汚染される血液――心
喰らいつく――手に馴染む金色と漆黒
邂逅する――出遭う最強

完全なる呪いの器を託され、奴と始めて遭った時の話だ
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#6 死神-death bringer



































死体処理、という物がある
戦場で倒れた人間達を手厚く葬る行為だ
死んでしまえば敵も味方も関係ない
死せる者は皆等しく葬られるのが世の“理”だ
そう、敵も、味方も、無いのだ




ゴンッ――――…

そんな音を残して、謁見の間へ続く扉が閉まった
大聖堂を思わせる作りの謁見の間に、約二十人程の人間が存在していた
全員が全員、シャイグレイス国軍務の正装――白い制服に青いマントを羽織っている
扉の近くに立つのは仮面を被った二人の人間
そして道を作るかのように、左右にはそれぞれ六人の人間が、同じく仮面で顔を隠して立っていた
扉の近くに立つ二人から見て一番奥、そこに三人―――
“王の座”に腰掛ける者と、その横に立つ者二人
その者こそが、シャイグレイスの王―――レイス・イレイト・ファティマ
そして、元帥―――イグニス・レヴィ
宰相―――水瀬秋子であった

「上位騎士、北川潤―――」
「はっ…」
「そして同じく相沢祐一」
「はっ」

静粛なる空気に、気高き声が木霊する
魂を揺さぶる程に“指導者”を実感させる尊き声に、仮面を被る二人が面を上げた

「共に、前へ」

その声で、血で染まったかの様に紅い絨緞の上を歩き始める
それと同時に左右それぞれの仮面を被った騎士が、式典用の装飾剣を眼前の者達と交差させる
そして二人が近付くと同時に、その交差された装飾剣は持ち上げられ、それぞれの眼前に構えられた
その道を二人は歩く
王に逢う事を許された路を

「仮面を外せ」

王の前にまで至り、二人は片膝をつけ頭を垂れた
そして顔をこの場に晒す事を許される
静かに外された面は足元に添えられ、二人の素顔は世界に晒された

「今回の功績、見事であった…」
「はっ、お褒めの言葉、恐れ入ります」
「国に仕える身。役に立てたのならば幸いです」

視線は低く、大理石の床を見るように
二人が忠誠を誓う様な形で述べた言葉に、王は一つ頷く

「そう、今回の戦においての褒賞に―――“試練の資格”を渡そう」
「試練の…資格、ですか?」
「そう。より一層、幻想期の遺産に近付けた――この国でしか作られない特殊な儀礼祝器だ」

そう言うと同時に、隣に控えていた元帥、イグニス・レヴィが前に出た
その手に持たれるのは二振りの剣
一方は過去、倭という国で使用されていた“刀”の作り
そしてもう一方は、金で装飾された西洋剣だった
だが―――

「ほう…気付いたか…」
「えぇ…何て、深い瘴気…」

そのニ振りの剣からは、独特の世界が滲み出していた
そう、限定世界を作り上げるほどに禍々しい、汚染された魔力の気配
言い表すならば、腐食や浸食、腐敗等という言葉を思い起こさせる

「今回の戦で完成させる事が出来た怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ)だ」
「今回の戦で、とは?」
「気になるか?」

イグニスは頷く祐一に暗い笑みを向けた
ぞくり、と悪寒が背筋を上る
その表情に、気高き力から感じる恐怖とは全く違う質の、吐き気を催す様な恐怖を覚えた
北川も同じなのだろう
祐一とは違い、ポーカーフェイスに慣れていない北川の表情には、嫌悪にも似た表情が浮かんでいる
それを見て、イグニスは更に笑みを深めた

「この剣は、ありとあらゆる呪いでもって打たれた剣だ」
「―――呪い?」
「此度の戦で、死した者達はどうしたと思う?」
「そんなの…戦災墓地に埋葬したんじゃ…?」

北川が答えた言葉は一番まともな答えだ
祐一自身も勿論そうだと思っている
だが、イグニスが浮かべる笑みが、その答えを否定していた

「違う」
「―――え?」
「死んだ者達は、手厚く葬ってはいない、という事だ」
「それは、どういう…」
「彼らには、この剣をニ振り作る為の犠牲になって貰った」

意味が解らない
視線だけで、王の横に佇んでいる叔母、秋子を盗み見る
その顔に映る表情は“沈痛”
それだけで、何故か、師が悲しそうな表情をしている時に似た焦燥を覚えた

