家の中は温かい
そんな事は嘘だった
凍えていくのは、ただ己の心のみ

少々昔語りでも行うとしようか―――
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#1 運命―Fate



































窓から―――唯、家の中を覗いていた

まるでそれは、家無き子が家族集まる団欒を羨む様に
彼――相沢祐一は、その光景を見続けていた
いや、正確には違う

「………」

視界に収めながらも、祐一は決してソレを見てはいなかった
祐一の心の中には、純然とした思いが存在する
それを考えるならば、今の状況は酷く自然
間違いなんか何処にも無い
だから―――彼の表情は何処までも冷静で

―――それに隠れる様に、酷く悲しげだった

自分は、欠陥品だ
そんな認識
相沢という家は世界の魔術師系列の中でも、最高位の家系であるだろう
父は世界五指(ロード・オブ・ロード)――最強の魔術師【 灼陽帝(サン・シャイン) 】
そんな人物の教えを、弟子入りする事無しに請う事が出来るのだ
それに加え、相沢は領主――侯爵の位を国より与えられた貴い血統
これを幸せと言わずして、なんと言おうか
だが、そんな中で、彼だけは孤独だった

相沢祐一には、魔法の資質は無い
それに加え、能力も持ち合わせずして生まれてきた出来損ないの欠陥製品
それが祐一自身の認識であるし、それが周り一般の認識でもあった
しかし、祐一は優秀だった
自分の中にある凡庸な魔力を研ぎ澄まし、先鋭化させている
同年代の中では、祐一程魔法という概念に詳しい人間は存在しないだろう
だが、それだけに惜しい
努力する“才能”を持ち合わせておきながら、彼には他の皆が持つべき資質を持ち合わせていなかったのだ

それが欠陥製品たる所以

能力というのは所謂得意分野の事でもある
突出した才能、それが能力なのだ

祐一は万能だ
しかし、それだけ
他には何も無い
幾ら祐一が全分野を平均的に遣えたとしても、それは他の全員だって同じなのだ
能力をもったからといって、それはあくまでも得意分野
不得意分野が生まれる訳ではない
祐一が全分野を“5”の力で操作出来る人間なら、他の人間は全分野を“5”で操る力に加え“10”で使用できる分野が付属してくるのだ
だから祐一は欠陥品
貴族という枠組みでは、それだけで異端に見られる

だから、か…今、自分はここに居る

「は、ああ…」

一際深く息を吐いた
それに比例して、白い世界に自分の吐いた吐息の痕跡が広がる
ここ大陸北の冬は、極寒と言えるだろう
そんな中で、祐一は普段着にただローブを纏っただけで屋敷の庭に佇んでいた
しかし、その存在は哀れなほど儚げ
いや、祐一の纏う雰囲気がそうさせているのだろう
自分という存在を自然に溶け込ませ、世に満ちるエーテルを感じ、魔道を高める
魔術における瞑想という修行の一環だ
それを、こんな極寒の中、祐一は苦行ともとれる修行を行っている
十歳の、まだ幼さが抜け切らない少年には余りにも過酷な状況だ
しかしそれでも、その内に秘める力を、出来るだけ研ぎ澄まさなければならない理由が祐一には在る

考えるのは自分の弟――相沢春人の事だ
現在の状況で、祐一と同年代の子供の間には、魔術的能力には天と地程の差が開いていると言ってもいい
しかし、それも弟と父の前では五十歩百歩の夢幻、意味無き物
とある人間が、地に足をつけたまま届かない空に手を伸ばす程の距離しか、自分は普通の同年代とは離れていないのだ
そして―――その届かない位置に居るのが、弟と父
直線的な距離に表すならば、大地と雲と月程にも差が生じているだろう
それほどまでに、彼らは“化物”だった
生まれながらにして高い魔系資質を携えた選ばれし人間
だから、か―――

自分は、あの家で…必要無かった

祐一が一瞬で編む事が出来る魔術と春人が一瞬で編む事が出来る魔術では、未だその正確さで祐一が勝っているだろう
しかし、それもあと少しで終わりだ
春人のセンスは父譲りだと言ってもいい
何も受け継がなかった祐一とは違う
ロードに成るべくして生まれた存在の様な物だ
彼こそが天才と言われる人種だろう

それでも、祐一は妬みを見せる様な事はしなかった
そう、それが“正しい事”だから―――

恨みなんてない
自分はこの国を構成する駒の一つ
この国に必要とされるのは強き存在、ただそれだけだ
なら、そんな存在が家族から排出されるのに何を、恨みを、妬みを抱える必要がある?
この国が存続するならば、喜んで捨て駒になろう
それが存在意義
この国に生を享けた人間の存在意義

