死が迫る戦場
喉元に近付く刃
彼らの戦場に、刃が降り立つ

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#2 戦血回帰



































「ォォォォォオオオオオオアアアアアアアッッ!!!!」

戦場をこちらに向かって一直線に駆けてくる者の声
その瞳はギラつき、禍々しく輝いている
しかし、何も野心等ではなく唯純粋な確固たる思いから、その瞳は輝いていた

―――殺せ、王の為に殺せ

走り込んでくる男の瞳はそう語っていた
その瞳が放つ純粋な殺意を真っ向から受け止め、開国派の戦闘部隊隊長の斎藤霧人は抜刀する
美しく研ぎ澄まされた長剣を右に
鈍く薄暗く濁った黒い短剣は左に
ヒュッ―――
男が振りかぶったケイテシィを落とす
その際に発生した焔の塊が相手を焼き殺さんと斎藤の眼前に迫った

「ふっ―――!!」

細く強く息を吐いて、斎藤の長剣が煌く

―――ギュインッ!!

一閃
瞬間、男が持っていた剣が激しい衝撃を受けた様に手元から吹き飛んだ
驚愕に歪む表情を浮かべ、斎藤を呆然と見上げる
が、その先は無かった
抉り込まれる短剣
それは一撃で男の心臓を貫いていた
上がった筈の視線はそのままガクンと下がり、そのまま身体ごと地面へと転がる
そして、斎藤は静かに一歩だけ歩を進めた
その背後には同じ様に死んだだろう死体が幾百と転がっている
斎藤の戦い方は殆どがカウンター
相手に攻め込ませ、その一撃を防ぎ、避け、そして必殺の一撃で瞬殺する
滅多に自分から踏み込まず、だがそれでも一撃で相手を屠るそのスタイルから、人は彼の事をこう呼ぶ

【 閃剣(スターダスト) 】斎藤霧人、と

その斎藤が、今は前線に立っていた
上官が前線に立つ時、それはほぼ負けを意味する
特殊なのは祐一や北川、それに加え冬慈だけで、普通戦場ではそんな物だ
そんな状態で斎藤は剣を手放さず、振り返らず、敵がやってくる方向にだけ視線を向けている

「名雪は…来れないだろうな…」

再び走ってくる兵士達を目前に斎藤は呟いた
追い込まれたこの状況
断絶された本陣との路
失った部下の命
そして四方を敵に囲まれたこの場
やがて自分を仕留める為に呪器保有者部隊の誰かが訪れる事だろう
それまで愚直に相手は自分を休ませない為襲い続けてくる
死も恐れずに

多分、自分は死ぬだろう

中々自分に相応しい死に場所だと、皮肉を込めて口元を歪める
今までかなりの数の命を奪ってきた
そんな人間の最後には、中々相応しいのかもしれない
だが、確実に一人―――名雪を不幸にしてしまう
それだけは駄目だと思うと同時に、すまないと心の中で謝ってしまう
脱出しようと思えば出来るかもしれない
完全包囲されたこの森を
だが、それには呪器を使用しなければならないだろう
攻撃でも防御でもなく、己の神経系に作用する特殊なブラッド・ケイテシィ
この時の名を冠した【 懐中の時神(アイオーン) 】を
この濁った刃は特殊だ
己の神経系に働きかけ、体感時間を引き延ばし、世界をスロー再生で捉える事を可能とする
更に、その感覚の元に身体を最適化し、速度を落とした世界でも通常通り動ける様にしてくれる
無茶苦茶な呪器だ
そう、無茶苦茶なのだ
故に使用時間は限られるし、何より発動終了後は身体に負担がフィードバックする
包囲を抜け森を脱出しても味方が居なければ、自分は魔剣アイオーンの加護が切れた瞬間に殺される
この場で、やって来た呪器保有者を屠る事は可能かもしれないが、やはりアイオーンを使用しなければ勝てない確率が高い
それでは相手を倒しても、力を極限まで失った自分はその後あっさりと殺されるだろう

―――だから、自分はここで死ぬ事になるだろう

逃げて、加護が切れて、その瞬間にバッサリと斬られる
そんな結末だけは御免だ
味方は自分を助けるという事をしないかもしれない
自分は呪器保有者部隊に居た人間だ。故にこの窮地から脱出する位はやってのけるだろう
そう味方は思うだろう
そんなの、化物にでも任せとけ
自分は強い
事実、剣の腕だってあるし、魔術だって上級までちゃんと遣える
でも―――
自分は相沢の様に神速で世界を駆け、その特殊な戦闘技術で相手を殺傷する術は持たないし、
北川の様に並外れた感覚性を持ち、一年で自分を追い越した戦闘の才能を持っている訳ではないのだ
“外”の言葉で表すなら、自分はロード候補
あいつらはロードになる器を持つ人間だ
そんな器を持つ彼らを目指し、努力を重ねた過去が無い訳ではない
だが、その修練の過程で思い知らされた
家に居候していた潤は、祖父が亡くなってからたった一人で雪深い谷に一人で下りて行き、旧時代の魔剣をキリングドールが蠢く遺跡から取って来た
その間、一年
死に物狂いだったのだろう
何度も死に掛けたのだろう
一振りの大剣を携えて帰って来た潤は、恐ろしいまでに成長していた
自分だって修行していた筈だったが、死に物狂いの実戦を重ねて来た潤には勝てなかった
それでも決して諦めず、頑張り続けた
だから彼らが師団長に任命された時も自分は任命されたし、名も授かる事が出来た
彼らがロードの名を享けた時も、自分は国内では最強の呪器保有者部隊の称号を授かったのだ

