意味を理解せよ
愚かなる者達よ
我は獣
汝らを引き裂く爪牙なり

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#4 金色紅衣



































「さて、どうした物かね…」

北川がそう呟くと同時に、バールベリトが蒼空色(セルリアンブルー)の短槍を差し向ける
禍々しくも美しい色合いであるその槍は、瞬間的に北川の居る場所を切り裂いた
が、それに易々と中る北川ではない
作り上げられた空気の断層を唯半身になるだけで躱すと、その刀身を横へ向けて薙ぎ払う
それと同時に、横から襲い掛かってきた光の奔流に紅い陽炎を纏った刀身が接触。奔流を“破壊”して亡き者にする
だが、最後の一人が残っている

「【 閉塞固定(ムーブカット) 】!」

全ては布石
北川潤の位置を固定する為の策
ラハブが使用する呪器の能力は特殊だ
サポート的能力だと言えよう
空間座標に、標的を固定してしまう能力
足は動かせる、手だって動かせる
だが、移動だけは出来なくしてしまうという能力
ロードレベルの戦闘技巧保有者に対しては有効な手段だと言える

「っち…」

舌打ちと同時に、北川が足で地面を蹴る
だが、その身体の位置は一切その場所からは動いていなかった
それを好機と悟ったか、バールベリトが呪器を構えた
ラハブと同じく座標系干渉の呪器は、空気の断層を発生させる
その標的に重ねる様にして
真空を身体にぶつけられればどうなるか?
断裂するか、それとも血液が沸騰するか、細胞が凝固してしまうか
ろくな事にはならないだろう
だが、その断層発生が起こる瞬間に北川が笑う

「―――俺のホロコーストが結界を喰らうのは覚えてるよな、ラハブ?」
「―――拙いっ!!」

ムーブ・カットは結界魔法の上位式だと言えるだろう
狭空間での閉鎖無限空間―――ループを作り出すに等しい行為だ
なら、結界を破壊する特性を兼ね備えている北川のホロコーストには、それは無意味以外の何物でもない

「飛んでっ!?」
「―――斬喰<裏>月下!!」

バールベリトが断層発生をキャンセル
メフィストフェレスが、その解除動作を行ったバールベリトを引っ掴んで後ろへと跳んだ
瞬間―――

北川が円形に薙ぎ払った地形に、破壊の波が奔る
地面を掘削し、空間を上下左右斜めに切り裂きながら、その破壊の本流は北川を中心とした半径30メートルに渡って傷痕を残す
幸いか、不幸か、巻き込まれた者は居なかった
しかし、その一瞬にして荒野となった大地は見る者をぞっとさせる

「ちっ…斬喰月下に比べて<裏>の方は限界数が少ないから余り使いたくは無いんだがな…」

下らなそうに呟いて、北川は何事も無い様に一歩を踏み出した
既にムーブ・カットの結界は破壊している

その光景を見るだけで、ノルファーエンは嘗ての上司には絶対に勝てなかった過去を思い出した
戦闘相性は最悪と言ってもいい
呪器の力が完全に相性を考えた時点で既に負けているのだ
ノルファーエンが北川に勝つには、自身が持つ純粋な戦闘能力でなければならない
それは可能か? と、問われれば、不可能だと即答するだろう
北川潤の純粋戦闘能力は、自分と比べるだけで無意味
能力【 千里眼 】と、独自の豊富な戦闘経験から来る“見切り”は、体術戦において絶対的な優位を確保している
それならば魔術で、と思う
北川は肉弾戦には長けているが、魔術の力はそう高くない
魔術においては、ノルファーエンの方が高い資質を持っているといってもいい
だが、それが相手に中るか? と考えれば、それはやはり無理な事だ
結果―――あの人には勝てない

「ふざけてるんじゃねぇ…っ!!」

ノルファーエンが現状を絶望視している横で、メフィストフェレスが吐き出す様に叫んだ
瞬間、その身が爆ぜ、北川へと肉薄する

「絶対に殺してやるっ!!」

メフィストフェレスが握る弓に昏い光が灯る
それは所有者の意識を理解し反映し、憎悪の力で以ってして威力を増幅させる

「弓で近距離戦か? 随分威勢がいいなメフィストフェレス!!」
「アンタの刀で弾かれなきゃ、俺の“矢”は一撃でアンタを殺せる!!」
「舐めるなよ弓兵。零距離射撃が中るとは思うなよ?」
「アンタこそ思い上がるなっ! 国を捨てた裏切り者がっ!!」

―――轟ッ!!

