走る、走る、走る
金髪の青年は戦場に墜ち
銀の少女は聖女となり男の背を護り
黒き衣の青年は地獄に居た
そして、それぞれの地獄を開始する

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#3 救遭地獄



































戦場の空を、唯真っ直ぐに銀の光が舞う
天使の手に掴まった二人の男
祐一と北川は、地上を覆い尽くす軍勢を見ていた
決戦が始まる
全てに終わりを齎す為に、全てを始める為に
彼らは唯、王都ファティマを目指す









――― 一日前




エルノーク街区、陣営内にて




再開を祝い合う言葉は無く、唯誰もが無言で佇んでいた
最初こそ名雪と斎藤は祐一と北川の出現に驚きと嬉しさを表していたが、秋子が眠ったままという状況に明らかに気を落としていた
秋子を簡易のベッドに寝かすと、祐一は秋子の部下だという少女――エミュ・カナタに彼女を任せて部屋を出た
カタン、と静かに扉を閉めると、その場には主要な人間が全て揃っている
その中で、治療を受け、椅子に腰掛けていた斎藤が視線を向けた

「秋子さんは?」

沈んだ声
容態は既に理解しているだろう。彼も呪器の使役者だ
それはあくまで彼女の娘、名雪に対する説明といった処
そんな斎藤の言葉に、唯名雪は心配そうな視線を向けている

「呪器の過剰使用による精神衰弱。典型的なタイプだな。今は呪いが身体を蝕んでいるが、少し休めば耐性も元に戻るだろう」

祐一の言葉に、名雪は安堵の溜息を吐き出す
余程心配だったんだろう
そんな中で、斎藤は一層暗い顔になった

「『赫蝕蒼星(ブラッディア・セルリアン)』の遣い過ぎ、か…部隊を撤退させる為に」
「斎藤…」
「結局は負け戦なのさ…どれも…。だけど、俺達は戦っている」

再開した斎藤は皮肉気に笑う。これは反抗なんだ、と

「あちらは、こちら程真面目に戦っていない。何故だか解るか?」

その斎藤の質問に、祐一は思いついた言葉を口に出しかける
そこで隅に居た北川が静かに呟いた

「既に勝つ事が判っているからだろう?」

そう、既に勝つ事が判っているからこそ一匹残さず殺す―――彼らは不真面目に遊んでいる
所詮は戯れ―――
そんな言葉が祐一の思考に翳りを入れる

「あの人はそういう人だ…あの時から、な」
「あの人…?」

北川は祐一の言葉に僅かだが視線を逸らすと、腰掛けている斎藤へと視線を向けた

「敵のトップはレヴァルス・イレイト・ファティマだな?」
「そうだが…?」
「レヴァルス? レイス王の息子…レヴァルス王子か?」
「そう―――相沢は知らないだろうが、既に世代交代は行われているんだ」

そう言うと、北川は遠くを見るような視線で薄汚れた天井を見上げた
直感的に悟る
それは訊かなければならない事で、そして聞いてはいけない事だ、と

「相沢…お前の親父さんが粛清される元になった事件―――憶えているな?」
「当たり前だ。忘れる訳ないだろう…」

こいつは何を言い出すのか、と言った感じで祐一は返答を返す
それに対してプルートーを膝に乗せいてる冬華も首を傾げていた
当たり前だ。話が飛びすぎている
冬華には、過去について大抵の事は話しているが、祐一が理解出来ないなら連鎖的に冬華も理解出来ない事になる

「―――それが?」
「お前は、違和感を感じなかったか? 全てが終わって帰ってくれば、書類は処分されていて、お前に全ての罪が擦り付けられていたんだ。体よく俺の処に来た書類もだ。―――それに、こうも思わなかったか? 用が無くなった駒は捨てるのか、とか」
「えっ―――」

思った。確かに思った
そう、あの件に関しては誰か―――きっと国の上層部が関与しているだろうという考えはあった
だが、結局あの時の思考は嫌悪の念に支配され、別に誰がどうしたところで構わないとさえ思っていたのだ
あの時、あの出来事を仕組んだ人間を見つける事は不可能
それを、北川は知っているのか?