でも、届かなかった

自分は覚悟が足りなかったんだろう
その目的は違えども、自分は殺す事も護る事にも覚悟が足りなかった
自分に足りなかったのは覚悟だ
彼らは覚悟していた
命を他者から搾取し、味方に分け与える事を
そして何時か―――他人に殺され、搾取される事を

「くそったれ…」

呟き、疲れてきた腕を僅かに下げる
その顔には苦笑と諦観の念が感じ取れた
その鼻梁を汗が伝う
どうやら、アイオーン使用の時が近い様だ
さて、逃げるか…それとも死力を尽くすか
前者なら名雪に謝れるだろう。心配を掛けた、と
後者なら―――敵を道連れにして、開国へと一歩でも近づける筈だ
自分にとっては、どちらも正しくて大切な事。正義しかない選択肢
だが―――

「帰りたいなぁ…」

額を流れる汗を拭わず、その右手に持つ長剣を煌かせた
また一人、大地に伏せる

覚悟だ。覚悟を決めよう
無様だっていい。この森を駆け抜けよう
そして名雪に逢って、秋子に指示を仰ぎ、もう一度陣を成せばいい
ふと、分断され、この場で息絶えた部下達の亡骸を眺める

―――悪い。俺は、お前達の為に死んでやれない…

心の中で黙祷を捧げ、その濁った短剣を眼前に翳して刀身を覗き込む
そして発動の為の句を述べ―――

ずちゃっ!!

「っ!?」

口を開き痛みに顔を歪める
詞を紡ごうとした口は、今は驚愕に開かれたままだ
激痛が走った右太腿を見る

―――ああ、どうやら覚悟は…殺し合いの為に決めなければならない様だ

右太腿には刃が生えていた
柄を握るのは、今さっき退けた筈の兵士
その兵士が醜く笑っていた

「お、王に、勝利をっ…」
「くそっ!!」

後悔の言葉と共に、今度こそ長剣で敵の首を薙ぎ払った
しかし、それでも尚―――兵士の腕は右足を深く抱え込んでいる
その状況に舌打ちすると同時に、再び気配が近付いて来るのに気付いた
左後方!
右足を抱え込まれた状態で刃だけを舞わせ、その人影を切り裂く
一撃だ
だが、その倒れ込んできた身体の直撃を避けれず、体勢がブレた
拙い!!
そう思った瞬間には、既に視線は森の合間から見える空を見上げていた
足を取られ、上半身にぶつかって来た今は唯の重みに受身を取る事も出来ずに転がった

今は顔すらない足にしがみ付く死体が嘲笑った様な気がした
倒れ込んで来た死体が嘲笑った様な気がした

―――ああ、死んだ

この時間は致命的だ
誰かが近寄ってくる音が聞こえる
哂っている声が聞こえる
刃が風を切る音が聞こえた

ヒュンッ――――

終わった

―――ガギャッシャン!!

そう思った瞬間だった
剣を受け止めるとは形容し難い不快な金属音が響き渡った
誰かが息を呑む声

「な、ば、ゴールド・オア・クリム―――」

どしゃんっ!!

名雪の幸せを祈りきるよりも前に、自分の運命は流れを変えた
静かに瞑っていた目を開ける
最初に見えたのは、今まさに首の無い死体が崩れ落ちる瞬間だった

「呼ばれてなくてもジャジャジャジャーン、ってな」

その声が、最初は誰か判らなかった
久し振りに聞く声だった
少し前までは、毎日の様に聞いていた声
恐る恐る、その声の主へと視線を向けた

金髪の頭

「…潤?」

右に持つ黒い刀

「よう、久し振りだな霧人」

少年の様な笑顔を浮かべた人

北川潤が、立っていた














「瞬いて―――【 剣水花(ライフ・スライサー) 】」

その言葉を宝珠に囁き掛けると同時に、空間を水の刃が奔った
超圧縮されたウォーターカッターが十四刃、その世界を切り裂く
それに巻き込まれた敵の兵士が、綺麗に解体されて転がった
やがて勢いを無くした刃は、唯の水分に戻って大地に降り注ぐ
これで何回目か?
敵は怯む事無く突き進んで来る
数を減らしても勢いが衰えない
この光景は異常だろう
自国の兵士がこれ程性質の悪い相手だとは思わなかった
殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても!
彼らは「王に勝利をっ!」―――そう叫びながら走り込んでくるのだ。休む暇さえ無い