メフィストフェレスが弦を引き絞る動作を行うと、そこには一筋の光が生まれた
空間から光子をかき集める様に形作られる矢は、メフィストフェレスが離すと同時に空間を疾走した
それに対して北川は刃を振り上げる事も無く、唯身を捻るだけで光の奔流を避ける
その動作の中で、更にメフィストフェレスが距離を縮める

「死ぬぞメフィストフェレス! 勝手に動くんじゃない!!」
「黙れバールベリト!! 臆病風に吹かれた奴は黙って観戦してろっ!! 俺がこいつを殺す!!」
「ちっ!!」

メフィストフェレスが矢を撃ち出し、北川がそれを避ける
その動作を繰り返す中、今一度バールベリトは短槍を眼前に捧げる

「―――【 空間封断(ディバイン) 】ッ!!」

その声と同時に、北川が立つ位置にでは無く、北川が避けようとした方向に一際強い裂け目が奔る
真空を作り出す槍―――魔槍【 分断する世界の檻(ディスコネクション・プリズン) 】は、第一段階の呼詠干渉魔術によって、空間を引き裂いたのだ
威力だけで言えば、北川のホロコーストすらも上回るだろう
何せ空間の裂け目だ。振れただけで物質は無抵抗で引き裂かれる
そう、通常の物質ならば

「ふっ!」

北川は飛び退る体勢で、その空間の裂け目に自分から突っ込む中、ホロコーストを一際強く握ると身体を捻る
そのままホロコーストを振り回し、北川は刃を空間の裂け目に接触させた
ガギンッ!!
そんな甲高い金属を合わせた音が響くと同時に、北川が剣ごと弾かれ飛び退る進行方向を曲げた
その状況に、流石だ、とバールベリトが舌打ちする
儀礼祝器なら、空間の断裂を弾ける事無く、その使用者ごと引き裂いていただろう
だが、怨血呪器ならば違う
その独自の世界を作り上げる程に強力な力は、ある種の空間歪曲を既に有している
なら、相手の世界を破壊する事は不可能にしても、互いを弾きあう位はやってのける事は可能だ
だが、

「もらった!!」

その弾いた瞬間には隙が生まれる
どうしても何も出来ない一瞬が生まれる
それを逃すメフィストフェレス―――呪器保有者部隊に数えられる精鋭ではない

「奔れ―――【 死者の航路(レイ・ライン) 】ッ!!」

先程の“矢”を越える圧倒的な光量
魔弓【 恐慌の風琴(サイレンス・ブロウ・フィア) 】の前に収束された光の球が、彗星の如く尾を引いて流れた
この光景に、北川が顔を引き攣らせた
零距離では無く距離は離れているが、これはヤバイと直感した表情だった
ホロコーストは間に合わない
だが、足が大地を蹴る方が迅い
この一瞬で、北川が奔流の前から飛び退る事は可能となるだろう
だが、ジョーカーは未だ残っている

「【 閉塞固定(ムーブカット) 】!!」

その言葉で、今度こそ北川の顔から血の気が引いた
飛び退る筈の北川から【距離】の概念が奪われた瞬間だった

“動けなかった”北川に、彗星が衝突する














「宰相」
「どうしましたか斎藤団長?」

本陣に構える秋子の下に、斎藤が訪れる
直属護衛200だけの、殆どを戦力に裂いた本陣
その場に、今回は直接護衛を任された斎藤が訪れた

「唯今、包囲戦が開始されました」
「状況は?」
「作戦が功を奏しました。戦況は拮抗状態を続けています」
「―――そう…」

ホッと溜息を吐き出す秋子に、一瞬だけ斎藤が微笑む
だが、直ぐにその表情を引き締める

「それで宰相。いえ…既に総司令ですか…この後はどうしますか?」
「騎士部隊は現状維持で構いません。ですが、魔道兵団にはサポートを重視する様に伝令を出して下さい」
「サポート、ですか? つまり、装甲系魔術の重ね掛け、及び、身体能力強化を行う、と?」
「そうです。儀礼祝器部隊さえ退ければ、この勝負、必ず勝てます」

現代戦闘では、儀礼祝器は魔術の脅威を上回る
故に、これさえ無効化する事が出来たなら、勝負が傾くのは必然
しかし、魔術師が必要ではないという訳ではない
決して無視出来る存在では無い筈だが―――

「―――良いんですか?」
「ええ。大丈夫です」

力強く頷く秋子
それに斎藤は眉を顰めるが、

―――オ、オ゛オ゛オオオォォォォォォアア゛ア゛アアオオオオオオゥゥゥゥ――――ッ!!

