段々と融けてゆく、凍りついた心
自分の周りに集う人達が、少しずつだが自分の“色”を変えてくれる
優しき風撫でる、秋の世界

平和な日常を過ごし、日々を享受していた時の話だ
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#7 日常-every day



































戦場を駆ける事こそが己に出来る事だったが、それでも何時も戦場に立つ訳でもない
どんな人間にだって日常という物がある様に、それは自分にも存在していた
何て暖かな時間だったのだろうか、と―――そう思っていた




ザ、ザザ――――…

山間に佇む屋敷の中を風が吹き抜けていく
そろそろ季節は夏から秋に変わろうという頃
過ごしやすい季節になっていた

「そうか…ここを出て、まだ一年も経っていないというのに…もう王から“名”を享けた、か」
「はい…」

床に臥せる師―――緋菜菊の前に正座し、祐一は頷く
軍内で非番の日は、祐一はこうしてシャイグレイスの山を訪れていた
目的は、もう、永く無いだろう緋菜菊を見舞う為に
そんな見舞いの日々が、現在は三日に一度はある位平和な状態がシャイグレイスで続いている

祐一が獅雅冬慈と戦闘を行った小規模な―――しかし、ツォアルにロード候補を十五名も集めた部隊において生存者一名という甚大な被害を与えた戦闘は、一時的にだが情勢を保つ事に成功していた
現在のツォアルは、生き残った獅雅冬慈を筆頭として再編された部隊が、南と東で起きた叛乱の鎮圧に回っている
しかし、それも直ぐに収まる事になるだろう、と祐一は考えていた
“アレ”が一人居れば、圧倒的数で封殺しない限り一城塞都市すらも落とすだろう
それが闘った祐一としての感想だった

事実上、この一ヶ月後には叛乱が鎮圧され、冬慈にはツォアルの守護者として【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】の名が贈られる事になる
しかし、ツォアル、ザスコール、ウィニシーアの連合は、最強の称号を受けた獅雅冬慈をトップに置いても油断する事は無かった
いや、むしろ彼がトップに立ったからこそツォアルは体制を建て直し、強固な聖帝都市ツォアルを作り上げる事が出来たのだろう

そういった都合が“外”に有る為、こうして祐一は暇を見つけて山に足を運んでいた

「この秋を越えて――――後、どれ位祐一の成長を見届ける事が、出来るんだろうね…?」
「………」

言葉は無い
口に出そうとした言葉は在るが、紅葉し始めた木々を眺める彼女にそれを言う事は出来なかった
大丈夫、この先もずっと――――
そんな言葉は吐けない
彼女が衰弱しているのは、彼女自身が使用した禁術の副作用によるもの
全ては、この魔法を使用した日から…いや、生命全てが負う寿命という概念から運命付けられた死なのだから
だから、そんな、自分に希望を持たせ、彼女を悲しませる嘘は、吐く事が出来なかった…

「ねぇ、祐一…」
「はい、何ですか師匠?」

色づいた葉が、彼女の後景で優雅に舞う
一つの絵画となった彼女を前に、唯祐一はその瞳を覗いている

「生きる意味は見つかったかい?」
「…? それなら昔から―――」
「違う…そうじゃない…定められた役ではないんだ…私が聞きたいのは…」
「…仰っている意味が良く分かりません…」
「これだけは、自分で考え、自分で定めなければいけない事だ。私にはこれ以上話す事は出来ない」

その言葉に困った様な表情をする
それを、彼女は苦笑しながら手を差し伸べた
その白く美しい手は、傍に座る自分の頭へと伸ばされた
撫でられる
昔からそうだった。自分が悲しい顔をしても心配するなと言うのに、こちらが悲しそうな顔をすれば撫でたり抱き締めたり―――何時だって励ましてくれる
俺はまだ、師匠の役に立つ事が出来ない
自分はまだ、彼女の支えになる事が出来ないのか―――

「師匠」
「なんだい?」
「また、来ます。答えは…師匠が“居てくれる”間に…」
「…ふふ…期待してるよ」

そして、緋菜菊は綺麗に微笑んだ









屋敷の門を潜り、木々が色づく世界へと出る
地面を染める落葉の上を歩み、木々で囲まれた道へと進んでいく
と、そこには一人の男が立っていた

「御用はお済みですか、団長?」
「耕介さん…」

立っていた人物が近付いて来た
それを見て、祐一は今一度後ろを振り返る
五年を過ごした屋敷
初めて来た時は相沢の屋敷に負けず劣らずに門を構えていたが筈が―――その住人の状態を知るだけに儚く見える

