戦場への参加
血と臓腑が敷き詰められる地獄
夜は、暗く、美しい

初めて戦場という舞台に登った時の話だ
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#5 戦場-Battlefield



































この頃の情勢は酷く不安定だったのを覚えている
大陸中央ツォアルと南、及び東のザスコールとウィニシーアが手を結んだのだ
いや、正確に言い表すならツォアル所属の国になった、と言い表すべきか
突如として国力が増大したツォアルは、以前より敵対していたシャイグレイスへと侵攻
敵対勢力の根絶を図った
それにより戦争は三国対一国の戦争に発展
ツォアルとシャイグレイスの国境は臓腑溢れる地獄へと変わっていた
紅き地獄へと―――









「これより、上位騎士十四名はそれぞれ二百の兵を率い、戦争へと参加してもらう」

騎士選考が終了して数日、離宮へと部屋を用意された自分達へ命令が下った
唐突ではあるが、現在の情勢を鑑みれば頷ける事だ
いきなり指揮を執る立場へとなった自分達に渡されるのは、たった二百の一般兵
エリートとして迎え入れられ、たった“二百枚の盾”で命を護らなければならない
だが、少なくとも―――無駄に散らす等は考えない
いざとなれば、自分が前に立てばいいだけの話だ

「二百、ね…ま、俺が全員生かして帰すさ」
「ツォアル軍の一小隊にも圧倒的劣るけど…ま、大物と当たる確立なんて低いもんだろうからな」

そんな祐一の考えに似た言葉を吐く人物
祐一は視線だけを横に向けると、その姿を確認する
金髪の少年と黒い髪の短髪の少年だ
北川潤と斎藤霧人
正直、試験が始まる前からこの二人は合格するだろうとは予想していたが、まさか本当になるとは思いもしなかった
数奇な運命という奴だろう
あの瞬間から、この二人とは縁があるらしい

「それでは―――いや、その前に一つ…」

と、そこで参謀が思い出したかのように口を開けた

「相沢、そして北川…前へ」
「?、…はっ」
「?、なんスか?」

呼ばれると同時に前へ出る
疑問を顔に出しているのは北川だけでなく祐一も
無表情な何時もの顔に似つかわしくない疑問の表情を浮かべている

「北川、特に相沢。お前ら二人は上位騎士の中でも最強だろう…それは新規古株問わずにだ。故に、これを渡しておく」
「―――仮面?」
「デスマスク…ですか?」

意図が読めない
そんな顔をしていたのか、眼前に立つ参謀は一つ頷くと再び口を開く

「そう、仮面、だ。これは相手への心理的効果を狙っている。―――相沢夜人は、知っているな?」

その言葉に、心臓が一つ大きく脈打った
北川が一度こちらを見たが気にしない
参謀も探る様にこちらを見ているが、唯冷静に頷いた
シャイグレイスの外では相沢という家名について知らないが、少なくても国内において相沢を名乗る人間は少ない
それは侯爵としてシャイグレイスの一地方を預かっているという意味を持つからだ
だから―――二人は自分が“相沢”の関係者だという事を予想しているだろう
まさか、実の息子だとは思ってもいないだろうが…

「えぇ、知っています」
「まぁ、現ロードの一人ですからね…」
「当たり前だな。我が国に居て、彼を知らない者など赤子にも居ないだろうからな…。それで仮面についてだが―――これは相沢夜人が戦場に出る際につけている物と同じものだ」
「相沢夜人が?」
「そうだ。彼は外界に自分の顔が出るのを嫌ってな、これをつけて毎回出撃している」
「―――成る程…」
「そうか…つまり参謀は、これをつけて相沢夜人のフェイクを作り、“仮面をつけた最強”を演じろ、と言いたい訳ですね?」
「その通りだ。彼は最前線に出撃する訳だが、これで『相沢夜人が三人になる』ことを演出する事が出来る。もし敵方にこちらの思惑が知られても、それはそれで構わん。その時は―――」
「化け物が二人増えるだけ、と」

最後の言葉を祐一が代弁し、それに合わせて参謀は口の端を歪めた
静かに、手渡された仮面を見つめる
毎回、これをつけて戦場へと立つ最強の魔術師
我が、父

「………」

面をつけ、確認
視界は、多少考慮されているのか広い
これなら邪魔になるという事も余り無いだろう
もっとも、空間把握により視界を認識していれば関係無いが
だが、邪魔になったとしても、この面は外さないだろう
胸にある小さなしこり
これは―――反抗心?