「ブラッド・ケイテシィを完成させるには、“業火”で以って祝福儀礼を享けた金属を熱し、“憎悪”で以って金属を冷やす事を繰り返さなければならない。つまり、だ。回収した死体で業火を作り上げ、搾り出した血液で剣を冷やしたという事だ」

冒涜だ
死者に対する冒涜だ
怒りを感じるよりも、恐怖した
怒りは、特に感じない
侵攻してきた者達を駆除したのは自分だ
憤怒するなんてのはお門違いの感情に他ならない
殺しておいて、『それは冒涜だ!』と叫んだ処で、自分が犯した“殺人”という罪が無くなる訳ではない
一生消えない傷痕を背負うと決めているのに、今更許しを請う様な真似をする事はしない、してはならない
北川も、黙って耐えている
吐き出しそうになる怨嗟を堪え、“許しを請わない”様に口を慎んでいる

「これが、今回の戦で散った者達の無念だ、憎悪だ、悲しみだ。逃げ出すなら今のうちだぞ? 弱き者は要らん。国は、全ての者の怨嗟すら背負って歩ける強き者を必要としている。受け取るか否か、北川潤、相沢祐一、ここで決めよ」

その言葉こそが真意なのだろう
先ほどまで浮かべていた笑みは既に無い
そこに在るのは、唯己の深淵に問いかける者の顔
屍の上に立ち、その流血の河を歩けるかどうかの覚悟を問う
―――既に覚悟はしている
通らなければならない道ならば、避けて通る様な真似はしない
全ては―――我が国の為に

そこに自意識は無かった
唯、自分が決めていた道だけが在った

「背負います。その憎悪を」
「背負います。その命の重みを」

祐一の答えと、北川の答えが重なる
しかし、答えは重ならなかった
似ている様で違う意味
祐一は殺した者達の怨嗟を受ける覚悟であり、北川においては、護りきれなかった者達の無念を背負うと云ったのだ
覚悟はした
全く違う意味だが、確かにここに―――二人は呪いを受ける覚悟をした

「―――…誓いは聴いた。ならば…この器、受け取れ」

そして、差し出された柄を―――――

ドクンッ…

「あっ――――――――」

悲鳴が漏れる、意識が反転する、心臓をくり貫かれる
刃が頬を掠め、二度目の刃は背を裂き、三度目の刃は首を落とした
死ね
火炎が人体を焼く吐き気を催す様な匂いが鼻腔を刺激する
氷礫が各器官を刺し穿ち、吹き飛ばして行く
首がずれる、右と左の視界がスライドする、脳髄を切り裂かれる激痛が体内を駆けずり回る
腕が千切れかけた神経を空気に晒しながらだらりとぶら下がる
認識出来ない虚脱感を覚え、よく見れば足が既に無いことを知る
目の前を絶望が覆い尽くす
相手の眼孔に手を差し込み、脳髄を右手で掻き乱し引っこ抜く
神経が引き摺られるヒステリックな痛みが木霊するが、決して誰も気付かない
誰か助けてと呼びかけるが、誰も彼もが自分に気付かず、既に死に体となった自分を踏み台にして駆けて行く
死ね、死にたい、助けて、死ね、殺せ、何で、死ね、殺せ、俺が、痛い、助け、死なないといけない?
絶叫が世界を覆い尽くす
耐え切れない痛みが脳髄を溶かすほどに痛みを訴える
五感を持っている事を心底恐怖した
こんな痛みはいらない、受けない、引き受けない
勝手な事はするな、これは俺の身体だ、侵食する意識に唾を吐きかけて、蹴り上げてでも無理矢理止める
フザケロ
死ね
意識は腐敗し、世界が明滅する
押し付けられた地獄と煉獄に、唇の端を切るほど歯を噛み締め耐え抜く
俺が殺した、呪われる覚悟はある、地獄にだって落ちてやる
内臓に異物が侵入する、刃物が腹部の神経を切り裂き、紅い筋組織を切開し、脈打つ細胞を切り開く
狂ってしまうほどに甘美な死の快楽を受けて意識が堕ちそうになるが否定―――覚醒を求める

