心待ちにした
再び出逢える時を
我は死――汝が死
仇なす者の死、全ての――死、也
叫べ、我が名

それは、青年と少女の物語




















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#5 堕天邂逅



































ファティマ城下の街路に、断続的な爆裂音が響く
機工魔剣が発する雷撃と呪器が発生させる焔の衝突音
地を舐める様に走り、敵の喉元を掻き切ろうと迫る雷撃を焔が穿ち
幾筋もの光条を引きながら宙を滑る炎閃を、鉄槌と化した雷撃が迎え撃つ
中・遠距離での戦闘は街の景観を破壊しながら派手に展開されていた

「【 第一封印解除(【ファースト】・ロックオープン) 】―――煌きを深めよ【 紅月装剣(ルナティック・パンツァーブレイド) 】! そして、我が前に立つ障害を討て【 死葬焔陣(ネクロ・メギド) 】!!」

仮展開されていた魔剣の光が一層禍々しさを増し、一瞬にして纏う炎が燈色から漆黒色へと変貌を遂げる
それは、罪人を数多断罪した罪なる炎
魂を浄化し、その罪を一身に背負った地獄の一閃
振り上げられた刃が断頭台の如く振り落とされ、地面に接触する
瞬間、

「まず―――」

冬華の喉が警告を叫ぶ前にソレは展開された
突如足元から噴出した黒炎が、辺り構わず暴虐を尽くしていく
地獄から溢れる溶岩の如き熱が、家屋を焼き崩し、空を陽炎で染め上げ、人体を焼き潰す
それは冬華も例外ではない
足元から絡みつく熱が肌を焼き、左足を炭化させる
幾ら冬華の耐魔力が桁外れだとは言え、呪器クラスの力の前ではダメージは必至
焼き焦げる肌から、重度の火傷を負った場所に血が滴り患部を濡らす
だが、それ以上に細胞は死滅してしまっている
冬華はそれ以上の暴虐をその身に受ける前に残った右足で横転すると、家屋の影へと連続して跳び込む
意識を失ってしまいそうな激痛が走る中、冬華は患部に手を当てると祝詞をあげる

「ふっ、うぅ―――《圧縮言語》外的修復(リペア)!」

一際強い光が患部を照らす
その一瞬だけで炭化した肌の下から新しい肌が再生し、傷を無かったモノへと変えてゆく
驚異的な回復、むしろ復元や再生に近い術式を行い激痛が鎮火するが、左側を丸々失ったスカートが、その威力を物語っていた
安堵すると同時に、背筋を悪寒が駆け抜ける
だが、

「既にチェックメイト、ですか?」
「っ!! ああっ!!!!」

恐怖に浸る暇は無かった
家屋の上から掛けられた声に冬華が咄嗟に顔を上げると同時
上空から迫る炎に、振り上げた蒼銀が激突
衝突した力は互いに誘爆し、二人の姿を爆煙が包んだ

―――強いっ!

煙の中を突っ切る冬華が、口に出さずに感想を漏らす
呪器保有者の戦闘能力を見誤っていたと思う
ここになって冬華の戦闘経験の無さが仇となっていた
せめて全力で戦う祐一の姿でも見ていれば違かったのだろうが、一度としてそれはない
全力で戦っただろう夢檻の幻影戦と獅雅冬慈戦は、どちらも終結してから知った事だ
ギリ、と奥歯を鳴らす
戦闘訓練を祐一と行う事はあるが、それは全力ではない
祐一は冬華を傷付けない様にやるし、冬華も身体の動作確認程度に抑えている
今更ながら、もっと切羽詰る様な戦闘訓練を行っておけば良かったと痛感する
しかし、いつまでも後悔してはいられない
今は戦闘続行中。弱者の立場で冬華は戦っているのだ
確かにこのまま空に飛び上がり、高高度から大魔術の射撃を行えば相手の息の根を止める事は可能だろう
だが、それでは祐一すらも巻き込んでここら一体を灰にしてしまう危険性が伴う
それに、自分は成長出来ない

