そうして、紅い闇は生まれた
殺戮の化身
剣の神

全てを終えて、シャイグレイスへと戻った時、その時の話だ
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#3 帰還-Return



































雪が舞っている
静かに、されど強く
シャイグレイスの冬に相応しい光景だ

ここはシャイグレイス国、水瀬宰相が管理する領
その中に在る時計塔下のベンチだった

少女、いや、少女の外見をした少年が腰掛けている
長い黒髪に黒い瞳、黒い外套を纏った少年―――相沢祐一だ




「五年、か…」

感慨深く呟く
自分の家が管理する領地を離れて五年。歳も十五になった
ここシャイグレイスでは一般的な男子の成人年齢だ
五年の間、山から下りても訪れるのは小さな農村のみ
人が溢れる街に来るのは久し振りだった
それでも、自分は未だ相沢の領地に足を踏み入れてはいない
何故か?
簡単だ。自分は預けられた、もとい捨てられた身。そうそう踏み入れる事は出来ない
だから、ここ――水瀬が管理する地に訪れた
ここに来るのは七年振りになる
八歳の時に訪れ、その時以来だ
それからは出来損ないの烙印を軽くする為に、全ての力を注いで身を削る修行に時を費やしていた
最後に従姉弟と会話したのは七年前
最後の言葉は「また今度、だね」

「随分長い『また今度』になったもんだ…」

呟いて、苦笑する
余裕を持つ事が出来ず、自分に高い価値をつける為に命を削っていた
そして師に出逢い、更に命を削っていた
そんな人間が全てを終え、『試験』を受ける為に山を下りて来たのだ
全て、この時の為に
国を護る支柱へと成りえる為に―――

「祐一?」

と、そんな事を考えていると、声が上から降ってきた
昔に聞いた、馴染みある声
この声は…

「名雪、か?」

自然と自分の従姉弟である少女の名を呟いていた
その声に、髪を三つ編みにしている少女は表情を崩す

「祐一って、髪の毛長いから最初は全然判んなかったよー」
「?、それじゃ何で分かったんだ? 確か手紙には容姿の事は一言も書かずに出してしまったと思ってたが…」
「うーん、それは従姉弟としての感、かな?」

そんなアバウトな答えに、再び苦笑する
ほんと、あまり感情を表に出さない自分としては驚く位に表情を緩めているかもしれない
これ以上に笑っていられるのは緋菜菊にドッキリを仕掛けられている時位の物だ

「ほんと、手紙も突然だったから驚いたし。五年前にお母さんから、祐一が相沢の家から養子に出されたって聞いた時も凄く驚いたんだから」
「養子…そういう事になってるのか…」
「うん? どうかしたの祐一?」
「いや、何でもない」

首を振って、走った思考に終止符を打つ
分かり切っていた事だ
最悪の場合は死亡届すら出ているという考えからすれば、遥かにマシだと言える
名雪からの話から推測するなら、自分の弟である春人にも本当の内容が語られていない可能性があるだろう
自分が出来損ないとして、捨てられた話は

「…行こう、名雪。流石にここは冷える」
「ん、そうだね。それじゃ付いて来て。今日は久し振りにお母さんも休みだから逢えるんだよ」

ネガティブな思考にケリをつけ、口を開く
その言葉に、嬉しそうに歩き出した従姉弟
その後ろに続き、祐一は歩き出した



















「手紙が来た時は、流石に驚きましたよ祐一さん」
「すみません、突然に…」

水瀬の屋敷に到着し、秋子のもてなしを受ける
場に居合わせているのは、他に名雪のみ
関係者以外は全てこの場から退場して貰っている
血縁の場で警備などは無粋だ、と秋子が下がらせたのだ

コポコポと紅茶が年代物のカップに注がれ、暖かな湯気が部屋に上る
どうぞ、と言われ差し出された紅茶は、美味いと感じるよりも、何処か懐かしく感じた
一口、二口含み嚥下。暖かな飲み物を飲んだ後に吐き出される溜息を吐き出し、その白磁のカップを置く