地獄は引き受けた
弱き人の子よ
脆き心の支柱を支えにする愚か者よ
未だ自分を確立できない未熟者よ
闇を知り、闇を受け入れよ
それが我が存在を使用する許可証
―――相沢祐一
月明かりに照らされぬ、真の闇を、その脳髄に刻み込め
我が名は―――




「あっ―――――――」

世界が色を取り戻す
と同時に、柄を掴んだまま、大理石の床に倒れこんだ
時間にしてどの位経っていたのだろうか?
一分? 一時間?
多分一秒すらも経っていないだろう
しかし、今駆け抜けたありとあらゆる痛みと言葉の羅列は一生をもってしても体験出来る物ではない
だって、人間は一生で一度しか死ぬ事が出来ないから

「ぜっ、はぁっ、ぐ、げほっ! げほっ! く、ぐぅっ…あぁ…はぁ、はぁ、はぁっ!!」

発狂しなかっただけ僥倖と言える
身体中から魔力が抜かれた様な虚脱感を受けるが、多分それは―――
手に持つ金で装飾された漆黒の刃を見る
―――この剣に、己が名を刻み込む為だったのだろう

「ほう…まさか二人共に耐え切るとは…」

感嘆の溜息を吐き出すイグニス
その言葉を受けて、北川も、“あの地獄”を耐えたのだと知る事が出来た
横に眼を遣る気力すら残っていない
胃の内容物を吐き出さないのと、激しい頭痛に耐えるだけで精一杯だ
だが、まだ眠る訳にはいかない

「北川潤、相沢祐一。従えた呪いの銘を教えよ。それが、互いに契約を刻み込んだ者の務めだ」

告げられる命令に、蒼白になっている顔面を上げる
怨嗟を吐き出しそうになる意識を抑え、自分自身の意識を口に出す

「き、騎士、北川潤が、は、ぁ、従えるは…魔剣・際限を知らぬ餓狼(ホロコースト)ォ! 宿りしは、天に属する魔の獣、グラシャラボラス!!」
「騎、士、相沢祐一が従えるはっ、っく、魔剣・剣と盾を与えし堕天(フォーリング・アザゼル)。 宿りしは、醜悪なる死の王、エウリノーム!」

云った。最後の力を振り絞り吐き出した
視界が白濁する
意識が途切れる
最後に見えたのは、駆け寄ってくる叔母の姿だけだった



















冬から三ヵ月後―――聖帝都市ツォアルにて

「冬慈様」
「ん? アリスか。何だ?」

自分に掛けられた声で、そこに立つ少女に気付く
金色の髪に碧眼の少女だ

「次の仕事はどんな物を?」
「ん、まぁ…毎度変わらず傭兵業さね。正規のツォアル直属の傭兵としては最初になるけど…」

そう返し、眼前に構えていた乳白色の刀身を下ろす
少女はそれを聞き、表情を曇らせた
はぁ、とその顔に対して溜息を吐き出す

少女を拾ったのは東―――ウィニシーアの土地だった
焦土と言っても過言ではない程に火炎に包まれた一都市を、武装して走っていた時
ほんの数ヶ月前、ウィニシーアがツォアル配属国となる戦争だった
その都市で、味方から見捨てられたウィニシーアの少女を助けたのだ
火炎舞う戦場で、彼女を抱き起こし、保護する
酔狂とも言える行為だが、何故かその時だけは、そんな事を微塵も思うことは無かった
それ以来、この数ヶ月を少女は『貴方の奴隷です』と云わんばかりについて来た
呼び方も未だ冬慈様と来たもんだ。街中で言われた時には恥ずかしくて死にたくなる
何時か改善させなければならない事だ

「そんな顔をするな、アリス」
「しかし…冬慈様が戦場に向かわれるのに私は…」
「これも獅雅の名を継いだ人間の運命…と言いたい処だが、な。今回は俺よりも高位のロード候補も加わっていると聞く。功績から来る物もあるからどうか判らんが…まぁ、大丈夫だと思う」

だから心配するな、と二つ下の少女の頭を撫でる
子供扱いしないで下さい、とアリスは怒るが、それでもその顔は嬉しそうだった
そんな彼女の顔を見ながら考える
何、答えは簡単だった
戦場のあの場所で、自分はこの少女に一目惚れしただけだったのだ
存外に、世捨て人たる【 仙人 】だった筈なのに、自分は俗物らしい
少女の一喜一憂についつい視線がいってしまう
だが、