―――ならば、策に嵌めて倒す…

家屋と家屋の路地を走りぬけながら、冬華は一本道へと走りこむ
倒すには、制御が利く大魔術でなければいけない
自分には相手を上回る程の技術は無い
それならば、それをカバー出来る状態に追い込み、上回っている魔術能力で倒す他は無い
やがて立ち込める煙を抜ける
今の時代、冬華しか正式名称を知らない技術の結晶を握る

―――Wizard system 《type-blade》:Armored MAGIC formula machine prototype ― 機工魔剣・試作魔装式搭載機
―――sacrifice drive ― 生贄を焦がす雷鳴

靴が石畳を叩く
疾走する冬華を追い詰める様に、ノイエがゆっくりと煙から姿を現した
「その余裕、崩してみせましょう」と、冬華の瞳が細まる

―――制御神経機構(ブレイカーシステム)を起動

走る冬華の瞳が、魔術行使を行った時の様に蒼き色合いを深める
その背から、白銀の羽が解き放たれた

宙空に仮想砲身(イメージ・バレル)を展開

距離を開け、冬華が刀身の切っ先をノイエへと向ける
式展開の反動を抑える為に腰を落とし、左手を刀身に添えた
その光景にノイエの表情が顰められるが、その顔が驚愕に染まった
その間―――約二秒

その二秒の内に、冬華は雷撃の刀身に強制介入を行い、独自の魔術式を組み込んでいた
運動エネルギー式、(1/2)mv2を元に式を編み込む
僅か数秒間という【金】属性の虚構性物質精製を現実空間上に展開
擬似魔金属砲身を中心に、その牙は作りこまれていた
刃の名は―――荷電粒子砲

荷電粒子砲の攻撃力は運動エネルギーによって決定し、比例する
その式に連結させる様に粒子加速式を並行起動
現待機魔力を瞬間的に爆発させ、粒子加速を光速(タウゼロ)へと限りなく近づけさせる

―――速さとは威力
重さと速さが原初的な暴力となりえるなら、光速とは果てしなく悪虐
粒子が果てしなく質量を持っていないとしてもそれは決して零では無いのだ
《光速》という要因は式から二乗され重さへと掛けられ、割られたとしてもエネルギーは発生する
束ねられた光速の刃は、命の灯火を吹き消す刃に成り得るのだ

―――続いて荷重力制御と慣性相殺術式を起動
爆発的射出に使用する重力射出に加え、更に殺人的な反動に対する為の重力と慣性相殺を行う
プラス電荷の大気中イオンを魔剣機構により集積
反発し合う同属性イオンを内蔵フォーカスコイルにより電磁誘導によって軌道を収束

大規模空間魔術式が擬似砲身の先に展開
この間、約二秒

過剰に魔力を吸収する魔剣に、更に術式で相乗的に魔力を負荷させて爆発的な威力を与える
起動式を連鎖的に展開し、粒子加速を行い、その刀身の先に現れた展開式を介して―――この世に暴虐を顕現させる―――

同時か、それよりも迅くにノイエのルナティック・パンツァーブレイドが閃く

「――【 焦熱煉獄陣(ホワイト・ゲヘナ) 】!」
「―――閃刑・魔剣媒介構成術式・【 終焉の熾翼(イディナロク・オブ・セラフィエル) 】」

差は僅かコンマ秒
ノイエが握る魔剣の眼前に展開する白色を超えた焔、プラズマが発現
同時に、ノイエは家屋の窓に飛込んだ

光が奔ったのは一瞬
だが、流れた瞬間に景色は崩壊を遅れる様にして行った
それは暴虐だった
遅れる様にして始まった破壊は、一瞬で光が通った軌跡の隣に位置した場所を抉り去り、
連続して爆風を巻き上げ、融解し、吹き飛ばす
死神の鎌が、根こそぎ過ぎ去った場所から命を削ぎ落とした

冬華は殺しきれなかった衝撃に数メートル下がりながら、眼前を穿った光景を見る
この雷を操る機工魔剣が無ければ、冬華が遣える中で即死させる術式である『ネーム・カオス』程の準備工程が必要だっただろう
それが約二秒で行えたのは大きい
『ネーム・カオス』程では無いが、魔力の消費が大きい
式を編む為の脳分野も、今ので式が脳裏に焼きついてしまって、次の魔術を使用するまで時間が掛かる
こちらは相手を唯一上回る魔術が数十秒間遣えないが―――

ガラッ…

このまま相手をするしかない

「ふっ!!」

ノイエが瓦礫を退けて出て来る場所に向かって冬華が疾走する
それに虚を突かれたが、そう易々と隙を突かせるノイエではない

ガキュッ!! ッギンッ!!