ならば、笑え、盛大に
狂え、我が国の為に
死ね、我らが王の為に

思考が統一する
世界が白く染まる
身体を巡る魔力が研ぎ澄まされる
ただ唯一の、絶対的な精神に対して、精神力に左右される空間的な魔術構成式が鋭利に、歪み無く、狂い無く、純粋な姿を世界に晒す

これは矛盾だ

狂えば狂う程に魔力の精度は増すのだ
狂信的な心が内在世界を満たしている限り、そこに歪みは決して生まれない
そう、それは―――信じているから

世界を知らない思考は、それが狂っているとは決して思わない
閉鎖的世界で暮らすならば、それこそが世界の真理だからだ
だから、国の為に命を捨てるのが常識であるし
自分の命に付加されている“価値”という概念も、不思議には思わない
自分の能力から価値が決定され、自分自身の命の価値が知れる
“外”の世界では表面的には決して行われない“事実”が、ここでは平然と行われている
―――狂気と平常の境は、誰が決めるのか?
それは人だ
その“世界”に限定された人間達が価値基準をつけるのだ
ならば、祐一の信じる行いは狂気ではなく、普遍たる事実
そこに濁りは無く、ただ純粋たる思い

祐一という少年は、そんな狂った世界で生きていた
唯、だれよりも優秀に国を護るために、その為だけに生きていた
少年には似つかわしくない日常だ
そこには笑顔は無い
そこには常に死と隣り合わせであるという覚悟しか存在しない

この国でだって子供は笑っている
しかし、祐一は笑っていない
その笑う時間を修練に唯賭すだけ
役立つ為に、その力を研ぎ澄ますだけだった

「………っ」

冷え切った身体に魔術構成での疲労が蓄積されていく
鋭利に研ぎ澄ませていた白い思考は、疲労を遮ろうとする闇に覆われ始めた
白かった構成式を編み出す思考は黒く塗り潰され、それと相対するように視界は白く、更に白く塗り潰され、雪景色を更に白く染める様に融けてゆく

限界、か…

そう思いながら、祐一の身体は雪面に倒れこんだ
大丈夫だ…どうにかなる
広い屋敷に生憎と父の趣向で侍女の類は存在していないが――母か、それとも、未だ自分を兄だと呼んでくれる弟に発見される事だろう
苦しくは無い
術式を編み込み、白熱化し、頭痛を伴っていた頭が、埋もれた雪の冷たさにより冷え、思考をクリアにしてくれる
だから、発見されるその時まで、冷静に待てばいい
この寒い現実の中で、孤独の中で
ドクンドクンと未だ脈打つ心臓が、自分はまだちゃんと生きているのだと教えてくれる
だから待てばいい、それで駄目でもそのうち身体は回復するのだ
それならば立って帰ればいいだけの話
だから待て
じっと待て

―――白い病的な世界で、“出逢い”を待つ









――――…









ほら、聞こえるか
誰かが自分を発見した
淡く瞼を開け、その姿を確認しようと試みる
だが、駄目だ
どうやら自分は思っていた以上に疲労していたらしい
思考は泥沼に嵌り、抜け出せない甘い眠りに誘われる
ただ最後に、

美しい女性を―――見た様な、気がした



















「あっ――――」

夢を視る事も無く、祐一は覚醒した
自分がどれだけ眠っていたのか分からない
唯、自分は、自分が寝床と決めている場所で寝ていたという事しか知りえる情報が無かった

外は―――暗い

白銀が舞う世界で体感していた時間から最低でも三時間以上が経過している事位しか分からない
もしかしたら既に深夜を迎えているかもしれないし、既に朝方なのかもしれない

「………」

取り敢えずは運んでくれた誰かに礼を述べるのが先決だろう
そう決めて、祐一は毛布をどかしベッドを降りると、すっかり闇色に染まった部屋をドアに向かって歩き出した

「起きたか」

足が止まる
声を掛けられた
おかしい。幾ら世界が闇に侵食されて部屋内部を確認出来ないとはいえ、見慣れている日常に異物が混ざれば目に留まる筈だ
それに異物というのが生物であれば尚の事、静まり返った闇の中では視覚よりも聴覚が研ぎ澄まされ、自分以外の誰かが意図的に存在を隠していない限りは呼吸音すらも聞き分ける事が出来る
しかし、今の声色には“意図”と呼ばれる物は存在していなかった
ならば、完全に生物が放っている筈の気配を消し
唯一個のオブジェであるかのように存在していた事になる