「はい、一応。まぁ、新しく用事は出来てしまいましたが…悪い物ではありません…」
「――そうですか…」

何処か嬉しそうに、哀しそうに話す祐一に、耕介は相槌を打った

「しかし団長も―――」
「耕介さん…何度言えば解りますか…」

歩き出した祐一が似つかわしくなく溜息を吐き出す
それに対して、後ろで耕介は困ったように頬を掻いた

「そうでし――いや、そうだったね。今日は軍務で動いている訳じゃない。これでいいかい? 祐一君」
「ええ、構いません」

自分で言って―――苦笑する
彼は自分の部隊に勤める部下だ
少し前の自分であれば、決してこんな易々と名を呼ぶ機会など与えなかっただろう
しかし、失ったと思っていた心が残っていたらしい
結局、仕事の日以外ではこうして上下関係が逆転する呼び方をしていた

「しかし、耕介さんもこんな山奥まで来る事なかったのに」
「いや、何も団長の下で働いてるから付いてきた、という訳ではないんだよ。趣味が料理だってのは話したっけ?」
「えぇ、ここ最近に…それが?」
「この山の麓で売っている野菜は結構良いって評判なんだよ。ま、それの仕入れも兼ねて祐一君に同行したのさ」

耕介は手に持った荷物を目の前に上げてみせる

「成る程…」
「ま、今度の試食は期待してくれ。これだけの食材があるなら今度はもっと良い物が出来るだろうから」
「ははっ…そうですね。期待してます」

そして祐一は笑った
自然に零れた笑みで、笑った



















「団長、今期に第一師団に回される物資の明細をお持ちしました」
「すまない。後で眼を通しておく。下がって良いぞ」
「はっ。それでは失礼します」

カタンッ、という音を立てて豪奢な扉が閉まる
それと同時に本来の職務を行っていた祐一は溜息を吐き出した
何も四六時中軍隊行動を取っている訳では無い
普段はデスクワークもこなすのがこの軍隊の面倒な処だ

「ま、頭が筋肉にならないだけマシか…」

そして祐一は改めて椅子に座りなおすと、今持ってこられた資料に眼を通し始めた

「……第四師団…相沢夜人の部隊へは―――投資額が他の二倍はあるな…まぁ、これは侯爵としての地位から独自に払っている金だと聞くし…問題は無いか…」

視線を下の項目へと向ける
物資の配給予定は全工程を完了、量産型儀礼祝器の来期配給について―――という項目があった
そこを祐一は読み進めていく
相沢夜人、という言葉がそこら中に存在していた
正直―――気分が悪くなる
最近理解してきた事だ。自分は彼の事が嫌いらしい
本来であれば、既に捨てられた時に感じるはずだった感情だ
何で今更、と思う事もあるが
多分それは、未だ自分が侯爵の相沢に呼び戻される事無く存在している事に対しての苛立ちなのだろう
そんな暗い感情が頭を侵食していくのを、一つ溜息を吐き出す事で気分を入れ替える
溜まっていた鬱憤は、吐き出した空気にのって外に出てくれたのか、多少だが楽になった
余り文章上の名前も気にならなくなった

「さて、それじゃ判を押してサインを―――」
「相沢っ!!」

どたどたと駆けて来る音すらなく、扉を叩く音すらなく、その侵入者は唐突に現れた
ふう、と溜息を吐き出し視線を前に向けた状態から窓の外へと向けてみた
秋の風に乗ってか、窓枠がカタカタと鳴る
その先の世界は色づいた落ち葉が段々と散って行く幻想的な―――

「無視するな!」
「北川、何度も言ってるだろう? 足音も気配も消して部屋に近付くな。遠回しに優しく懇切丁寧に言ってやるが、普通に鬱陶しい。職務の障害だ、冥府に還れ」

ふう、ともう一度溜息を吐き出すと、机上においてある判を手に取る
そして場所を確認、判を下ろす

すかっ、びたん

「書類を取るな。勢い余って机に判を押してしまったじゃないか」
「は・な・し・を・聞けっての!! 大変な事態なんだ!」
「今度は何だ。斎藤が女だったか? それとも貴様の刀が突如笑い出したか? 取りあえずつまらなそうな事ならいちいちここまで来る―――」

ダン!!
北川が机を叩き、その何故か大迫力の顔面を近付け口を開く

「明日出来る事は明日やれ!!」

「………」

あー…えーっと…
正直、そんな風に言われると、どう言えばいいか解らない
こいつは変な処で男らしいと思う
これが何時も言っている紳士的な力とかいう奴だろうか?
そんな逃避を決め込んでいる内に、祐一は腕を引っ掴まれ部屋の外へと連れ出された
向かっている先は―――城内庭園?

