夏を迎えた昼
遠雷の如く鳴り響く戦場の咆哮
青年は、生まれた家屋へと帰り着いた

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#1 廃屋幻影



































遠く、遠く―――
彼方から戦場の“音”が響き渡って来る

夏の陽射しが天頂から降り注ぐ頃、祐一達は街に辿り着いた
閑散として、人一人見えない廃墟の街に

「………」

祐一の脳裏に、雪に塗れた町並みの姿が過ぎる
しかし、眼前には懐かしむどころか、過ぎ去ってしまった過去に哀愁を感じさせてくれる様な光景は無かった
ここ―――相沢が治めた街には

「屋敷は…確か、あっちだったかな?」
「…大丈夫なの祐一? 人っ子一人居ないよ? 気配も無い」
「統治されなくなった地区なんてのは自然とそうなる。浮浪者も居ないのは変だが…見つかって騒がれるよりはマシだ」

そう素っ気無く祐一は言い放つと、祐一の足は少し上り坂になっている路へ向けて歩き出した

「寂しい、ですね?」
「…そう、だな。この場所は寂しい…」

祐一の横を歩く冬華
その言葉に祐一は俯く
そしてふと、その己の掌を見た
本当に小さい頃は、自分にも友達が居た
ふざけて笑って、何時だったか王宮最強の騎士になってやると高らかに皆の前で宣言した事もあった
しかし、その絆はもう無い
弟がその片鱗を見せ始めた頃から、そんな友達は一人も居なくなった
いや、自分から絶ったのだ
だから、この街は賑やかなままだろうが廃墟になっていようが、自分には孤独な檻にしかすぎない
思い出も殆ど無い街だ
しかし、

「だけど…ここが俺の故郷だ…。 こんな人の居なくなってしまった場所が、故郷なんだ…」

それは横を歩く冬華にでもなく、プルートーにでもなく呟かれた
別に、隣を歩く一人と一匹に同情を押し付けようとしている訳ではない
そんな物、自分より冬華とプルートーの方が現実的に惨いだろう
研究室で作られた命に、寂れた魔都で生まれた命だ
親が居るだけ自分はマシと言える
その言葉は確認の為に。ここが、“そうである”と確り認識する為に
帰って来た事を、自分が誰かという事を、過去を、存在の全貌を認識する為に呟いたのだ
やがて祐一は見ていた掌から視線を上げると、瞳を前へと向けた
長い緩やかな坂を上った先に、本来帰るべきだった場所があった
と、

「………?」

極僅かにだが人の気配を感じた

「どうかしましたか、祐一さん」
「人の気配だ…こっちを見ている…」

冬華にしか聞き取れない位の小さな声で呟く
相手が集音系の魔術か、聴覚強化を使用しているなら聞き取れたかもしれないが、視線が弱まる気配は無い
それどころか、段々と囲む様に視線が増しているのが理解出来た
これで分かった。相手は素人だ
気配を隠す事すらせずに、唯こちらの様子を伺っている
偶に存在感の薄い視線も感じるが、これは許容範囲内だ
元相沢の領地に潜伏していた、戦争を行っているだろう者達という仮説からは除外
相手の目的を知ろうと考える

「分からんな…」

呟き、止めていた歩を一歩踏み出し、二歩踏み出し―――
頭だけを左に傾けた

ヒュンッ―――!!

光を纏った弾丸―――魔道銃の弾丸が耳の横を横切っていく
冬華の様に、身体の異常なまでの魔系資質による遮断領域がオートで展開される訳では無いのだ
避けなければ死んでいただろう
だが、確実に頭部を狙っていた弾丸が避けられた―――しかも何でもない様に頭だけを傾けて
それにより、相手側にも動揺が走ったのだろう、先ほどまで静まり返っていた世界にざわめきが蔓延する

「そこの奴!」

来た。向こうからのお誘いだ
これに便乗して話を聞ければ良い
祐一は一つだけ笑みを作ると、その声がした方向へと身体を向けた

「…何だ?」
「お前…っ―――――――!?」

顔を向けた方向に男が一人
その男は、祐一の顔を見た瞬間に口を開けたまま静止し、顔を驚愕の色に染めた
外での名―――特に何でもないギルド会員“名無し”の名等、この隔離した世界には届かないだろう
だったら何だろう? 何に驚き、未だ自分を凝視していたのか

「だ、団長…?」
「っ――――」

懐かしい呼び名だった
その男が、不安と、畏怖と、嬉しさを混ぜた声色で自分に問いかけてきたのが解る
ああ…そうだ…
その顔は見た事がある顔だった
そう、ほんの三年と少し前までは見ていた顔
第一師団の、第二部隊隊長の顔
苦笑して、その笑みを深めた
まさか…こんな場所で出逢えるなんて