「おい相沢」

名を呼ばれ、伏せていた顔を上げる
呼ばれた方向を見れば、そこには仮面をつけた金髪の姿

「…何だ?」
「どうだ? 似合うか?」
「…フッ…」
「て、てめぇ! 鼻で笑ってんじゃねえよ!?」
「仮面に似合うもあるか、阿呆が」
「ちっ…喋る様になったかと思えばコレだ。口が悪いったらありゃしない。そんな毒ばっか吐いてたら口が腐るぞ?」
「悪いな。これが今の俺の精一杯だ。次回面を被る時には最高級の賛辞を贈ろう」
「はいはい、そりゃどうも…」

ちっ、と舌打ちして北川が話を切る
初めて出会った時から二人の乗りはこんな物だ
北川が話しかけて、祐一にあしらわれる
傍から見れば、仲が良い様にも見れるが――二人にとっては誤解以外の何物でもない
北川にとっては“宿敵”、祐一にとっては“馬鹿”という認識だからだ
そんな光景を第三視点で傍観していた斎藤は溜息を吐き出した

「やれやれ…仲が良いんだか悪いんだか…」
「ふっ…仲は良いぜ? 今すぐ殴りたい位に」
「壁相手にでも殴ってろ。それより作戦が始まる」

仮面を被った祐一が視線を動かすと同時に、号令が飛ぶのが理解出来た
緊張感が場を凍らせる。だが、少なくとも北川、斎藤、祐一の三人だけは普段と変わらずそこに立っていた
やがて与えられた兵、それぞれ二百が眼前に整列する

「相沢隊長、私を含め二百、確かに揃いました。どうぞ指示を」

年の頃は一つか二つ上だろうか? そんな少年が自分に報告を入れる
それに頷くと、横を見て北川と視線を合わせる

「―――。それでは、これより戦闘を仕掛ける。無理はするな。仕留められる時だけ前に出ろ。では―――」
「戦士隊前へ! それに続き魔術師部隊も前進せよ!!」

祐一に続き、北川が指示を飛ばす
これでお互い生きていれば出会えるのは数時間後になる
主力部隊は中央を、そして祐一及び他六名の上位騎士は左翼、北川と斎藤、そして他五名の上位騎士は右翼へと陣を展開する
その後ろに防衛線を張る様に、古株の上位騎士達が陣を展開する手筈だ
祐一、北川という特異点があったとしても、新兵は所詮捨て駒という意図が見えてならない
祐一は進軍し始めた部隊の前に立ち考える
期待している部分はあるだろう
だが、二百という数はあまりにも少なすぎる
最前線で戦っているのは数万対数万
そんな処に僅か二百の兵を投入した処で、蜂の巣を突付く自殺行為に他ならない
いや、もしくはそれが狙いか
こちらには“フェイク”が有るのだ
突付いて掻き乱して、敵本隊に動揺を与える事こそが狙い
だったら被害総数は最低限に抑えなければならない
言わば、今年の合格者は優秀な捨て駒と言ったところか
全く…笑えない話だ
だが―――そう簡単に死者を出すつもりは、これっぽっちも無かった