「“彼”は言った。お前を逃がし、罪が“彼”だけにバレた時に―――中々面白い見世物だった。いい暇つぶしになった、と」
「北川君…それって…もしかして…」
「そう…相沢の親父さんに呪器の製作を依頼し、尚且つ殺人の許可を与えておきながら彼は“劇”を楽しむ為に切り捨て、実の息子に殺害させた。その息子が脱走するのすら見破り、俺に感謝すらしていた奴…それがレヴァルス王子…現シャイグレイスの王だ…」

アレを、たった一人の人間が仕組んだと言うのか?
アノ光景を?
あそこまで徹底的に人間を追い込み、精神を破綻させ、壊し、ロードすらもステージの上で踊る役者の如く、観客席から楽しんでいたと言うのか?
嘲笑って、いたのか?
父の忠誠心に目を付け、その力を自分が楽しむ為に、自分を、父を、それに取り巻く皆の人生を歪めたというのか?

―――怒りと共に恐怖が芽生える

比例して上昇する様に、その二つの心はせめぎ合って心を侵す
左眼球にジクリと鈍い痛みが走った
それと同時に、その意識を垣間見る
見えるのは一瞬にして彼の人生の長さ
信じていた思いを裏切られる重さ
発狂する事実
壊れる幻想
猟奇的に求める罪なき人の命
諦観する日
首を刎ねられる時に見上げた―――泣き笑いの顔で刃を横に構えた自分の光景

「―――大丈夫か? 相沢」
「大丈夫。大丈夫だ」

ジクジクと痛む左眼球を手で押さえながら返事をする
大丈夫、大丈夫だ。俺はまだ冷静だ。思考も未だ曇りない
一つ、気分を入れ替える様に息を吐き出す
目に見えて祐一の顔色が悪化しているが、それでも誰もが口に出す事は無かった
この場に居る全ての者が理解しているのだ
陰惨で悲惨な、相沢祐一と相沢夜人の過去を

「…それで、そのレヴァルスは…」
「きっと、高みの見物と洒落込んでいるか…又は―――」
「又は?」
「…自分が“魔王”を演じて、殺されるのを待っているのか」

そして北川は溜息を吐き出す
きっと、その人間の根本にあるのが快楽主義という概念なのだろう
命を第一に考えていない
楽しむことだけを優先しているのだ
故に、他人がどうなろうと関係無い
楽しめればいいのだ
喜劇も悲劇も、そのどれもこれもが暇つぶし
日常に起こる、その全ての非日常が己の暇を潰す要素なのだ

「滅茶苦茶だ…この戦争も、そうだと言うのか?」
「さて、な。発端は違うのだろうが、それでもこの戦争を暇つぶしには考えているだろうよ」

北川が吐き捨てる様に答える
考えてみれば、今の様な不機嫌な態度も納得が行く
北川自身もレヴァルスの暇つぶしに付き合わされているのだ
部下を全て抹殺され、その存在を追い詰められた
居場所を失った北川は、結局祐一との約束を破棄する形で国外へと逃亡している

「まぁいいさ。本題へ戻ろう。―――それで、霧人、水瀬さん、勝算はあるか?」

頭を二度ほど横に振った形で北川が気分を入れ替える
それと同時に質問を出すが、それに二人は顔を俯けた

「―――正直、勝算は低い…」
「まぁ、そうだろうな。今日までの被害で、戦力はどれ位だ?」
「開国派は6500、国王軍は28000だよ、北川君」
「被害は開国派が3500人、国王軍は2000人か。…遊んでやがるな」
「確かに。斎藤、名雪、今まで戦場で王直属の呪器保有者部隊を見かけたか?」
「いや…多分それぞれの本陣から動いていないんだろうな…こちらの戦力じゃ、そこまで斬り込む事すら出来ない」
「相手は嬲り殺しの姿勢を崩さない、か」
「相手は呪器保有者を前線に立たせてないんだよ…。悔しいよ。皆、必死で戦ってるのに…」
「………」

名雪が顔を伏せる
それも当然か。相手は全戦力で戦ってすらいないのに、こちらは相手よりも被害を受けている
互いの正義をぶつけ合うのが戦争の筈なのに、相手の頭は正義を掲げてすらいない
必死さを、全て足蹴にされているの同然の扱いだ。悔しくない筈が無い