「久し振り、かな。 ―――吉野さん」
「やはりっ! 相沢団長でしたか!!」

一軒の民家から、男―――吉野が飛び降りて走り寄ってくる
年は自分よりも二つか三つ上
耕介の世代で同期の騎士、だった人だ

「やはり、北川団長が仄めかしていた様に生きておられましたか…」
「北川には脱出の手引きをしてもらってたんだ…耕介さん達も、全員国外に脱出している」
「耕介達が…! 良かった…!! それで団長―――」

「吉野さん、その人は?」

「っと…」

声はそこら中から聞こえてくる
代表してか、年の頃十五程度の少年が吉野に声を掛けた
その少年の手には、未だ警戒を解いてないのか魔道銃が握られている
その姿に吉野は、ああと声を上げると慌ててこちらを取り囲んでいた皆に声を張り上げた

「―――心配しなくていい!! この方は、俺の知り合いだ!! だから皆、銃を下ろしてくれ!!」

吉野が現在どれ程の権力と、そして信頼を得ているか、その光景から見て取れる
辺りに響いた声に、その場に居た誰もが銃を下ろし、その場に待機する形になっているのだ
流石部隊長を務めていただけの事は有る
それに祐一は苦笑した
これでは団長という名称は既にこの人に譲った方が良いだろう、と
そんな祐一の苦笑の表情を見てか、吉野が若干驚きを含んだ顔を向けていた

「ん? 何ですか吉野さん?」
「あぁ…いえ、団長が笑ってる処って、滅多に見た事無かったですから…」
「祐一さんって本当に昔は笑って無かったんですね…」

吉野の言葉に冬華が声を上げた
それに吉野が視線を向け、再び驚きの表情を作る
吉野さん百面相…馬鹿な事を考えた…

「え、あの、団長…こちらの方は…?」

顔が赤面している
冬華の完成された美貌に魅入られてしまったのだろう
自分でも最初出逢った頃はそうだったし、初めて見る人間は大抵息を飲む程その時を止めて見てしまう
吉野のその反応も納得が出来るという物だ

「こっちのは冬華…まぁ、“外”で冒険者稼業の最中に知り合った、って処です」
「そ、そうなんですか…」
「……?」

吉野の視線に冬華がほにゃっと微笑む
更に吉野さんの顔面温度が上昇した!
と、そんな事をしていても話は先に進まない。いい加減、何が起こっているのか状況を聞かなければならない

「吉野さん…」
「え、あ、はい。すみません団長。それで―――」
「今、ここで、何が起きている?」
「…え、団長は何が起きているのか知って―――…いえ、そうでしたね…“外”にはシャイグレイスの現状は漏れないんでしたっけ…」

その言葉に祐一は一つ頷く
ここに隣接している国―――ツォアル領国と西国アウトゥス
その二つの国との間には、ここ数年で完全な不干渉地帯が出来上がっている
東に走る山脈ネラシェを除外して、国境には数千キロにも及ぶ監視系の結界が張られており、冬華の用いる程の超高度飛翔魔術で高度を稼がなければ感付かれる恐れすらある
間違いなく普通の人間には監視結界を通報されずに抜け出す事は不可能だろう
監視結界と連結した破壊結界に引っ掛かって命を落とすのが普通だ
要所要所に建てられている砦を突破するのが無難な方法であり、三年と半年程前に祐一達が脱出した時はこの方法を使用している
だが、これも砦に居る警備兵の精鋭を抜かなければならないので、隠密性の高い人間か、相手の武力を圧倒出来る程の者でしか突破するのは不可能だ
そんな鉄壁とも言える結界網と拠点の要塞、外からも内からも隔離されたこの地域からは、そう簡単に情報が漏れる事は無い
だから、あえて流されたゴッド・ブレード死去という訃報等での、相手国に対して自国の無力を証明するという計画を図る事が出来るのだ

「空から一度見たが、あちこちで火が上がっていた。――――この、ある意味病的に統一された国で、戦争でも起こっているのか?」

“団長”としての質疑の言葉に吉野は顔を伏せた
それは、肯定の証だ

「…何が…」
「団長…今、この国では革新が起ころうとしています」
「革新?」
「そう…閉鎖を求め、完全な国家を求める王国派と―――その閉鎖空間を壊し、外との共存を目指す開国派…その二つの間で戦争が起こっています」

数百年にも及ぶ閉鎖世界――シャイグレイス国
その世界に現在、亀裂が走っている
それはこの国、そして外の国に対しても新たな路を示す事になるだろう
開国派が勝利を収めれば…
王に絶対の忠誠を誓う国王側近・呪器保有者部隊に勝利する事が出来るのなら