「………」

高台から下の大地を見渡す
見えるのは遥か先に自軍と敵軍が闘っている光景と―――敵大部隊の腹

「魔術師部隊は重力緩和系魔術――飛行能力が低い物を全員に掛けろ。それが終了したら対魔術結界の重ね掛けだ。それが終了次第―――この崖から飛び降りて奇襲を掛ける」
「魔術師部隊はどうしますか? 相沢隊長」
「ここに残れ。俺が全員を連れて落下している間は敵の魔法を相殺する事だけを行い、終了後は敵陣に爆雷系の―――音響、破壊効果が大きい物を打ち込め。それと斥候を敵が回りこみ登ってくるだろう位置に配置し、敵部隊の動きを監視させ危険が迫り次第魔術師部隊に報告、退却させろ」

目的はあくまで捨て駒の喜劇
だが、簡単に駒を減らす様な真似はしない
生きて帰らせ、尚且つ国に勝利をもたらす
完全な―――勝利を得る!!

「作戦開始、魔術は?」
「―――唯今完了しました」

少し遅れて完了の報告を受ける
それに頷き、息を吸い、吐く

「隠密機動の為、あえて声を張り上げる真似はしない。だが、生きて帰って来い。それでは―――作戦開始だ。俺に続け」

息を殺し、夜の空に人影が舞う
一人、二人―――七隊合わせて約千ばかりの影が宙を埋め尽くした
だが、敵部隊は気付かない。中々良い状況だ
そして―――着地
同時に、数百の視線が集中した

「な、て、敵襲!!」
「全員会戦!! 本隊の方向へ退路を確保しながら掻き乱せ!! 俺が殺戮を許可するっ!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!』

今度こそ咆哮が上がった
仮面に隠れた口元を歪に曲げ、剣を片手に祐一は密集する敵陣に疾走した
上空から雷が降り、炎の群れが着弾する
しかし、それに対抗するのは敵軍の魔術師部隊だ。一斉に崖上に向けて魔術の掃射を展開する
先ずは魔術師部隊を崩す!

「ッ!!」

敵との接触まで十五メートル程の距離を残し、祐一は純白の剣を振りかぶる

「舞え!! 墓標立つ戦場(ミリオン・グレイヴ)ッ!!」

声と共に握っているケイテシィが脈動、魔術処理への魔力循環を告げる
それと同時に、神速の剣を真一文字に繰り出した

キュイッ――――

夜を照らす月光に反射し、銀光が闇に線を引く
柄から分離した刃は超高速で宙を滑り、僅か十五の距離をゼロへと変える
ギミック搭載型の特殊儀礼祝器――ミリオン・グレイブ
墓標の意味を司る刃は、走り込んできていた敵の鎧すら破壊し、その胸元へと破壊の傷痕を刻み付ける

ドグンッ!!

人体が不自然な破壊を周囲に晒し、刃に巻き込まれる様に就き刺さった人間が舞う
吹き飛んだ人間に巻き込まれ、数十人の足並みを崩す
手首を返し、走りながら刃を回収
刃と柄との間にある特殊繊維がオートで巻き戻してくれるのを確認して、突如一番前になってしまった不幸な兵士へと、懐から出したナイフを眉間へと刺し込む
――絶命
不快感は感じない。人を殺す事に躊躇いは無い
死ね、死ねっ、死ねっ!
ゴミ屑の様に人間の身体が寸断され紅い液体を地面へとぶちまける
その上を祐一が履く軍靴がバシャンと音を立てて駆け抜けた
一閃、ニ閃、三閃―――
最早紅に濡れた純白が、宙に血の線と銀の煌きだけを残して消失する

「ぐげっ!?」
「がぶっん…」

圧倒的暴力の前に、敵の数を減らそうとしていたツォアル軍の足並みに躊躇いが生まれる
返り血を浴び、紅く染まる仮面を撫で、彼らに祐一は微笑んだ
仮面越しに、殺気という死の気配を乗せて