「でも、今は少し変わったんじゃないですか?」
「え?」

と、そこで今まで静観していた冬華が告げる

「この場には、北川さんも居ますし祐一さんも居ます、それなら―――」

「駄目ですよ、それは。二人に戦場は任せられません」

静かに、しかし強く
その声はこの場に居た誰も彼もが視線を集めた場所に居る人間から発せられた

「秋子さん!」

部下のエミュに肩を支えられ、彼女は立っていた
多少ふらついてはいるが、何とか精神力が動ける最低ラインまで回復したらしい

「お母さん! もう大丈夫なのっ!?」
「心配を掛けたわね、名雪、霧人さんも。呪器は使えないけど、動ける位には回復したわ」

最初に、自分の娘と、彼女とその娘を護る騎士に快復を告げる
そして静かに―――その視線を祐一達に向けた

「二人とも、良く無事で…」
「ちっす、お久し振りです秋子さん」
「どうも、心配をお掛けしました…秋子さん…」

その言葉に、疲れた顔で秋子は微笑みを形作る

「変わりましたね…二人とも…。祐一さんは勿論の事、北川さんも張り詰めていた物が消えて、大分穏やかに感じます」
「そうっすかね? 自分じゃそんな感じはしないんですけど」
「そうですね…きっと“外”の環境が、自然と人をそうしてくれるのでしょう…」

ふっと影のある笑みで秋子は笑った
目の前の二人こそが、この先、この国に齎されるだろう“進化”、“革命”の被験者だ
目指している目標を目の当りにして、今現在の不利な状況を考えて、秋子は笑ったのだろう

「そして―――そちらの方は…」
「冬華です。それで聞きたいのですが…先程の『二人に戦場を任せられない』というのは?」
「その言葉通りですよ。お二人に戦場を任す事は出来ません」
「それは―――」
「二人は既にこの国の人間ではない、勿論貴方もです冬華さん」

その言葉に、冬華の口が閉じられる
秋子は息を深く吐き出すと、一度だけ暗い天井を見上げた

「戦争とは―――話し合いで互いの正義の妥協点を見つけられなかった者達がする行為です。戦争の状態では、既に話し合い等というレベルの者が通用する場所ではありません。相手を倒し、立っていた者こそが正義。それが戦争です。―――しかし、貴方達は既にこの国の人間ではありません。私達と同じ正義を持つ者ではない」
「それなら、傭兵は違うと言うんですか? 彼らはお金によって味方になる人達です」

その問いに、秋子は首を振る

「“この世界”に傭兵というシステムはありませんが―――それでも、祐一さんと北川さんの力を借りる事は出来ません。二人は強すぎる故に、戦場に立ってはいけないのです」
「それは、どういう意味ですか?」

疑問を顔に作り、冬華が質問した

「仮に、二人が戦場に立ったとしましょう。二人は強い。外で言う世界最強五傑(ロード・オブ・ロード)に入る強さを持っています。二人がその力を振るえば、それこそ敵の軍勢を瓦解し、淘汰し、呪器保有者を倒し、王の首を取る事を可能とするでしょう。しかし、それで相手は納得出来ますか?」
「え―――?」
「相手は納得出来ますか? ―――きっと出来ないでしょうね…戦いとは関係が無い筈の“力”に無理矢理負けを認めさせられ、勝手に―――自分達の正義を折られたならば…」
「………」
「それは勿論味方もです。急に自分達の手から“戦場”を奪われ、勝手に終結させられたのなら勝利の実感が湧きません。相手はきっと思うでしょう、『あの二人が居なければ、きっと勝っていた筈だ』、と。そしてそれは国に弓引く者として、戦争で本来生まれる筈の闇よりも深い遺恨を生んでしまう事になるでしょう。戦争は終結した筈なのに、これでは一生、燃え残った正義をぶつけ合うという悲惨な紛争地帯が誕生してしまいます。私は、そんな場所にはしたくないんですよ…」

それが道理
何故、ロードという最強が居ながら未だ多対多の戦闘を行っているかの真実
戦争という暴力に訴えながらも、それは“話し合い”の延長線上の産物に他ならない
ロードは、最後の最後―――負けた側が全てを失わない様にする為の抑止力。その筈だ