踊りかかった冬華の剣戟を、濁った赤色の剣が弾き返す
足元が未だ埋まり、完全には動けないノイエに向かって冬華の剣が払われる
しかし、

「甘いっ!」
「くっ!」

ノイエの手の中で回転した刃は、そのままの遠心力で攻撃ベクトルを上へと変えた
今度は冬華の胴体ががら空きになる番だ
ノイエが数瞬迅く剣を冬華に向かって斬り下ろす
だが、確実に捉えた筈の刃は空を斬って瓦礫を斬り砕いた

「幻影っ!?」

冬華の歩法・落葉によって発生していた蜃気楼が切り裂かれ、冬華本体が少しずれた場所に出現する
既に冬華は刃を振り被っていた

「ふっ!!」
「っ!!」

冬華の切り下ろしに、ノイエの刃が閃く
耳に障る不快な金属音
火花が二人の眼前で飛び散ると同時に、互いの刃が鼓動した

「驚きました。まさかあれ程の魔術が存在し、尚且つ使用出来る者が居ようとは」
「私こそ驚かされます。魔剣の特性から推測したのでしょうけど、プラズマを発生させる事によって空間の状態を歪め、荷電粒子の指向性を曲げるとは思いませんでした」

ぎしぎしと刃の押し合いが続く中、二人の顔に笑みが張り付く
もしもこんな状況でなければ、友人にでもなれただろうにすっきりとした笑みだった
だが、ノイエの表情に苦痛の混じった歪みが走る
冬華の基礎筋力は通常の人間が持つに至る筋力を上回る
それと均衡状態をずっと続けられる筈が無いのだ
ノイエが叫ぶ
それと同時に瞬間―――刃が離れた

「滅せよ! 【 焦熱煉獄陣(ホワイト・ゲヘナ) 】!」

刃と刃の間にプラズマが生まれ―――世界を焦がす
だが、神経状態が回復していた冬華も迅かった

「《圧縮言語》―凍至・【 絶対停止領域温度(ゼ・ロ) 】!!」

真空上で実現する原子停止領域が、超高速で飛び交う原子の流動を抑制させる
荒れ狂う流動に、絶対停止の抑制
均衡する力は鬩ぎ合い―――弾けた

二人同時に距離を開ける
再び距離は零から五へ

この数分の攻防で、確実に冬華は成長していた
相手の動きを吸収し、策を練り、戦闘を支配し始めていた
だが、戦闘を決定付ける要因が未だ冬華には足りない
引き出しの多さでは、未だ冬華はノイエに劣っている
戦闘をひっくり返せる状況―――
奥の手が必要だ―――

「………」

冬華が何事か呟く
刃を横に、接近戦を挑もうと走り出した
数瞬、
ノイエが身体をずらす
空振り
冬華の一戟が大地を裂き割る

だが、転機は訪れた

ノイエが前のめりになる冬華に違和感を感じた
流れる銀の髪
その美しさに見とれた訳ではない
その流れる銀の中に、黒い何かを見つけたからだ
その“黒い”何かが一瞬笑った様な気がした

「悪いね、冬ちゃんを負けさせる訳にはいかないんだ」
「なっ…魔も―――」

【 呼協詠呪(ハウリング) 】―――召喚―――夢姫(リリス)

『――【 現実を奪う悪夢(ナイトメア・イリュージョン) 】』
「あっ…」

ノイエの身体から感覚が抜け落ちる
世界が歪む
脳から出る命令が、四肢の動きとかみ合わない
ノイエの瞳から、雫が落ちる

「すみ、ません…春人、様…」

その言葉を残すと同時に、リリスが発生させた夢檻にノイエの精神が囚われた














倒れるノイエを冬華が支える
視線は、項垂れた頭部へと向けていた

「春人…」

最後に囁く様に呟かれた言葉
―――春人
その言葉、いや、名前は―――

「どうやら、彼女は祐一さんの弟さんと何か関係があるのかもしれませんね」

そう呟くと、冬華は気を失っているノイエを背負った
その光景に、プルートーと顕現したリリスが声を掛ける

『冬華様、その方を?』
「ええ、連れて行こうかと思います」
「だけど大丈夫?」
「何がです?」

プルートーが云う事を待たずに、既に冬華はノイエを抱き上げていた
それを見て、プルートーは深く溜息を吐き出した
全く…心配してる僕の方がバカじゃないか…
内心ぼやきながら、プルートーは歩き出した冬華の後ろにリリスを連れて歩き出した