「何故だ! 何故中ら――ぐべっ!?」
「く、くそっ!! 攻撃を集中させろ!! 数でもって奴を封殺するんだ!!」

もう一つの戦場。北川が“フェイク”を演じる場でも殺戮劇は起こっていた
北川に剣が魔法が、敵の手が集中する
しかし、それでも北川にはそれが中らない

北川潤は特殊な能力を保有している
【 千里眼 】と呼ばれるそれは、視覚で捉える全情報を省く事無く認識し、世界の動きをスローモーションで捉える事を可能としてる
それにより範囲系魔術による一斉掃射でなければ、北川潤の動きを止める事は出来ない
尚更、こんな人が密集する戦場等で、そんな高位力の魔法は使用出来ないので北川の生存率は格段に上がる事になる
それに加え――彼の手が握るのは旧時代の遺産兵装、機工魔剣『アズラエル』
特殊極細金属繊維が何十と乱れ狂い、一振りだけで眼前に立つ人間を数十の肉塊へと処理していく
人間はありえない死の形に恐れを抱く
人本来が所有する潜在的恐怖だ
食い殺される事や、ましてや一振りで人間がバラバラになったら正気なんぞ失うだろう
後続からの声が飛ぶ中、前衛からは恐怖の絶叫が木霊する
そして北川を眼前にする度に顔を恐怖で引き攣らせ、逃げようとする姿勢のまま北川に解体される
恐怖を根付かせ、敵が逃げ腰になろうとも、北川は退かない
祐一と同じく、指揮を執る立場だと言うのに剣を振るい続けている
横目で部下の状態を確認し、危なくなったら躊躇い無く北川は部下の前に立つ敵を切り刻んでいる
祐一も同じだった。結局二人は根本的な処で似ているのかもしれない
だが、それと同時に違う処も存在している

北川の様に、『冷徹に徹している』か
祐一の様に、『冷徹に成り切っている』か、だ

北川は唯純粋に仲間を助ける為に剣を振るっている
対し、祐一は完全な勝利を得る為に――損害を減らす為に剣を振るっている
結果は同じだが、その過程は全く対極
祐一の中には人間の心の大部分が欠如している
妄信的な程に国を信じ、その為に“手駒”を一つでも多く持ち帰る為に相手を惨殺する
上から『部下を囮にして敵大将の首を獲れ』と言われれば、祐一は実行するだろう
それほどまでに、相沢祐一は冷静に冷徹だった

この国の者は皆、総じて祐一に近い状態になる
徹底した外情報の排除は、偏った世界を作り上げる
それにより兵は敵を殺す事を完全な善とし、国に尽くさない事を悪とした
根付いた価値観は、そう簡単に崩壊しない
その点で言えば、北川が仲間を助ける為に剣を振るっている方が異常だと取れる
この国においては異端だと捉えられるだろう
だが、決して極少数という訳ではない
閉鎖的空間であっても、価値観を変える出来事は存在するからだ
何かを失ってみれば、悲しみを得れば、それは変わる事もある
それが、北川潤には早く訪れただけだった

物心がついたら、彼は斎藤家で暮らしていた
酒飲みの魔剣士、斎藤和真を祖父に持つ斎藤霧人と共に
和真は“外”の住人だった
何でも追われていたらしく、それで他国の手が伸びないこの国へと密入国を計ったらしい
彼は色々な事を知っていた
様々な国、様々な人が存在する事を知っていたし
国の中で語られる程、外の世界は汚い訳ではない事も知っていた
自分は“北川”という家名を持つ人間で、斎藤ではない事を知ったのは十歳に成るか成らないかの時だ
それには何の感慨も浮かばなかったが、既に両親が他界している事を聞いた時、

顔も知らない両親の為に泣かない代わり――“北川”である事を誓った

それが当然だと思ったし、霧人が居るので関係ないとも思った
そして変革の時が訪れる

斎藤和真が病死した

流れなかった涙が流れた
自分はこんなにもこの人の事を信頼していたのだと痛感した
だから、この飲んだ暮れの魔剣士の様に―――
笑いながら強く在りたいと、そう願った
そして北川は“外れた”
枷を断ち切ったのだ
この閉鎖された世界での自由ではなく、不自由を選んだ
そして、今に至る

北川潤は、この閉鎖された世界を塗り替える為に
相沢祐一は、この閉鎖された世界を護る為に―――
国に仕える事を選んだのだ











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