瞬間、得体の知れない音が響き渡った

「な、これはっ!!」
「始まりましたね…」
「これは…潤の…」














柩から溢れる闇の素子
冒し尽くす天の楽園
命呑み込む漆黒は愛おしく
――唯、儚く揺れる――

過去、現在、未来へと繋がる一筋の路
流血を生み出し、殺戮を作り出す
紅き鮮血に紛れた、黒き血筋の末裔
与えよ、知識
与えよ、愛憎
与えよ、力
流れる風は強く、世界に亀裂を残す
吹き付ける風は強く、光に影を落とす
幻想に含まれし宵闇の煌き
歯牙を、爪牙を、四肢を、体躯を
舞え、踊れ、狂え、殺せ、死ね

―――告げよ、主―――
―――契約と誓約を以ってして、破壊を赦し許す言霊を―――






喰い散らかせ(ブレイク)

世界が死ぬ
意識が裏返る
握る刃から、直接魂へと絡みつく黒い幻影・呪いの影
溢れ出す死者の叫びと絶望に見開く昏い瞳
甦る死者の記憶・それは殺した者達の死に様
責め苛む怨嗟の咆哮は、生きる事も死ぬ事も許さない
それは、罪と罰
赦されてはならない、赦してはならない
背負った罪を、生涯背負う事を誓約する

許可は下った
権限は貴殿に有る
我を遣う者よ、叫べ―――我が名を

「吼えろ、――三十六の軍団を従えし魔(グラシャラボラス)

第ニ封印解除(【セカンド】・ロックオープン)





彗星が衝突する瞬間、風が吹いた
―――爆音
それで、彗星は無くなった
と、遅れる様にして―――

北川の眼前にある地面が4・5メートル程、地層を伴って横一文字に消し飛んだ
何が、と思考するよりも前に、何かの音が

―――オ、オ゛オ゛オオオォォォォォォアア゛ア゛アアオオオオオオゥゥゥゥ――――ッ!!

咆哮が戦場を揺らした

「あ…?」

メフィストフェレスが
バールベリトが
ラハブが
その視線を北川へ向け、そして、その背後に“在る”何かへと向ける
大きい、そして、何て禍々しいのか…
全長は15メートル程
グリフォンの翼と、犬狼の顔をした生物
否―――魔獣
それが犬歯を剥き出しにして、三人の呪器保有者を見下ろしていた

瞬間、悟る―――死んだ、と

「何だ、これ、は…」

歯の根が噛み合わず、バールベリトが呟くように声を発した
だが、その怯えきった声は自身にしから聞こえない程度の声でしかない
絶望を確認する様な物だと言ってもいいかもしれない
そんな中、溜息が静寂の中に響く

「あ゛〜…くそ、第二封印まで解除しちまったよ。やばいな…」

ちっ、と舌打ちすると同時に、北川は既に呪器保有者が居ないかの様に頭上を見上げた
そこで魔獣と視線を合わせる

「悪いが、俺に掛かってる結界効果を消してくれないか?」

そう頭上の魔獣に、北川は何でもない事の様に告げる
それを聞き届けたのか、魔獣は一つだけ頷いた

―――オオォォォン…

低く、聞く者を震え上がらせる唸り声
魔獣の喉から発せられた音は、静かに空間を振るわせた

「悪いな。よっ、と…」

その声で作業は終わったのか、今まで動けなかった北川がその場から動く
その光景をラハブは見ていた
北川の持つ刀に、今は刀身が無かったのだ
北川は、柄だけを握っている
漆黒色の刃は、何処に消えた?
決まっている、理解しろ、認めろ、つまり北川の後ろに居るアレが―――
魔剣ホロコーストの刃なのだ

そこまで理解出来た処で、思い出した様に北川がこちらを振り向いた
それに対して、睨まれた訳でもないのに倒れそうになる
アレは最早格が―――次元が違う

「良く解っただろう? これが俺とお前らの差だ」
「あ…」
「理解出来るか? これが、真に呪器の力を引き出すという事だ。呪いを受け止め、理解し、決して逃げず、その昏い思考に魂を繋げなければならない恐怖。それが行えて、初めて二段階目を踏む事が出来る」
「化け、物…め」

