせる
照らされて見えた顔はまだ幼く、自分よりもニ、三歳下だと言う事が分かる
少年兵という奴だろう
その光景に、一瞬だけ手が緩む
その一瞬で、相手が無茶苦茶に振るった刃が腕を掠めた
痛い
そんな当たり前の事実
その事実に、褪めていた心に色彩が多少戻る
だが、その心が明確になる前に、刃は少年の足を薙ぎ払った

「う、ぎ、ああああああああああっ!?」

絶叫が上がり、少年兵が無残に足を失った状態で地面に転がった
追撃に、漆黒の刃を構え、背中から心臓を貫く形で突きを放った

―――何で、俺は、人を殺す事しか出来ない?

地面を這い蹲って逃げようとする少年兵の脊髄を貫通し、心臓を貫く
それで彼は絶命した。的確で迅速な殺し方だ

―――最期に『父さん』と、『母さん』と、助けを乞う様な呟きが、耳朶を侵した

刃を刺し込んだ状態で停止する
吐き気がする
世界が揺れる
頭痛が増す
手が震える
俺は今、両親に助けを求めようとした、自分よりも幼い子供に何をした?
何人殺した? どの位命を奪った? 死んだ? 殺した?

―――俺は、何でこんな事をしている?

明確になりつつある意識が、今の状態を確認していた
そして、己が行った醜態を知らせてくれる
今度は確かに、世界が一瞬揺らいだ感覚を受けた

―――ねぇ師匠、俺は愚かだったよ

俺は、師匠に教えられた事で、人を殺す事しか出来ない
今でも思い出す、いや―――今だからこそ思い出す
師匠は俺が一人で剣を振っている処を見ると、必ず悲しい顔をしていた
俺がしていたのは、人を殺す訓練で―――師匠が教えてくれていたのは、内在する隠れた劣等感を少しでも癒す為だったという事を
今になって、事実を知って、全てに後悔する
後悔しないと、口に出した現実に罅が入った

―――もし、今殺した少年を殺さずに逃がしていたら、少なくとも彼の家族はそれだけで幸せだったんじゃないだろうか?

俺は、殺す事しか出来ない
そしてまた一つ、不幸を作り出した
コレが戦場で、敵を殺す事が正しいのだとしても、殺す事なんてなかったんじゃ無いか?
それが絶対の答えなんかじゃ無いだろう
そしてふと、父の事を思い出した
父を殺す事なんか無かったんじゃないか?
逆に辛い思いをさせてしまうかもしれない
罪を償う過酷な路を歩ませてしまうだろう
しかし、城には逃げられたとでも報告すれば良かったんじゃ無いか?
それでせめて母親と弟は安堵した筈だ
自分も罪悪に苦しまずに済む
なのに、何で、こんな事をしてしまったのだろう

―――ああ、分からない

そして、くっと、皮肉気に顔を歪めた
その顔で天を仰ぐ

「最初から…」

敵に囲まれた
誰かが走り込んでくる気配がある
しかし、それでも顔を天に向けていた
そして、咆哮

「―――最初っから自分で考えて!自分で想って!誰か大切な人達を優先してええぇぇっ!!」

刺し込んでいた漆黒の刃を今一度振り上げる

「間違ってても大切な事を貫ける方法を!師匠が教えてくれた大切な一つ一つによおおおおぉぉぉぉおおおおっっ!!」

そして、迫ってくる人垣を前にして
その漆黒の刃を叩きつける様に振り下ろす

「もっと早く気付けよ馬鹿野郎がああああぁぁぁぁぁああああああああああああああっっ――――!!!!!!」

血反吐を吐く様に深い怨嗟を吐き出し、全ての絶望を嘆く様に絶叫し
最後の最後、黒い剣の“絶望”を、不安定な心から、奥底から解放した
それは駄々をこねる子供のように、されど諦観と悲哀を知った大人の様に
処構わず影がうねり、飲み込み、消滅を決定付ける

「はぁっ…はぁ、う、げほ、がふ、っ、っつが、はぁ、はぁっ…」

何も残らない光景に反吐を吐き出し蹲る
消した筈の罪の絵画は、消し飛ばした筈なのに今も確かに存在する
それは、先程よりも強く切なく明確に、自分の罪を訴えるように、頭の中を引っ掻き回す様に
ソコに一番近い場所。心の奥底にはっきりと鮮明に彩りも紅く飾られている




国を、信じていた訳じゃ無かったんだ
自分を中心に、辺りを殺戮し尽くした光景を見て思う
こうしていれば、きっと誰かが僕を必要として、僕を見てくれる
相沢祐一は愛に餓えていた。愛される事を欲していた
それが―――狂信的な行動に直結していただけ
僕はいいこにしています。だから―――

だから僕を見てください

お父さん、頑張っている僕を褒めて
お母さん、僕も春人みたく抱き締めて
師匠、ずっと僕と一緒に居て
誰か、僕を愛して、見ていて、

―――赦して

寂しいまでに与えられなかった愛の反動は、心を蝕み、正しい事をしていればきっと誰かが自分を愛してくれるという思いへと繋がる
根付いてしまった深い空虚は、それを埋める為に最大限の努力を課した
だから祐一という存在は天才ではなく秀才
だが、それも終わり

少年・相沢祐一は―――紅く濡れた剣を、手放した











to next…

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