「………ッ」

歪に、唇を曲げる
満たされない思いが、飢餓感になって身体を蝕む
戦闘を欲する意識が、最強を目指す“獅雅”の呪いが、心地よい戦場の空気を求めるのだ
恋にも似た焦燥を満たす為に、この身を戦場へと投げ出す
この、人が持つ闘争本能を何十倍にも増幅した感情は、眼前で嬉しそうに立つ少女を抱き、犯した処で満たされる事は無い
幸福を得る事は出来るだろう、愛し合う事は出来るだろう
しかし、満たされる心が在ると同時に満たされない心が在るのも理解してしまう
だから、自分はこの先も一生
戦場を求め彷徨い続ける事だろう
先代が、そうした呪いに負け、戦場で死んだ様に

満たされない飢餓感を覚えたまま、一生を呪いと共に過ごす余生を…









だが、出逢った
心の渇きを潤す、最高の死神と









ロード候補というのは階級制度が設けられており
壱級位〜伍級位、No.1〜50までが存在している
その内の十五名が参加する部隊が、殺戮を是とする部隊と言わずして何と言えばいいのだろうか?
それほどまでに、ツォアルが用意した部隊は最強だった
ロード一人を抱えていれば大国と称されるが、ツォアルには生憎とロードが居ない
いや、居た、か
ツォアル所属、【 聖槍操りし天使(ニーフルーシェ) 】アルドエシェル・クライン
最古の大陸史、その中に登場する天使ニーフルーシェの名を冠した女性
機工魔槍グロスリオラを使用して戦ったツォアルの支柱は、敵対するシャイグレイスの抱える魔人―――仮面の閃光使い【 灼陽帝(サン・シャイン) 】に殺された
辺りを焦熱地獄が支配する中、シャイグレイスの魔人が放った閃光が、ツォアルの聖女の胸を貫いたのだ
それにより聖女独立部隊は瓦解し、従えた筈のザスコールとウィニシーアが叛旗を翻そうとした
しかし、聖女を慕っていた者達は、聖帝の命を受け、最強の騎士団を再編
五人だったロード候補は十五人に達する程になった
この数を相手にするのは、流石に分が悪い
そう判断したザスコールとウィニシーアは留まるに至ったのだ
この時には、ザスコールが抱えるのは当時ロード候補壱級位、一位【 戦場を染めし者(デッド・レッド・ヴァーミリオン) 】
ウィニシーアの代表にして現王――第二位【 極死(ワールド・エンド) 】
そして低位のロード候補しか居なかったからに他ならない
その他国が侵攻を取りやめる程の最強の部隊に、獅雅冬慈――当時ロード候補参級位、第二十六位【 魔術師殺し(ソーサラーブレイカー) 】は参加していた



















空を焦がす瘴気が唸りを上げる―――

「相沢祐一、北川潤はそれぞれ指揮していた部隊を副隊長に任せ散開。その身に宿す力と、怨嗟宿りし魔剣により敵を駆逐せよ」

力は大地を腐敗させ、個々が携える世界に終焉を齎す

「仰せのままに…」

仮面から覗く視線は、唯殺戮を叶える死神の瞳

「では、行け」

そして、哀悼の意を秘めた、悲しき瞳だった



















「ちっ…出遅れたか…」

戦場を駆け抜ける一つの人影
そろそろ黄昏時に差し掛かろうとする頃、その人影は純白の刀を抜刀したまま大地を疾駆していた
顔には失敗したな、と色濃い後悔の表情が浮かんでいる
それは、誰かに謝罪している様にも見えた

「新しく正規で入ったからって、後処理を殆ど任されるとは、な…全く、これじゃアリスにまた心配させて戦場に出る事になるじゃないか…」

つまらなそうに苦笑して、走る人影―――獅雅冬慈は刃を持ち直した

「殆ど突っ走って行っちまうんだもんな…やってられないね」

走る人影が草原地帯を抜け、岩立つ台地へと差し掛かる、と

「……血の匂い…それと……!?……何て深い瘴気だ…」

世界が一遍した
血の匂いに当てられ、戦場を前にした高揚感が高まるが同時に危機感を覚える
濃密な死の気配
主戦力と主戦力が戦う本来のぶつかり合いではない、今回は小さな小競り合い
その筈なのに、その場所に近付いているのか、数万と人が死ぬ場所の気配がする
この先に行けば、生きて帰って来れないかもしれない
だが、己の戦闘を欲する飢餓感は、先に行けと訴える
何、迷う事は無い
生きて帰れない場所に出向き、生きて帰ってくればいいだけの話だ
欲望を重視する感覚が思考を破綻させる
爛々と輝く瞳は、既に獣を思い起こさせた