「吉野さんは―――いや、訊かなくても解る。ここに居る時点で開国派に属している事は分かった。あちら側に居るのなら、それこそ命なんてゴミを捨てる様に無茶苦茶な戦い方をしてる筈だからな」
「その通りです…私は、斎藤団長の命に従って民を統括し、廃墟に近いこの場所―――元相沢領に居たのです」
「斎藤も開国派か…リーダーは誰だ? 知っている中でそんな人間は―――…いや、待て…まさか…?」

祐一の脳裏に浮かんだのは―――
この国の宰相という立場に立ち、王の右腕として政を担う者
だが、王の考えに思考を傾けている訳ではなく、国民を想い、国全体の豊饒を望む女性―――
昔から自分を心配してる人だった
親から切り離され、王宮で仕事を行っている時でも、彼女は自分を心配していてくれた
過去には理解出来なかった思いを、その胸に抱き続けていた人

「まさか―――秋子さん、水瀬宰相かっ!?」
「…その通りです…」

その実態に祐一は表情を曇らせ舌打ちをする
拙い、戦力分布は先ず間違いなく開国派が不利だろう
斎藤―――【 月の支配者(サリエル) 】が残り、秋子―――【 宰相(ルキフージュ=ロフォカル) 】を抜いても現状――
最低でも六人、呪器保有者部隊から水瀬秋子と斎藤霧人を抜いた五人
【 大公(メフィストフェレス) 】
【 祭祀長(バールベリト) 】
【 ゲヘナの君主の首領(ドゥマ) 】
【 空の軍勢の君主(メリリム) 】
【 始原の海の支配者(ラハブ) 】
それぞれ、その“銘”を王から直接預かった国内最強に加え、元帥であり、元ロードたるイグニス・レヴィの総勢六人を相手にしなければならないのだ
秋子が元ロードだとしても、その差し引きは元帥イグニス・レヴィでゼロ
ここで手札は怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ)・【 懐中の時神(アイオーン) 】を有する第三師団団長・【 閃剣(スターダスト) 】斎藤霧人
だが、祐一と同じく称号の中に“剣”を持っているが純粋な剣技では祐一の足元程度の実力にしかならない
彼を師団長、そして呪器保有者部隊に押し上げたのは、その技術と能力を上手く生かしたからに他ならないだろう
斎藤が頑張って相手に出来るのは、良くて二人
楽観的な計算ではあるが、それでも開国派の手に余る相手が三人も残っている
開国派に戦況を覆すジョーカーのカードが残っていない限り、この戦争は負けるだろう
残り三人とは言え、そのどれもが呪器保有者
一般兵が通常の力とケイテシィで立ち向かったとしても瞬殺されるのがオチだ

「水瀬宰相側の状態は?」
「総兵力約一万、それに対して国王軍は三万。水瀬宰相の側が多くケイテシィを保有していると言っても、戦場に割り振る程度は、国王側が呪器保有者で賄っている状態です。こちらは、呪器保有者の数が二人。相手側は六人。分は―――明白に分かれています」

その言葉に、祐一はそうか、と頷く
分が悪いとは思っていたが、予想通りの展開だとは思ってもみなかった
秋子側は、王国側に対して何か策があったのかもしれないが、戦場に投入されている兵の数を聞く限りはそうとも思えない
一万に対して三万という数は妥当だと思う
この隔離社会で、どんなに拙い現状があろうとも、王に仕える者が多く存在しているのは事実だし
又、本来変化という物を恐れる人間は、自然とこの閉鎖された世界を守ろうとしているのだろう
故に、秋子が集められた総兵力は一万なのだ
戦闘が始まる前は分からないが、勝負は既に時間の問題だろう
このままでは、確実に―――死ぬ
そう、反逆した者は皆等しく死ぬ
秋子が死ぬ
名雪が死ぬ
斎藤も死ぬ
秋子に賛同した者達も死ぬ
隠れていた者達も死ぬ
そう、この“秩序ある”世界を乱そうとした者は等しく死ぬのだ

その現状に、祐一は困った様に笑った

「…どうしたんですか団長…?」
「いや、な…今の俺は剣で人を殺せない身体だ…斬ろうとすれば、身体が拒否反応を起こしてしまう…武器の無い状態じゃあ、精々一般兵を食い止める位にしか役に立てない」
「剣が、振れないんですか?」
「…あぁ…」

祐一の肯定の言葉
それに吉野は表情を曇らせる
祐一が戦場に参入するのなら、この戦をひっくり返せると思っていたのだろう
事実、祐一が普通の剣でも振れれば、ロードでない呪器保有者とは相手が出来ただろうし、さらに祐一も呪器を持っていれば、それこそ元帥イグニス・レヴィとも闘えるだろう
だから、その落胆の度合いは大きい
祐一は吉野が見せる表情に目を細めた
悲しそうな、そんな顔で
魔剣フォーリング・アザゼルを取りに向かうだけなら、それこそ冬華に運んで貰えばいい
一発で首都ファティマに降り立つ事が出来るだろう
だが、それが出来ない理由が出来てしまった

秋子を、名雪を、斎藤を、そして―――外の世界に夢見る、昔の自分の様な民達を見捨てられるのか?