その事実に辿り着いた時、戦慄を覚え、と同時に背中に寒気が走った

―――冷静になれ
自分にそう言い聞かせて、祐一は感知されない程度に魔力を練る、が

「無駄だ。止めておけ」
「な―――――!?」

相手は後ろではなく、前に存在した
移動したのか、それとも初めから眼前に佇んでいたのか、それすらも解る事無く意識が混乱する
乱れた心は考えるよりも速く身体に伝達を下し視線を勢いよく戻させ、その姿を確認する

「誰だ…」

窓から入る、街の灯りが銀の雪に反射した光がカーテンを通して淡い光で影を映す

目の前に立つのは一人の女だった

その髪は白髪。しかし染めているという訳ではない
そして自分を見る黒き瞳と整った顔立ち
そして余りに似合っている淡い色調の着物と、女性が持つには相応しくない剣
一目見れば見惚れるだろう美貌がそこにあった

「ああ、あまり警戒しないでくれ。別に怪しい者ではない」
「それを信じろと?」
「そうだな、では…屋敷の庭で魔力消費による疲労で雪面に倒れこんでいた君を助けた者だ、と言えばいいかな?」

その言葉を聞いた瞬間、脳裏に気を失う前の光景が甦る
ただ一瞬だけ見えた光景
白い結晶舞う薄暗い空を背景に映える―――美しい女性
その人は、白い髪に、黒い瞳をしていなかったか?

「――――」
「理解してくれたか?」
「あ、すみません…助けてくれた方だと知らず無礼を…」
「構わないさ。驚かせてしまった非は私に在る」

そして、暗闇の中で笑ったらしい女性は、部屋にあるエーテル変換の灯に火を灯した
光を集める為に開いていた瞳孔が突如付いた灯に驚き視界を埋める
そんな中で、段々と慣れてきた視力で、祐一は女性の姿を確認した
―――綺麗だ
しかし、それ以上に違和感を覚えた
この人には、決定的に何かが不足している様に思える
何だ?と思うと同時に女性が振り向く

「ふむ…不思議そうな眼をしているな? 何だ?」
「いや、何ていうか…その綺麗なんだけど―――」
「はは、嬉しいな。こんな老人(・・)を綺麗だと褒めてくれるとは」
「え、いや、えっと、そうじゃなくて―――って、老人?」

祐一が疑問の声を上げる
その呆気に取られた様な表情に女性は頬を緩ますと、そこにあった椅子へと腰を下ろした

「そう、私は老人さ。今年でもう140になる…」
「140…?」
「聞いた事は無いかな? ルベリアの奥地、そこには魔物が帰化した存在、長命を誇るエルフが存在している話を」

そんな話、聞いた事が無い
いや、そもそも外界の話などシャイグレイスには届かないのだ

「知らない、か。まぁ、ここで暮らす者は知らないのも無理は無い。それで話を戻すが…私はその民から伝えられる一種の禁術を使用している」
「禁術を?」
「そうだ。己の命を延命する為の魔術。エルフの長命を解析する事から始まった魔術だ。この魔術――『永き世界への口付け(エルダル・ウィズ・ラヴィア)』は己の魔術的能力を全て延命に回す事で、人間の寿命を約二倍に引き上げ、身体の状態をその人間が最も絶頂期であった頃に止めてくれる力を有している」

己の寿命が尽きる、その時までな…そう加えて女性は黙った
それでこの女性に欠けていた物の存在が理解出来た
それは魔力、または生命の煌きだ
全てを延命と肉体維持に回しているこの女性には、外側に漏れる魔力なんて余分な力は如何程も無いのだ
それに加え、寿命を二倍にするというならば、この女性の本来の姿は七十の老婆だ
残り少ない命である事に変わりは無い
だから、か。眼前の女性には“煌き”が酷く少ない様に思える

「ま、こんな物を使用している理由は有るんだが―――」
「?」

そこで女性は祐一の全身を眺め、頷き、思案している様な仕草を見せる
そして、楽しそうに、少し困った様に笑った

「まさか、“目標”を見に来て掘り出し物に出逢うとはな…」
「あ、あの…?」
「うん? ああ、いや、すまない。少々考え事をしていた。…そうだね…それも良いかもしれない…」

訳が解らない
そんな表情を浮かべる祐一を前に、女性は座っていた椅子から立ち上がると、ドアの所に向かって歩き出した
どうやら、部屋から出て行くらしい

「あの…何処へ?」
「うん。君の両親の所だ」

どうして、という言葉は出なかった
その前に、女性が祐一の言葉を遮ったから

「君を貰って行く。その交渉の為だ」

この時から、全てが始まった











to next…

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