そして、岩の壁を越え、その場所に降り立った

「―――――――」

一言で表すなら地獄
言い表すならば、人間の死体がそこら中に転がり、至る所に黒い十字架とそれに貼り付けられた物言わぬ死体の群れがそこに在った
良く見れば、その黒い十字架の影は全て(・・)地面から一箇所に向けて走っている
定まらない視線で、泳ぐ様にその黒い影の元を追う

「………」

死体、死体、死体、死体
死体の山
その上に立つ、長い黒髪の騎士
血臭舞う風に、その長い髪が空間に泳ぐ
その仮面は元は白かったのだろう、所々に白い処が見えるが、今は真紅が塗り固めていた
ジュルッ、と音がして、乱立していた黒い十字架が溶けて行く
それと同時に騎士の影へと“黒ペンキ”が収束すると、まるで湖から溺死者の手が伸びてくる様に柄から――― 一振りの剣が這い上がってきた
騎士はそれを握り、こちらを向く

左手には純白の剣、右手には今現れた漆黒の剣
モノクロームの騎士は、その仮面から視線を覗かせる

「――――…ふ、ははっ…」

全身に鳥肌が立った
歓喜が全身を駆け巡る
待っていた…これだよ、これを待っていた
狂笑を顔面に知らず浮かべてしまう程、その瞳が自分を見てくれる事に快楽を覚えた
アリスを愛しているとはまた違う別個の感覚
背筋を這い上がる快楽が脳髄を溶かしそうになる
―――何て甘美な視線
潤んだ瞳を見せるアリスとは相反した、余りに冷たい死線
通常なら、通常なら狂ってしまうだろう程に殺意が滲んだそれは、余りにも純粋だった

「ははっ、はは、―――あははははははははははははははははははははっ!!!!!」

狂った様に笑い声を上げて、冬慈は走り出した
逃げるのではない、突進だ
純白の刀を構えながら、地で濡れた大地を疾走する
こちらの方向に向かったロード候補は、殆どこいつに殺された様だ
関係ない
直ぐに戻り、全滅した事を告げるべきじゃないか?
関係ない。今は
部隊を再編し、万全の体制を整え―――

「全部関係ない!! 今は楽しめれば良いだろう!? シャイグレイスの騎士ィィッ!!」

大上段から振り下ろされた刃は、その刹那に消えた残像だけを斬り飛ばし、死体の山に叩きつけられる
ドパンッという一つ派手な音が響くと同時に、死体から溢れ出た血液が空に舞い紅い雨を降らす
冬慈はそのまま獰猛な笑みを浮かべると、身体を旋回
振り下ろしていた刃を背後に向けて振り回す

ガギッン ン!!

背後に現れていた刃が交差
首が元在った場所から数センチの処で、純白の刃と漆黒の刃が火花を散らす
ニヤリと笑みを浮かべる冬慈に対し、仮面は酷く冷徹
左に持っていた白い剣を、競り合っている冬慈を薙ぐ様に振るう

「甘い!」
『どちらが?』
「ッ!?」

仮面の奥から、くぐもった声が響く
同時に一足で離れようとしていた冬慈に向かって、その白い剣は刃の処から分離した
眼前に迫る切っ先を見据え、咄嗟に出した刃でもって垂直になる様に翳した
ゴンッという衝撃が身体に伝わり浮遊感が冬慈の身体を襲う
力任せに押し上げられた体は、仮面が繰り出した刃と共に後方へとすっ飛んで行く
背後には岩壁
このまま衝突すれば、遺産兵器であるこの刀は無事だが、この身体が持たない
真っ直ぐに掛かるベクトルを刃を滑らす事で回避し、その暴力圏から逃れる
高速で舞っていた身体が地面に着地、刹那―――爆音と共に仮面が放った剣が岩壁にクレーターを穿った
辺りを破壊と共に出来た煙が舞い、その姿を隠す
冬慈はそれを影から見遣ると同時に、一歩踏み込み、刃を繰り出そうとする
しかし、仮面は真横から斬りかかったにも関わらずこちらを向いた