答えは決まっている
勿論“否”だ
フォーリング・アザゼルを取り返した処で、結局剣を振れるかと言われれば、正直どうか分からない
それなら、少しでも早く戦場に参入して、被害を食い止めた方が為になるのだろうと、そう思う

「吉野さん」
「あ、はい…何ですか団長?」
「俺はこれから秋子さんの陣に向かいます。出来れば顔の利く吉野さんが一緒に来てくれればありがたい。それと、何か武器が―――飛び道具系ならば何でもいいんで、余ってれば欲しい」
「団長…」

その言葉に、吉野が顔を上げた
そこにあるのは先ほどまでの落胆の表情ではない
感謝を込めた、泣き笑いみたいな表情だ

「だったら、来て下さい。是非団長に、渡したい物があります」














そうして連れてこられた場所―――
一部半壊したままの屋敷
陽射しが破損した天井から漏れて、地面をジリジリと灼いている
元相沢の屋敷だった場所

その下で、二つの墓が存在していた

<相沢祐一、ここに眠る>
<相沢夜人、ここに眠る>

そう標された墓標が、その崩れた瓦礫―――
その中心の地面が露出した場所に在った

「俺と…」
「祐一さんの、お父さんのお墓、ですね…」

冬華が呟き、祐一は自分がこの国では本当に死んでいるのだと認識した
不思議な感覚だった
自分が今こうして存在しているのに、自分の墓を眺める心境というのは
そして、ここが父の首を刎ねた場所にして埋葬した場所
全てが終わった場所にして、全てが始まる転機が訪れた場所だ
その場所に、吉野に連れられて祐一は訪れた

「…感慨に浸っていてもしょうがないな…それで、吉野さん…ここに何があるんですか?」
「ええ、ちょっと待ってください」

そう言うと、吉野は持ってきていたスコップを地面に突き立てた
本来なら祐一が埋葬されていたであろう場所に

「そこに何が?」
「団長。団長はここに誰が埋葬されているか知っていますか?」
「…心当たりはある。北川が偽装した死体…そうじゃないか?」
「そう、正解です。皆がここに団長の死体が埋まっていると思っています」
「…この歴史レベルでは、確かに遺伝情報で本人か確かめるなど、出来はしませんからね…」

冬華の言葉を隣で聞いて、その言葉を理解する事は出来ないが、意味は汲み取る事が出来る
そう、あの時北川は頭を木っ端微塵に吹き飛ばした
これでは本人かなんて判らないし、更には祐一の長かった髪を持って現れれば偽装は出来るだろう
毛髪は魔力が宿る。それから判断するなら、先ず第一に、この死体は相沢祐一だと判断された事だろうと思う

「団長に偽装された、当時の【 祭祀長(バールベリト) 】ですね。彼は北川師団長から、団長に殺されたと聞かされていました」
「そうか…」
「流石に、団長が愛用していた魔剣はファティマの特殊霊廟に安置されていますが…ここには、団長が愛用していたもう一振りの特殊儀礼祝器があるんですよ?」

ああ、そうか…
貴女は、亡くなった今でもまだ―――
俺を守ってくれようと、そこに居てくれたんですね…?
そう、最後の思い出―――
師がくれた、純白の投擲剣

「そう、そこに居てくれたのか…お前は…」

祐一が吉野に代わって地面に手を突き込んだ
土を退かし、やがて見えてきた棺に手を掛ける

「ああ、本当に久し振りだ…」

布に包まれ見る事は出来ない死体と、
その上に、まるで主人を護る様に安置されている一振りの剣
祐一はそれを掴み、薄暗い世界から刃を解き放つ

シャンッ―――…

鞘から引き抜く際に聞こえた音は、本来の主人が戻って来た事に歓喜するように澄んだ音色を響かせる
視線を向ければ、そこには未だ曇り無き澄んだ純白の刀身

「帰ってきたよ墓標立つ戦場(ミリオン・グレイヴ)…いや…百万の懺悔(ミリオン・グレイヴ)

狩る者が名付けた銘と、命を背負うと決めた者が名付けた銘
師が、己に託してくれた特殊儀礼祝器
それは陽光を浴び、世界を照らす様に輝いていた











to next…

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