「っつぅ―――」

頭痛が段々と増してくる
それと同時に、精神に掛けてある筈の錠が緩む
そして地獄から己の魂自体を招く様な声がガンガンと頭を揺らし始めた

「精神衰弱…時間が、ありませんね…っ!!―――水気よっ!」

首元にどす黒い死者の腕が絡まる感覚を覚えながら、地面に滴っていた血と水に干渉して槍を大地から突き上げた
幾人か気配を消して忍び寄っていた者達を串刺しにして上空へと吹き飛ばす
紅い血飛沫が雨となって降り注ぐ
―――更に頭痛が増した
身体にではなく、魂に直接絡みつく悪寒
自分の手に持つ呪器から、直接地獄の門が開く光景を幻視する

「少々、使い過ぎましたね…」
「秋子様! お下がりをっ!! こちらでの兵達の撤退は終わりました!! 今は名雪様が先頭に立って第五、第八、第十二部隊をつれてこちらに―――」
「分かりました。これより元相沢領に程近いエルノーク街区まで引きます。至急伝達を!」
「了か―――秋子様!!」
「っ!?」

油断した、と思うよりも先に、短剣のケイテシィを持った黒い覆面が躍り出た
―――王直属の暗殺者!
宮廷レベルの戦闘狂が気配を絶って近付いていたのだ
部下が抜刀するよりも速く、秋子の宝珠が明滅する
と、相手が振り落とす刃よりも迅く水の刃が突き刺さった
―――殺った!
崩れ落ちる覆面を安堵しながら眺め、今度こそ頭を割る様な頭痛が世界に罅を入れた

「っつ、くぅ…あはっ…」

ばしゃん、と自分が召喚して濡らした大地に倒れ込む
これ以上は拙い。これ以上の呪器の使用は、必ず世界から足を踏み外す
魂を引き摺られ、もう二度と戻ってこれないだろう
手元から滑り落ちる宝珠。手から離れた事により制御が終了され、活動状態を示していた紅き灯火が消え失せた
部下に抱き起こされるのを、朦朧とした意識の果てに見る
そして次の瞬間、吐き出していた安堵の溜息が驚愕に息を呑む音へと変化を遂げた

―――二人目…

覆面が二人の前に現れた
秋子を抱えている為、部下は抜刀する事すら出来ない
秋子に至っては既に半分意識を失っている
手練れには、赤子の手を捻る如く簡単な事だろう

終わる
全てが終わる
国を開き、閉鎖された中で暮らす人達に新たな路を示す為の戦いが
行き過ぎてしまった王を真に憂い、止める為の戦いが

失った筈の幸せを、再びこの瞳で見る為の戦いが―――

終わる

「っ―――」

部下にきつく抱き締められる
その抱擁を感じながら、空を見上げた
青い、蒼い空―――
墜ちてくる黒い影と、まるで夢みたいに綺麗な翼を持った影

銀閃が流れる

キュ―――ドガンッ!!!

剣の形をした流星が大地に突き刺さる
覆面に突き刺さり、爆発的な破壊力ごとぐちゃぐちゃになった塊を地面に縫い止めた
その剣の柄先に、重み無き羽毛の如く黒い外套をはためかせて青年が降り立った

「加勢しますよ、秋子さん。―――冬華!!」

懐かしい声だった
ずっと、死んだとは信じられなかった人の声

「《圧縮言語》、『梅雨にも似た針雨弾(ジューン・ティアー・レイン)』」

上空から聞こえる澄んだ美しい声
余りにも短い祝詞が終了し、魔力の波動が広範囲に展開される
出現するのは水滴、これから滝の様に降る雨を思い起こさせるだろう水滴の群れ
加速距離を無視するいきなり超高速の弾丸―――空想防護も対装甲弾をも貫くだろう魔弾が自分達を避ける様に荒れ狂う
敵と自分とを遮っていた障害物ごとズタズタに破壊し、草木は残らず葉を撃ち抜かれ、強襲に対応出来なかった全ての者が無抵抗に鮮血を撒き散らしながら地面に倒れ伏し、その後も容赦無く死体に穴が空いて行く
その一撃だけで、現在の戦況と周囲の環境が変化してしまった
何て―――圧倒的な力か…

黒い装束を纏った男がほっと一息を吐いてこちらを見た、と
急にあたふたと慌て始めた
どうやら自分を見て驚いているらしい
でも大丈夫
貴方も呪器を扱っていたなら解る筈だ
これは唯の衰弱。休めば治る事を
しかし、そんな事よりも驚くべき事があった

秋子は安堵し、どっと押し寄せた疲労に瞼を落とした

表情が豊かになりましたね、祐一さん

そう、小さく聞こえる程度に呟いて、久方ぶりの邂逅は幕を下ろした











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