「だけど、その法則は既に破られている筈です。そうでしょう秋子さん」

それも真実
秋子が言った事は正しいだろうが、それでも冬華が言った事も正しい筈だ
戦争は相手を上回らなければいけない勝負
それが策や兵器や戦う者の命の数に換算されている
国王側は既に勝負が決まった様な状態で、尚も相手から搾取するかのごとく命を狩り歩いている
これ以上の戦闘に意味は無い筈なのに
その意味を込めて、祐一が声を上げた
それに対して、秋子は苦笑する

「破られてはいませんよ…私達は、未だ負けていません」

何処からその自信が来るのか? 秋子の表情は、その言葉通り諦めを感じさせてはいない
むしろそれは―――

「私達は、勝ちます」

―――勝負に賭け、そして勝利を掴もうとする者の顔では無いか?

だが、戦力差は圧倒的
6500の兵力に対して、28000という数字は虐殺を意味するだろう
その状態で、勝てる策があるのか?

「私は、別に祐一さんと北川さんの力を借りないとは言ってませんよ。寧ろ、ちゃんと利用させてもらいます」
「戦場で敵を減らさないんでしょう? だったらどういう戦いをしろって言うんですか?」

北川の疑問に、秋子は笑みを深めた
それは策を練る一流の軍師の表情
その顔に、斎藤が、名雪が、瞳に光を灯した
彼らを今まで生き延びさせてきた戦略家
その存在が、ここに在った

「明日で決めます。これ以上の戦力浪費は―――敗北を決定してしまうので」














平原の上空を舞う光が一筋。ファティマへ向けて飛行する
飛翔魔術により飛行する冬華に、その手に掴まっている祐一と北川だ
なだらかな起伏が存在するこの『エルデクダート平原』には、現在国王軍28000が大地を埋め尽くしていた
緑を蝕む鈍い銀の輝きを放つ鎧の色が、祐一達の瞳を灼く
この軍勢を見下ろしながら、祐一は事の経緯を思い出した




『6500に対して28000。一体どうやって戦うつもりです?』
『簡単ですよ。彼らを罠にかけます』
『罠、ですか?』

その疑問の声に秋子が「そうです」と一つ頷く

『皆さん、エルデクダート平原はご存知でしょう?』
『え? はい。それが?』

その場に居る冬華以外の全員が頷く
取り残された冬華が一人首を傾げた

『祐一さん、エルデクダート平原というのは?』
『あぁ…このエルノークからファティマにかけて広がる大平原で、緩やかな起伏が…―――起伏…』

祐一はそこまで口に出すと動きを止めた
冬華が怪訝そうに首を傾げるが、祐一の瞳には今、冬華は映っていない
その瞳には、今思い浮かんだ物と、秋子が考えるだろう策がシミュレートされている
そして、祐一は口の端を吊り上げた

『起伏、起伏か…成る程…これなら数の勝負では互角に持ち込む事も可能かもしれない』
『ふふ、祐一さんは気付きましたか』
『ええ、まぁ…こちらが海抜的に高い事を利用するんですよね?』
『は? どういう事だよ相沢』

分からん、といった感じで北川が声を上げる
それに祐一は肩を竦めて見せる
気障ったらしい仕草に眉をピクリと上げるが、それだけで北川は留まる
先を話せと、その言葉無き無言という言葉は言っている
祐一は今度こそ苦笑すると、一度だけ秋子の方を見て頷いた

『起伏を利用して、包囲戦を仕掛けるんだ』
『包囲戦を? しかし、28000だぞ? 引っ掛かるのか?』
『勝ってるからこそ引っ掛かるんだよ。それに、相手はこちらが全勢力を投入したと錯覚する』
『―――錯覚?』

そうだ、と祐一は頷く

『こちら、エルノーク側は、平原が起伏に富んでいると言っても標高が高い。なだらかではあるが、必ず影になる処が存在する様になるんだ。こちらからは向こうが丸見えなのにな』
『影…6500…包囲…そうか、そういう事か…やっと分かった』