「ちっ!?」

舌打ちをするが、驚いたのはそれ以上
仮面は漆黒の刃を捨てると同時に、斬りかかって来た冬慈の一撃を避け、その首を掴んだのだ
瞬間、脳裏に投擲した刃の柄を放していない事に思い至る
シ―――と金属が巻き戻る音が耳朶に響いた

計算され尽くした、最高の攻撃―――

その考えが浮かんだ時、冬慈は心底歓喜した
首を掴まれたままで、自分の首ごと相手の手を殴りつけて絞められていた拘束を解く
その瞬間に戻ってきた白い刃が後頭部の存在していた位置を過ぎ、左手に構えていた柄に接着
冬慈は再び攻撃される前に、その刃の圏外に逃れる為、後ろへと飛ぶ

「は、ははっ! 楽しいな! こんなに楽しいのは久し振りだ!! さて、ここからが本番だぜ? さぁっ!! 貴様の強さを俺に見せ付けてくれ!!」

純白の刃を掲げ、笑みを深める冬慈
それに対し、仮面は落とした漆黒の刃を拾う事は無い

「無音の断罪を下せ、我が夜斬りっ!!」
第一封印解除(【ファースト】・ロックオープン)確認。疾れ―――百鬼夜行(パンデモニウム)

咆哮と冷たい声が、黄昏時に木霊する
逢魔ヶ時とは良く言ったものだ
仮面の横に転がっていた漆黒の刃が再び影に沈む
それと同時に仮面が佇む周りに黒い影が乱立、しかし夜の闇に紛れて酷く視覚で捉え辛い
厄介だな…
そう声に出さず、口の中だけで呟いて冬慈は闇に眼を凝らした

ゆらり…と乱立した影が鎌首をもたげる
だが、

「ッ―――!!」

視界がぶれて、足に何かの感触を感じた
慌てて足に死線を向ける。そこにあるのは静かに地面を這っていた影が冬慈の足を絡め取っていた光景
上の動きはフェイク、本命は下か!
思考した瞬間に、冬慈はその純白の刃を影に向かって刺し込んでいた
消失するのを確認して、転がって上から襲い来る黒い群れを回避
座り込んだ姿勢のまま、その純白の刃を真横に薙いだ
崩壊する現象を眼にし、呼吸を整える

「―――っふ、はっ!!」

空間に一つの気配が爆発的に膨れ上がった
濃密な瘴気に対して金色の覇気が漏れ出す
そこになって初めて仮面が動揺した
ダンッと空気が爆ぜ、仮面の足元が崩壊すると共に更に距離を開けた瞬間

ごばん、と大地が裏返った

横に振り抜かれた――今は金色に染まった剣が冬慈の手に持たれている
大地を埋め尽くしてた死体が次々に不快な音を立てて着地するのすら見ずに、仮面は白いギミック搭載の剣を構えた

白い剣を構え、その影が不自然に蠢く騎士
そして金色の“氣”を纏う仙人

「まさかこんな処で、こんな相手と出逢えるとは―――初めて神に感謝しよう」
『………』
「しっかしお前、面白い剣持ってるな…さっきはやばかったぜ? 銘を教えてくれないか? 興味が湧いた」
『………』
「ちっ…だんまりか…」
『フォーリング・アザゼル、だ…』

突然発せられた声に、冬慈は驚くと一転して嬉しそうに笑った
声からは仮面が邪魔して男か女か判断は出来ない
しかし、既にそんな物はどうでも良かった
こんなにも命を振り絞って闘える相手と出逢えた事が何よりも嬉しい
この血で濡れる戦場が、満たされる事の無い飢餓感を満たしてくれる

「さて、始めようか!!」

冬慈が咆哮を上げる
金色が舞い、辺りを照らし―――漆黒が夜を深め、世界に影を落とす
月が大地を照らす様になり、やがて時は過ぎるのだ
その殺し合いは、翌日の太陽が昇るまで続けられた

それが、長きに渡る因縁の―――遭遇だった











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