そして、崩壊は始まった
仲間という存在を認め、日々を実感し始めた矢先
世界に闇の帳が下りた

不穏な噂、それが流れ始めた時の話だ
それは、青年が少年だった頃の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-7 Distance to of his death - 終焉までの道のり ―――





























#8 序曲-Overture



































始まりがそこら中に転がっている様に
終わりだってそこら中に転がっているんだ
幸せなんて曖昧で
不幸の方が、人間は理解しやすい
それは多分、人が求めているのが幸福だから
一を求めればニが、ニを求めれば三があるからだ
不確かな目標より、確固たる害意を以って襲い掛かってくる不幸の方が―――

理解するのは単純なんだ









「―――…連続失踪…?」
「まぁ、そう言う事らしい」

その声は城の一角に響いた
場所はシャイグレイス国特務――【 殲滅殺戮軍(ジェノサイドフォース) 】第一師団団長・相沢祐一の執務室の中だった
メンバーは何時もの通り
祐一に北川、それに斎藤、そして補佐の耕介だ

「だが、失踪なんて言うのは年々多かれ少なかれ発生する物だ。それに対して―――」
「そうだな相沢。その話の出所は何処だ? 潤」
「今回のは本当だ。通路で元帥に会った時に言われたんだからな。その内、各部隊にも通達されるだろう」

その言葉に祐一はコクリと頷いた
馬鹿な話だと思う。しかし、それで片付けてしまうには、思いのほか事態は深刻らしい
何しろ―――

「まさか…軍を動かすとはな…」

軍が動いているのだ
いや、別に一個大隊をどうするという話ではない
戦争ではないのだから
あくまで軍部の下位組織では事態の鎮圧には無理と判断し、各部隊の隠密諜報に長けた人選を裏で見張らせるという物だ
しかし、それでも異常だろう

「北川師団長。事件の内容は知ってるんですか?」
「あ? まぁ、流石に俺だって異常だとは思うからな」
「調べたのか北川?」
「まぁ、ちょっとな。それで内容だが…」

失踪者は全てが夜間での一人歩きの時に居なくなっている様だな
全ては後日になって、帰ってこないと家族から届出が出された物が殆どだ
届出が出ていない物を考えると、相当数が失踪していると予想されている
そして―――

「多発地帯が…」

そこで北川の視線が何故か祐一を見た
そこにあるのは迷っている様な瞳の色
そこから汲み取れる意思は少ない
祐一はその視線に、唯目線を細める
北川が―――口を開く
酷く、胸が騒いだ

「多発地帯は、相沢侯爵領だ」









―――三日後

煌々と照る月の眼下で、男は銀世界の先を睨んでいた
男の身を固めているのは白く、冬期迷彩を施された様な―――いや、事実迷彩を纏っている
はぁ、と白い吐息が宵の闇を一瞬だけ染めた
目的は相沢侯爵領内、その中央での監視だ
しかし、誰を、という訳ではない
正確に言うならば、男が見ているのは街そのものだった

夜という時間に入って、まだ二時間
しかし、本当に人が住んでいるのかというほど、その世界に人通りは既に無かった
唯あるのは、病的に世界を染め上げる白い化粧
気温は既に極寒と言って良いほどだが、気休めは雪が舞っていない事だ
軍からの任務で、男は世界に溶け込んでいる

厄介な仕事であった
マスクの奥で、男の表情が曇る
失踪者が何処へ向かっているのか、または、攫われているのか
それすらも解っていない
だから、男は問題を手っ取り早く解決する為に

“餌”を

用意したのだ

「―――…動く…」

男の声にあわせる様に、視界の端で影が動いた
汚らしい姿をした男だ
男は買収という手段を用い、その男を使用した
乞食であれば、特に不自然という訳ではない
逆にここで綺麗な女を使っても、人攫いならば用心するだろう
それでこその配役だった
つまり、既に男は、これが人攫いだと見当をつけている

それは、ここ数日で判った事だ
失踪者全てに、共通点が無い
そして、何かに絶望を抱えているという素振も無いという事だ
そんな事、とっくに判っていた事だろう
連続での失踪なんてものは、その殆どが“目的を持って一箇所に集まるか”それとも“攫われているか”の二つしか無いのだから
それならば答えは簡単だ
この相沢領に、それ程の人が集まる場所は存在しない
そして、この近隣にも、そんな物は存在しないのだ
だが、人が集える場所があるとしたら其処は―――相沢の屋敷―――唯、一つだけだ
だけど、それはありえない
相沢が王に背くなど、そんな真似が出来る筈が無いのだ
ここは、この世界は、シャイグレイスの王が居るからこそ成り立っているのだから

「………?」

と、そこまで考えた時に異変が起こった
自分の手駒の行く先に、男が一人歩いてきている
しかも、平民が着ない様な、豪奢なコートを羽織っているのだ
眼を引かない筈が無い
だが、と男は思う
まさか、いや、何で?
その顔には見覚えがあった
いや、シャイグレイスに住んでいる者ならば、その顔は知らない筈が無い
その顔の主は―――

「何で、相沢様が―――?」

考えて、先ほどの考えてしまった疑念が脳裏を過ぎる
まさか? そこまで考えて男は被りを振る
ここは彼の領内。それに一番屋敷に近い街だ。その領主が責任を持って見回りを行っていても、それは余り怪しい事ではない
男の手駒も気付いたのか、相沢夜人に頭を垂れる
相沢夜人も、それに頷き横を通り過ぎた
が、

「――――――なっ?」

瞬間、乞食の男が前のめりに倒れこんだ
そして、相沢夜人は真横から男を抱き起こすと、そのまま抱え上げた
次の瞬間、相沢夜人の姿が消えた

何だ、今の光景は何だ?
相沢夜人は何をした
考えていた、考えていたが廃棄した考えが思考を埋め尽くす
状況は、一体何が、解らない、判らない、どうすれば
そうだ、取りあえず報告を―――

「諜報か」
「っ!?」

身を動かそうとした瞬間だった
背後に気配が生まれ、圧倒的な威圧感に身体が包まれた
身体中に冷や汗が浮かび、呼吸が乱れる
その突如出来上がった地獄で、男はゆっくりと、その首を背後へと―――向けた

「相沢、様…」

そこには、相沢夜人が立っていた
道の上で、突然姿を消した人物が、自分の背後に立っていたのだ

「―――――」

その視線は鋭い
左眼だけが紅色の眼孔が、自分を余す事無く観察している
動いた瞬間に、死ぬ
そう感じるには十分な、その冷徹な視線
それが自分を見据えていた
そして、す…と、右手が上がる

「――――――」

彼が何を言ったかは解らない
いや、聞くことは出来たが、正直その意味は理解出来なかった
だが、少なくとも、直ぐには殺される事は無いらしい
しかし、それが本当に幸せなのかは疑問だ

「眠れ」

鼻腔を甘い匂いが刺激する
同時に、酷く抗い難い眠気が襲い掛かってきた
ああ、だめだ
耐え切れそうに無い眠気に瞼が落ちる
そして、そこで男の意識は完全に―――

―――闇へと堕ちた











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