北川が納得したのを見届けるが、未だ分からないと言った表情の面々が居る事に気付く
名雪と冬華だ

『冬華はともかく…名雪は分からないのか?』
『う、う〜ん…作戦って、殆どお母さん任せだったから…ちょっと分からないよ』
『そうか…それじゃ続けるけど…こちらには見えない場所が出来た処までは話したよな?』
『うん』
『下から見上げる感じで、山のてっぺんに人が横に一列並んでるのをみたらどう思う? 実際数は少ないのに、逆光も利用して、その一列だけの、数が少ない作られた“大勢”の影は―――』
『成る程…全勢力と錯覚するとはそういう事ですか…』
『うん…つまり―――』

『適度な数を敵正面に用意し、高低さと起伏から全勢力を投入したと錯覚させ…その正面部隊が居る場所から右翼と左翼を隠すように、包み込む様に展開。6500人で28000を包囲する。28000を一方的なベクトルでぶつけられるのを防ぎ、包囲する事により攻撃方向を分散。この状態であれば、一度に戦う数は少なくて済む…』




その言葉を実行した光景が、今は三人の眼下に広がっていた
張りぼて役となった、1500の軍勢に向かって大軍が進んでいる
勝っているからこそ、その慢心が命取りになる
少し後には、この策に嵌った彼らが見れる事だろう

「さて―――ここまでは上手く事が運んだが―――」
「分かってる…俺達はここからが本番だ」

そう、北川の言葉に祐一は静かに呟いた




と、眼下から閃光が銀影を射る様に飛来するのは同時だった




「―――冬華っ!」
「っく!!」

轟と唸りを上げる閃光は、冬華の長い髪をその奔流によって巻き上げながら、蒼空を穿ち昇る
下からの射撃。魔道銃では考えられない程の威力。考えられるのは―――

「呪器保有者かっ!!」

叫ぶと同時に、高空に居るこちらを的確に狙う閃光が二条
空気を焼き焦がしながら飛来する
冬華はそれを回避するが、祐一と北川を掴んでいる状態では手元に負荷が掛かりすぎる
引き摺られる様な形の回避行動は、狙ってくれと言わんばかりに精細さを欠いていた

「ふん、どうやら俺の役目が来たらしいな」
「北川」
「先にファティマに行け相沢。ここは俺が残る」

返事を待つ間すら無く、また一条の光が迫る
北川は、咄嗟に冬華の腕に掴まる手を離すと、その身を空へ投げ出した

「―――――!!」

祐一の叫びが閃光によって掻き消される
大地が近付き、景色が上へと流れて行く
ちらりと瞳を向ければ、冬華と祐一は飛び去る処だった




『それで、俺達を利用する、というのはどういう事ですか?』
『北川さんには、先ずゴールド・オア・クリムゾンとして士気を高めて貰います』
『まあそれ位は…でも、それは建前でしょう? 本題は?』

その言葉に秋子は笑った

『何、戦場で多数を斬り伏せる事は許可出来ませんが、相手が相手ならそれも已む無し、という事ですよ』
『つまりそれは―――』
『ええ、そうです。 祐一さん達には、呪器保有者を相手にしてもらいます』




「全く…あの人も普段は温厚なのに、喰えない人だ…」

昨日行った会話を思い浮かべ、北川は苦笑する
その間も地表が近付くが、北川は重力緩和系の魔術を掛けようとはしない

―――この落下速度だから良い物の、重力緩和を行って速度を落としては狙い撃ちだ

その事実に、迫ってきた大地から弓を構える人物を視認する
大地に接触まで4無いし3秒―――
―――考えた瞬間、閃光が舞う
呪器から放たれた閃光だ
考えるよりも迅く。戦闘という行為が染み込んだ躯が反応する
眼前に迫る閃光へと魔剣ホロコーストを抜刀!

―――ギ

不快な音を立てて力の奔流が拮抗する
刃に纏わりつく“破壊”が、祝詞を上げていないにも関わらず瘴気を撒き散らせ始めた
呪器と呪器。同族を殺せると、北川が所有するホロコーストが歓喜の咆哮を上げているのだ

「―――祭壇に捧げられし供物の宴―――」

愉しげに北川が呟いた

「魔獣は悦び喰い平らげる―――そして其れは―――」

その奔流に刃を強く、押し付ける―――

「―――眼前の獲物すらも求める」

―――第一封印解除(【ファースト】・ロックオープン)