「今まではどちらにいらしたんですか?」
「山奥、ですよ。とある剣師の元で修行を」

その言葉に名雪が疑問の表情を浮かべるが、逆に秋子は真剣その物の表情になる
名雪は祐一が魔術師から何故剣士に転向したのかを不思議に思っている様だが、秋子は違う
聡い彼女の事だ。きっと今の事だけで幾らかの事情を察知してしまっただろう
捨てられたという事実の何割かを

「…辛かったですか?」

聞かれると思っていたセリフだ
しかし、迷う訳でもなく言う事が出来る
それだけは確かな事

「いえ、本当に楽しかったです」

嘘偽り無く、祐一はそう言った
苦笑しか浮かべなかった少年が、純粋に笑みを浮かべてそう言った
その言葉に安心、いや、その表情に安心したのか、秋子は微笑みながら頷いた

「だけど、祐一って魔術師志望だったよね? 実際春人君もそうだし」
「ああ、それは―――」

名雪の言葉に逡巡する
何故、魔術師になるのを止めたのか
それは…

「何、唯俺には魔術師としての才能が無いだけだ。相沢の家系は春人が守ってくれるだろう。それに養子先では、剣もいい物だと思ってな…剣士に転向したのさ」

嘘だ。しかし、全てじゃない
自分に魔術師としての才能が無いのは本当だし、父の血を濃く受け継いでいる春人が相沢の侯爵としての立場を継ぐのは本当の事だろう
しかし、剣に憧れを持った訳ではない。剣を持つ、あの白い髪の女性に憧れ、その美しいまでの強さに惹かれただけだ
それに話の肝である、自分が出来損ないだという事実を二人は知らない
知らされていない
眼前に座る少年が、能力を持ち合わせていない出来損ないだとは
嘘を付く時は真実を混ぜれば、嘘が見破られる可能性は低くなる
それは演技の中に嘘っぽさが抜けるからだろう
いや、今言った事は的を外して真実しか述べていない様な物だ
全て、自分が屋敷を追われた事に質問の矢が刺さらない様に

「ふーん…そうなんだ…でも、祐一ってそのまま水瀬の領地に来たんだよね? 何で相沢の領地に戻らなかったの?」
「…名雪、ここは城下に近いよな?」
「え? うん、そうだけど…」
「今の時期、王都ファティマでは何が行われる?」

その問いに、横で小さく「あっ」と秋子が声を漏らす

「―――上位騎士選考…ですか?」
「はい、その通りです秋子さん」

上位騎士選考―――
シャイグレイス、ファティマ王城に仕える者を選ぶ為の選考会だ
騎士、とついては居るが、ここでの騎士という意味は王家を守護する者、または戦闘能力保有者の事を指す
つまりは魔術師でも剣士でも、魔銃士でも、果ては拳闘士でも、強い者を選び、士官としての地位を与えるという物である
しかし、純粋に戦闘能力だけではなく、頭の方も試される
年々数百の人間がコレを受け、一般兵士か、それとも上位の地位かを割り振られるのだ
祐一の父、相沢夜人もここから侯爵の地位をもぎ取った
そして、今は既に“名”を返還したとはいえ眼前の女性、水瀬秋子――元・世界五指(ロード・オブ・ロード)【 水魔の巫女(レディウィンター) 】も
だが、これには命の保障が無い
元々シャイグレイスという国は、命を軽視している節が多々ある
上位士官には犯罪現場での独自裁断権が与えられている位だ
勿論判断によっては死刑という判決でも許される
そんな実情に秋子の表情は曇る
甥である祐一を心配しているのだろう
見れば名雪は泣きそうな顔までしている
だが、

「大丈夫です、秋子さん、名雪。俺は死んだりしませんよ」
「ですが…」
「祐一…」
「国の支柱になる。そして国の為に動く。それが―――」

曇り無い瞳で、純粋な口調で

「俺達の生き方、でしょう?」

祐一は、そう言った
彼は未だ、愚直なまでに国を信じきっていた











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