メフィストフェレスが呟いた言葉
それは現世に顕現した刃――グラシャラボラスを指すのか
それとも、人の形をしたモノ――北川を指すのか
告げられた言葉に、北川は自嘲気味に笑う

最早引き返せない処まで来てるけど―――実際言われるとキツイなぁ…

既に認めている事柄だ
強くなろうとした時から、何かを犠牲にする覚悟は出来ていた
それが、人間の面だったという――それだけ
ふっ、と北川は笑う。微笑むように優しく

「向かってくるなら相手をしよう。但し、この状態で一撃喰らったら肉片も残らない。覚悟はしろ」
「私達が…私達は、王の為に死ななければ―――」
「まだ、言ってるのか貴様は…」
「メフィストフェレス…?」

声を上げたメフィストフェレスに、バールベリトが呆気に取られた様に言う
その呆けた視線を気にするでもなく、メフィストフェレスが一歩前に出た

「これは、俺達の戦いだ…王も国も、この場所では関係ない…」
「へぇ、まさかお前が一番最初に“狂う”とは思わなかった」
「気に入らないとか、もうそんな事は関係ない。唯、個人として―――アンタが至ったその強さに興味が湧いた。それだけだ」
「上等だ。死なない程度に殺してやる」
「手加減はいらねぇ…それで生き残れなければ、この先俺はどうせ死ぬだけだ」

メフィストフェレスが魔弓を構える
だが、その姿勢は遠くの的を狙うという物より低姿勢で近付きながら狩猟する感じに近い
その二人の相対をラハブは下唇を噛みながら見守る
自分は接近戦に向いていない
なら、メフィストフェレスの邪魔になるだけだ
前に出て戦うなんて真似はしない方が良い
だからと言って、援護をする訳でもない
これは、最早騎士と騎士の戦いだ
援護をする事すらも無礼にあたる

―――本当は気付いていた

師団長・北川潤が自分の上に就いた時から
あの頃は楽しかった
バカを言っては隊員を笑わせ、出撃前には皆の緊張を解してくれる
そんな彼の下で働いている内に、この国に仕えているのではなく、彼に仕えている事を自覚した
それでも、それは恥ずべき事なんではないかと、自問する毎日が続いていた
そして、師団長の失踪
“外”では死亡となった事件
あの日―――彼と、その補佐として残っていた自分達だけが生き残った
本来であれば、団長補佐であるべき人が残っている筈なのに、副団長である自分の部隊についての事だからと城に残り―――そして、

皆、死んだ

それを不幸な事故としなければ、自分は耐えられなかった
上司の様に、自分は心まで強い訳じゃない
だから、皆が死んだのは王の考えだったと割り切った
そして―――敬愛すべき団長すら消え去ったのだ
失って、思い知った
もっと早く、気付けば良かった
そうすればせめて―――団長の姿すら見失わずに済んだのだ

「………」

覚悟を決める
大丈夫だ。これ以上、彼に言われなくても大丈夫だ
気付いていた事実を“思い出した”
だから、信じよう
国でもなく、誰でもなく
自分を信じ、その自分が信頼した者を信じよう
だから、この個人間の戦争を見守る

「――――来い」
「――――っ!!」

北川が声を発する
その音声がメフィストフェレスの耳朶を振るわせた瞬間、彼は前に駆けた
それと同時に、第一撃の閃光を放つ
光が収束し、作り上げられた“路”が北川へと伸びる
その一撃を、北川は刃無きホロコーストで薙ぐ
魔獣グラシャラボラスが前足を振るい、その一撃の下に閃光と大地を抉り飛ばす
その前足が伸びきった瞬間に、メフィストフェレスは戻る前足を潜る様にして低姿勢でニ撃目を放った

「は―――やるね」
「まだっ!!」

死に体になった北川に二発目の閃光が迫る
だが、北川が左手を眼前に掲げるだけで魔獣の腕による『破壊で以ってして防御する』行動が取られた
北川が薄く笑む
この状態であれば、北川は直ぐに死合いを終わらせる事が出来る
魔獣咆哮による斬喰<裏>月下を放てば、それこそ第一段階の比にはならない程の破壊の奔流が辺り一面を掻き乱す
それを行わない訳は二つある