カチャリと、何かが繋がる音を心で聴く
そして同時に鍔元にはめ込まれている二つの内の一つの宝珠に火が灯り、まるで生き物の瞳の様に存在している黒い濁点は“瞳孔”を広げた
同時に、今まで句を述べる途中で漏れ出していただけの黒い霧は変質し、透き通った紅い靄へと変わって行く
それはやがて渦を巻き、刀身に纏われる様に、それを中心とした紅い竜巻の剣が完成した

そこには最早先程の、ただ妖艶なだけの刀身は亡く
漆黒から透き通った紅へ変質したとしても、その変化を眼に留める事すらなく濃密な瘴気が放たれ続けている
そこに存在するのは唯の呪いの剣
斬るのではなく、侵し
殺すのでなく、蝕む
他人の生を羨み、嫉妬し、恨み、狂い、奪い、陵辱し、殺し尽くす為の“器”

紅い陽炎は、発生した瞬間に拮抗を止め、破壊の本流を侵食した
それには破壊の音は無く、唯―――喰われたかの様に消え去った

「―――ッ!?」

地上から見上げる弓の男の表情が驚愕に染まる
と、同時に落下しながら刃を振り被った北川を見て、一足で後ろへと跳躍する

「斬喰――月下!!」

呼詠干渉魔術によって発生する力が、刃を取り巻き膨れ上がった
薄紅色の奔流が、刃を伴って地面へと接触
凶悪な破壊の顎を大地へと記す
北川はその接触による力で以って身体を反転。くるりと捻ると、優雅に地面へと着地する

「ほうほうほう、成る程ねぇ…」
「ゴールド・オア・クリムゾン…生きて…」
「よう【 大公(メフィストフェレス) 】、【 祭祀長(バールベリト) 】、【 始原の海の支配者(ラハブ) 】…久し振りだな?」
「止めろ。貴方から役職で言われても、それは見下されているとしか思えん」
「つれないなバールベリト。つーか、さっき地上からぶちかましたのはこの面子だとメフィストフェレスか」

北川が愉しそうにくつくつと笑う
敵陣のど真ん中に墜落してきたとしても変わらない
三人の呪器保有者に囲まれ、その背景に28000の軍勢があったとしても尚、その態度は崩れてはいない

「貴方が空から降ってくるとは思いませんでしたが…しかし、推測するに貴方は開国派についているようですね?」
「御名答。流石才女と城内で謳われるラハブ。その通り、俺は秋子さん側についている」
「何で…あそこまで忠実に王へと義を尽くしていた貴方が…」

紫髪の美女、ラハブが悲しげに呟く
北川はそれに哀しげな笑みを見せる
彼女、ラハブ―――ノルファーエン・ワイズこそが北川の在籍していた第二師団の副団長だったのだ

「解るだろう? 俺の、俺達の部隊が潰されたのは奴の仕業だ、ノラ」
「しかし、それは王の思惑があってこその判断だと―――」
「…お前も相沢と同じ症状だな。一番大切な事に自分から目を塞いでいやがる…ならまだ善い。いちど叩いて目を覚まさせてやる」

その言葉を口に出すと共に、一歩北川が前に踏み出した
それと同時にメフィストフェレスとバールベリトが呪器を構える

「アンタは前から気に入らなかったんだ…生きててくれて嬉しいよ」
「メフィストフェレス。それは俺を“殺せる”と判断しての言葉か?」
「その通りだ。俺一人ではアンタに勝てなくても、三人居るならアンタを殺せる位の力になる」

その言葉にくくっ、と北川が笑う

「雑魚が」
「何?」

反転して、心底つまらなそうに北川は呟いた

「三人居れば、お前らは俺に勝てるのか? だとしたら、それは随分とオメデタイ考えだ」

それだけは賞賛に値するよ、と北川は可笑しそうに笑った

「幾らゴールド・オア・クリムゾンたる貴方が強かろうとも、呪器保有者が三人も相手では…その言葉、唯の強がりにしか聞こえんが?」
「強さ、強さか。 そう、強さではお前ら三人が足し、賭け、相乗した結果の方が強いかもしれない。が―――」
「…?」
「だから馬鹿だと言うんだ。頂上に近付けば近付くだけ勘違いするが、俺の強さとお前らの強さは、最早比べる物ではない」
「…格が違うって言うのか?」
「いや? お前らの強さが戦闘能力を表すなら、それはまだまだ真意に近付いていない事を指すだけだ。ロードと謳われる者も、呪器を使用する者も、その頂上に居る人間は総じて気付く…俺や、相沢の強さは―――罪の重みだ」

