城塞都市エルムンダント
ツォアルとシャイグレイスに存在する堅固な城壁を誇る都市である
その都市の上空を、一筋の光が一直線に“北へ”舞っていた

「街の灯が温かいな…」
「えぇ、本当に…」

背に光の翼を生やした銀の少女が、その手に掴まっている青年の言葉に答えた
そして、銀の少女―――冬華の胸元、コートの中から覗く黒猫が、北の地を直視している
上空から眺める事が出来る状態で、その北の地は夜だというのに燈色の灯が所々に上がっていた
大地を犯す炎の群れ。爆裂し、その耳朶を侵す不穏な破壊音
そのどれもが、深夜にも関わらず北の地・シャイグレイスから響き渡っている
まるでそれは、地獄の様に思えた
―――いや、地獄に他ならないだろう

相沢祐一は、冬華に掴まれている手を一層強く握り締めた

どんな結末が待っているにしても、最悪の舞台が目の前に用意されている事に変わりは無い
再び作られる事になった屍と血と臓腑の路を歩んだ先でしか、己の捨てた弱さは取り戻す事が出来ないのだから
だから祐一は、その夜の闇に染まった大地を見続けた
不安は―――無い
キラキラと、冬華の背から溢れたエーテルが夜の闇を温かく染め上げている
この温かさが傍に在る限り、決して―――敗北する事はあっても、諦める事は無いだろう
再度、祐一はそう認識し直すと、頭上から己を吊り下げている冬華に目をやった
それに気付いてか、冬華が柔らかく微笑む

「―――…。行こう、冬華、プルートー…シャイグレイスへ」

祐一が苦笑しながら言う言葉に冬華が頷き、その飛行速度を上昇させた
光が夜空に彗星の如き線を引き、闇への標しとなる

相沢祐一達は、シャイグレイスに入国した









その一日前―――城塞都市エルムンダント内部にて

「おい…こいつは何だよ?」
「そんなの、俺が知りたいさ…」

城壁内部のシャイグレイス側に立つ二人が呆然と呟く
その二人の視線の先には、傷痕があった
そう、シャイグレイスの景色が見える―――貫通した破壊痕が

「だけど、瓦礫とかは全て外側に向かってるな…」
「都市内部の人間…しかもシャイグレイス側の監視員が居るこの場所から魔術でも使って破壊したってのかよ?」
「無理だな。上級魔術の一撃ニ撃で、こんな大穴が開く程に城塞の壁が薄い訳でも…ましてや、対軍事侵略用に開発された最高の対物理結界――熾天使級刻印防御装甲(セラフィム・クラス)を使用してるんだ。それを俺達が駆けつけるまでに、破砕音が一回だけ。
それが可能だったらそれはきっと【 極死(ワールド・エンド) 】だけだな」
「だったら…こんなのどうやって穴開けたって言うんだよ…?」
「しらねぇよ…俺が聞きたいさ…」




結界は一部だけを破壊されていた
城壁は一部だけを破壊されていた
そう―――それは魔獣に喰い散らかされた様に




北川潤―――シャイグレイスに入国









Prologue - 越境入圏 inserted by FC2 system