一つ、これが騎士と騎士との戦いだから
一つ―――

力を温存しなければ、勝てない様な奴が居る

だからだ
だが―――

「おらぁっ!!!」
「温いぜっ!!」

決して手を抜いてる訳ではない

「まだだっ!!」
「来なっ!!」

既に、互いが互いの正義を掲げているのだ
北川は魅せる為に
メフィストフェレスは見る為に
己が立つべき世界を再確認する為に―――

師と弟子が修行をする様な光景を前に、バールベリトは眩しい物を見る様な目つきで立っていた
この場では、疑問も、ソレに接する機会も無かった人間―――それがバールベリトだ
しかし、その彼でさえ、この戦いは美しいと感じた
血みどろの殺し合いとは違う
一種の授業風景を感じさせる北川とメフィストフェレスの死合い
その世界に、彼は魅せられていた
強く、強く拳を握り締める
自分の信じる物は何なのか?
酷く不確かで、馬鹿らしい物なのではないのか? そう思ってしまう
敵を倒し、王の為に勝利を捧げるこの場で、

何で自分は、感動に打たれているのか―――

答えは未だ出ない
だが、何かを見つけたのだろうか? 自分は
火花が散る
魔獣が薙ぐ一薙ぎに、魔弓が悲鳴を上げて閃光を舞わす
眼前で繰り広げられるダンスを、唯見守るしか出来なかった
邪魔する事は出来なかった

「う、おああああああああ!!」

メフィストフェレスの咆哮に応じ、魔弓サイレンス・ブロー・フィアが一際強い閃光を放った
空間展開された式から放たれる太い閃光の奔流
昼の世界を夜の世界に変えてしまう程の強い光を前に、北川は柄を振り上げた

「刹理・斬喰月下閃!!」

その声に呼応し、魔獣の腕が上がる
目に見える魔力とエーテルの奔流が腕に収束
極光の太陽を思い浮かばせる世界が輝く
ソレを、北川はメフィストフェレスが放った閃光に向け―――振り下ろした

ごぼんっ!!!

力と力が接触する破壊の音は響かなかった
しかし、確かに光の奔流は掻き消えた
盛大に大地へと穿たれた大穴の前に
それは陥没ではない
本当に穿たれたのだ
形容するなら、隕石がクレーターを作らずに大地へと突き刺さり、そのまま地中へと潜り込んでいったと表現すればいいだろうか?
圧倒的な破壊力の前に、光の奔流はその存在を歪められ消失させられたのだ

今度こそ、メフィストフェレスは魔弓を落とした
だが、先ほどの様に絶望がある訳ではない
余りにも透き通った笑みがあるだけだった
無音の余韻に、戦場の咆哮が響く
やがて、北川は一人歩き出した
その足が向かうのはファティマ王城
相沢祐一が向かった場所

「行くのか?」
「ああ。邪魔は―――」
「しねぇよ。勝手にしろ」

ぐったりと腰を下ろしたメフィストフェレスに向け、北川は苦笑する
やがて歩みは、見守っていたバールベリトとラハブに達した
ラハブが困ったような顔をし、北川を見ていた

「団長…」
「俺は行くよ。この世界を終わらす為に」
「ええ。私も止めはしません」

気付きましたから、とラハブは苦笑する

「バールベリト…」
「………」

左に視線を向ければ、何処か澄んだ表情を見せているバールベリト
北川が視線を細めると、彼は一歩―――北川に道を譲るようにして一歩引いた

「行け」
「良いのか?」
「構わん。我らは貴方一人に敗北した。最早生殺与奪の権利までが貴方の手にある」
「随分しおらしいな」

バールベリトが苦笑する

「正直、解らん」
「………」
「何が正しくて、何が間違っているか」
「それで良いんじゃないか?」
「何?」

混乱を始めた国王軍の陣営を見遣りながら、北川は呟く
陣の中央にあるこの場所―――魔術師部隊が集中しているこの場所は、既に瓦解を始めていると言ってもいい
北川の魔剣の力が顕現したのだ。指揮系統に乱れが生じない方が可笑しい
これなら秋子の思惑通りに戦場の流れが決するだろう

「何が正しいかなんて、そんなのは俺にだって解らない。唯―――」
「唯…?」
「これが、俺の信じた路だ。だから―――それが正しい事だと、信じてる」

だから、進んだ
この路を歩んで来た
そして、この立場に居ると言う、それだけ

「そうか…」
「ああ…」
「気を付けろよ“北川潤”」

最後に呟かれたバールベリトの言葉を背中に受け、北川は歩き出す
今度は振り返らず、その背に質量無き幻影を引き連れながら

「気を付けろ、北川潤…最強の敵は、元帥殿ではない…『真理の福音』は―――」

バールベリトの呟きは、戦場の空に掻き消えた











to next…

inserted by FC2 system