何処か悲哀と慈愛を含めた笑顔で北川は紅い陽炎舞う刀身を眼前に掲げた
そして、戦場には不釣合いな穏やかな声で告げる

「良かったな貴様ら。俺の刀身は加減が無いから楽に死ねるぞ? 相沢と戦わなかった事を感謝しろよ?」

刃が、一際強く歓喜の脈動を行った














「ち…勝手に行きやがって…相変わらず馬鹿の極致に存在する大馬鹿が…」
「ですが大丈夫でしょうか? 大きな魔力波動は三つ感じられました」
「呪器保有者が三人か。それ位ならアイツ一人で何とか出来る。大丈夫さ」

先ほどよりも高度を下げて飛ぶ冬華に、掴まっている祐一は言う
北川を心配していない訳ではないが、殺られるとは欠片も思っていない
アレを殺せる人間がそこら中に居たら、きっと世界は滅亡している
アレと評するのは嫌な表現ではあるが、ある一線を越えてしまった人間を評するなら適切だろう
かく言う祐一も、他人にはアレとかソレとか―――化物と評価される人間だ

「信頼してるんですね…」

冬華が穏やかな表情で言う
その言葉の真意は汲み取れないが、それでも祐一は認めている

「ああ、信頼してる。あいつが居なきゃ、結局俺は、城で今頃オブジェにされてたんだから…」
「そうですか…」

ニコリと笑う彼女を見上げ、祐一は言った
奴なら何とかするだろう。そう思えるから
そんなやり取りをしている内に、ファティマ首都を目視する
北川が落下した場所から4・5kmと言った所か
その街は、そこに在った
荘厳、と言い表せばいいだろうか?
圧倒的な存在感が、その街にはある
その中心に位置しているのは、数年前まで祐一が自身が勤めていた場所―――ファティマ王城

「ここまで、来たのか…」




『秋子さん…』
『はい、何ですか祐一さん?』
『俺には、今呪器保有者を相手にする事は出来ません…』
『それは―――』
『剣では、人を斬ろうとする度に拒否反応が出るんですよ…脳裏に、父さんの首を刎ねた時の感触が甦るんです…』
『だから、呪器保有者の相手は出来ない、と?』
『ええ、残念ですが…殺れ、と言うなら、俺はきっと敵を殺せるでしょうが、効率は良くない。むしろ、危険だと言えます』
『そうですか…』

そして秋子は思案する
だが、それはそんな表情を作っただけだと見て判る
あらあら、どうしましょうかと言っている顔は、既に何かを決断しているかの様に見て取れた

『そうですね…では、祐一さんには一つだけ教えておかなければならない事があります』
『―――何ですか?』
『魔剣【 犯し尽くす業火の竜(レーヴァテイン) 】の在り処、です』

瞬間―――空気が凍える

普段から飄々とし、祐一に殺気をぶつけられてもヘラヘラと笑っている北川ですら、その絶対零度には一歩足を引いた
祐一の表情は、何処までも冷静―――無表情と言っても過言ではないだろう
だが、殺意が世界を侵食する程に漏れ出していた
あの頃、唯敵を抹殺して存在のアイザワユウイチに近い表情で、祐一は立っていた
名雪とエミュに至っては怯えていると言っても過言ではないだろう
平気とは言い難いが、何とか平静を保っているのは斎藤と秋子
そして、そんな中で、哀しそうな表情で祐一を見つめていたのは、冬華と北川だった

『師匠の剣…何処にあるのかを知って?』
『…ええ…レーヴァテインは現在―――元帥イグニス・レヴィの手元にあります』

それを聞いた祐一の表情に、凄絶とも言える笑顔が宿る
それは、仇敵を見つけた子供の様な、歓喜の笑顔
標的を見つけて、祐一は安堵と共に、自分の力量で相手を殺せるかを思案する
それは、酷く愚かな思考だった
そこになって、自分は乗せられている事を思い出す
表情が、普段の穏やかな物に戻った