「や、待て北川」
「何だ? 俺はお前からの質問には一日一回も答えられてしまう丁寧な創りをしてるんだ。手短に言え」
「あぁ…俺の神聖な言葉をそのカビた脳髄に刻め。いいか? この方向は城内庭園だろう、何しに向かっている?」
「答えは何時も君の直ぐ傍に在った筈だ! まだ解らないっていうのか、りちゃーど!」
「死ね」

軽くスルー

「というか、もう着く。自分の目で確かめろ」

庭園に出る手前で、北川が壁から顔を覗かせる感じで中を見始めた
それに何をしてるんだこいつは、蹴って中に落としてやろうかと思うが思いとどまる
祐一も倣って庭園内を覗き込んだ

「………どうだ、これは…」
「いや、普通に驚いた…」

そこには斎藤が女の子と楽しそうに談笑しているシーンが展開されていた
確かに驚くべきシーンだが、驚く理由は他に有った

(名雪…)

そう、斎藤の相手は名雪だった
名雪は宰相である叔母の補佐を仕事にしている
別に城に居るという事を驚いている訳じゃない
唯、純粋に、名雪が斎藤と話している事に驚いた

「宰相のお嬢さんだろ? アレ」
「ああ、知ってる。いや、だがしかしな…これは…」

拙い、非常に拙い
こんな処を名雪に見つかった日には斎藤に誤解される事請け合いだ
こんな場面で「祐一〜」何て言われた日にはどんなに弁解しようとも数日は斎藤の視線が刺す物に変わるだろう
別に斎藤と名雪が雰囲気的に出会ったばかりの仲の良さそうな二人的な空気を醸し出し、これから彼氏彼女の関係になろうが知った事じゃない
それは別に構わん
だが、それで同僚から睨まれるのは避けたい
きっと名雪は何の事か解らないから、事態に油を注ぐ発言しかしない
しかも、名雪と血縁だという事も、自分が侯爵の相沢の実子だという事も話してはいない状況なのだ
ここは早々に撤退する旨を北川に伝えなければ

「北川、他人の色恋に首を突っ込むものじゃない。ここは戻ろう」
「ば、馬鹿かお前! こんな場面滅多に見られん物だぞ!? 今、ここで見なくて何時見るって言うんだよ!」

彼は再び男らしく言ってのけた

「ちっ…それなら俺一人で撤退させてもら―――」

「あれ? 団長に北川師団長? 何をこんな処で」

と、声が上から降ってきた

「っ!!?」
「ひっ!?」

心臓が口から飛び出る光景っていうのは多分今の様な事を指すんだと思う
不自然な体勢から不自然な振り向き方をすれば、体勢が崩れるのは当たり前だ
―――空握を解いたか。まだまだ修行不足だな、祐一
何処かで師の笑う声が聞こえた
何故か今のタイミングで声を掛けた主、槙原耕介第一師団団長補佐に特別稽古をつける事を心の中で決め―――

「ぐえっ!」
「うごっ!?」

馬鹿みたいに倒れこんだ

「―――潤? それと―――」
「あれ? 祐一、どうしたのこんな所で」

今の言葉で脳内シミュレートしていた事象が全て狂う
いや、元々ありもしない確率に縋って立てた計画なら破棄した方がマシだっただろうか?
取りあえず、当たり障りなく逃げ出すのは状況が許さないらしい

「ゆう、いち、だと?」
「き、貴様、相沢! どういう事だ! お嬢様と知り合いなのか、さあ吐け、欠片も残らず出し尽くせ!!」

がっくんがっくん視界が揺れる
予想に反し斎藤の再起動が遅いのは助かる
他に問題があるとすれば、胸倉を掴んで揺らしてくる馬鹿の事だろうか?

「少し黙れ、そして離せ」
「ぬ、ぬぅぅぅ…」
「どうしたの祐一?」
「…ああ」

正直疲れた
しかし、こんな日も良いと思ってしまうのは、俺も病んでいるのだろうか?

「あ、相沢ぁぁああああっ!!」
「起動が遅いぞ斎藤。そして黙れ」

やっと動き出した斎藤に制止を掛ける

「俺と名雪は従兄妹だ。それ以上以下でもない。そうだな名雪」
「うん。子供の頃からの付き合いで―――」
「相沢貴様! 子供の頃から水瀬さんとォォォォォォッ!!」
「相沢流ギャラクティカ目潰し!」

ビシっと目潰しを叩き込み再び斎藤の動きを止める
ここまで正気を失うとは、並大抵の入れ込み具合ではない
こいつの想いはかなりの域で本気だろう
出来れば協力は惜しまないつもりだが―――

「…俺は、何を笑ってるんだろうな?」

城内に逃げ込みながら、ふと笑ってる自分に気がついた
鬱陶しいと思っていた対人関係が、今はこんなにも優しく感じる事が出来る
今はまだ、戦場に出るまでは、こんなぬるま湯に浸かっていたい
そう思わずにはいられない感情が沸き起こっていた
理解する事が未だ出来ない感情は、確かにこうして積もって行く

そんな日常を、俺は―――楽しそうに送っていた











to next…

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