『秋子さん、利用する、というのはこう言う事ですか…』
『ええ、そうです…酷いとは思いますが―――』
『解っています。秋子さんはそうも言ってられない状況でしょう? 仕方ありませんよ。出来れば、個人的に相手を教えて欲しかったんですけどね』
『済みません。ですが、』
『そうですね。元帥は“元”とは言えロード。やはり勝つ為には俺の魔剣が必要ですし―――ファティマに行くのは必須でしょう』
『呪器安置の為の特殊霊廟ですね?』
『何であっても、取り返さなければ行けない“象徴”です。なら―――ついで程度に呪器保有者を相手にするのもいいでしょう』
『そうですか、感謝します…』




昨夜の会話を思い出し、必要な力がある事を―――交わした契約から感じる
ある、確かに感じる
魔剣の脈動を

「祐一さん」
「ああ、行こう、冬華」

そう云って、祐一が頷くと同時に冬華が高度を落とす
そのまま街を囲う堀と城壁の中に降りようと言うのだ
このある種物々しい街の概観は、城塞都市とも言えるだろう
それほどまでに、侵攻に対しては強い強度を持って、その囲いは街を覆っている
だが、それも空からの侵入となれば無意味
ゆっくりと滑空して、冬華が大地に近付く
そして―――祐一が大地に足を着けた瞬間
祐一は冬華を抱きかかえると、その場から跳躍した

ず、どんっ!!

狙っていたのか、いや―――今のは完全に当てるつもりは無かった感じがする
今のは威嚇
炎が突き刺さった大地に一瞬だけ目を向けた後、祐一は冬華と共にその炎が放たれた方向を見る

「―――呪器、保有者か?」
「お初にお目にかかります。【 ゲヘナの君主の首領(ドゥマ) 】、ノイエ・シュタールです」

丁寧な物腰で、黒髪に白い制服を着込んだ少女は一礼する
その感じから理解出来たが、彼女には王に忠誠を尽くすといった“匂い”が感じられない
なら、ここで戦いを行う事は無意味だろうが―――

「………」

忠誠とは別に、何か違う、別の物に誓約を捧げている感じがある
それなら、ここで停戦を申し込んでも無意味
相手はこちらを襲う事を止めないだろう
祐一は思案するが、そんな中、冬華が一歩眼前に歩み出る

「ここは私が残ります」
「冬華…」
「心配しないで…祐一さん。私は大丈夫ですから…」

冬華は穏やかに微笑むと同時に、腰に差してあった剣を引き抜く
―――機工魔剣・サクリファイスドライブ
雷を司る刃が、バチバチと不穏な音を立てて帯電する

「だが―――」
「信用して? 貴方が私に信用されている様に…私は貴方の為に在りたいのだから…」
「―――――」

何て、甘い言葉か
抱き締めてしまいたくなるほど、その言葉は健気で愛しい
だが、敵は眼前
ならば、と―――祐一は唯、冬華の肩に手を置いた

「頼む。それと、無事で」
「はい。では、後ほど」

簡素な別れの言葉と共に、二人が同時に動いた
ドゥマ、ノイエ・シュタールが、遠ざかる祐一へと向けて、その刃を振り下ろす
刃から漏れたのは焔の輝き
炎閃が大地と大気を焦がしながら、祐一の背後へと迫る、が

「ッセイッ!!」

横から飛んできた雷撃が、その焔の行方を阻害
街路に爆音を響かせた

「貴女の相手は私がします」
「―――いいでしょう。その命、亡き者になると知りなさい」

そして、蒼雷と燈焔が激突する














走り、中央広場までやってくる
特殊霊廟まではあと少し、だが―――
祐一を阻害する為の人影は、そこに立っていた

「―――まさか…」
「そんな―――生きて―――?」

懐かしき顔
互いに互いが成長してしまったが、面影が残っている
それは兄弟の再会




『祐一さん。もう一つ、伝えなければいけない事があります』
『…何ですか?』
『祐一さん、春人君が―――』




「春人、か?」
「兄さん…?」

そこには、弟が立っていた
今は、嘗て自分が立っていた地位である第一師団の場所に就き
そして、【 空の軍勢の君主(メリリム) 】の称号を得た、相沢最強を継いだ弟が




再開の名を騙る遭遇は、戦いの引き金を落とした











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