「いいよ、別に。夢檻に捕らえてる間は安全だからさ」
「…そうですか?」

もう一度溜息を吐き出すと、プルートーは視線を先へと向けた
祐一が居るだろう場所へと














「兄さん…兄さんなのか?」

この再会は必然だったのだろう
この地へと戻ると決めた時から、これは既に決められていた事だった筈だ
敵味方に分かれていようとも、彼と自分は家族だったのだから

「ああ…久し振りだな春人」
「兄さん…」

白い装束を纏う弟の姿を見て、過去の自分を幻視する
その姿は紛れもない師団長の姿だった
―――後釜という訳か
罪人の家族を追い立てず、師団長に抜擢するという到底考えられない事実
だが、北川から聞かされた異常性が本当に現在の王にあるというならば、それは考えられる事態だった
そんな考え事を見透かしてか、春人は口を開く

「驚いただろう? 今では俺が第一師団の団長だ…」
「………」
「全て知っていても…残った母さんだけは護らなければならなかった…」
「全て…」

全て、つまりは王の行っている事も知っているのだろう
没落した貴族は悲惨だ
それを回避する為に、あえて春人は王の誘いを受けて師団長へと就任したという事
それが自分の家族を貶め、父を奪い、現在の状況に追い込んだ首謀者だとしてもだ
そうする他は無かったのだろう

「どうして、そちら側に居る…春人」
「どうして―――?」

祐一の言葉に、春人が拳を強く握り締めるのが分かった
そんな春人の顔には、諦観と嘲笑、まるで憎悪するような―――祐一を呪う様な視線
だが、構わず祐一は続ける

「お前はこんな事態になってまで、そちら側に立つ様な奴じゃない筈だ。義理も無い」
「義理、義理か…」
「…春人?」
「義理でなければどうだ…兄さん」

未だ祐一は戦いの意志を見せてはいない
しかし、春人はこれから殺しあう事が決定しているかのように、自然に鞘から剣を抜き放った

「俺だって、開国派に所属して闘いたかった…」
「………待て、戦う理由が―――」
「母さんが人質にされているっ!! 一人でも多く殺さなければ、殺されてしまうんだ!!!」
「ッ!!」

その言葉に衝撃を受けると同時―――
言葉に意識を引き離されたと同時に、抜き放たれていた刀身が閃いた
―――反応が遅れた!!
今知らされた驚愕の事実を、唯の情報だと割り切り大地を蹴って真横へとすっ飛ぶ
一瞬間の後には、春人の握る魔剣が放っただろう氷柱が今居た場所を穿ち昇っていた

「保管されていた使役者のいない一振り―――【 氷晶の鎖林(クリスタル・フォレスト) 】ッ!! まさかお前が!?」
「望んで手に入れた力だ…無理矢理にでも従えたさっ!!」

連続して氷柱が穿つ
空間展開された氷礫が春人を中心として飛び回り、視線の先―――祐一が居る場所へと殺到する
だが、祐一は己の神速でもってして取り囲む蒼き暴力を掻い潜る

傷付ける事は出来ない…
その思いに祐一は歯噛みする
ここで刃を抜く事は、三年と少し前の殺し合いを―――家族との殺し合いを再現する事になる
立場は逆、祐一が殺される立場でだ
人を殺す殺さない以前の問題で、祐一は鞘に納まっているミリオン・グレイヴの抜刀を躊躇っていた
だが、この状態を続けれいれば、どちらにしても祐一が殺される事に変わりは無い

「待て、待ってくれ春人オオォッ!!」
「――――ッ!!」

叫びは届かない
所詮は、所詮は裏切り者という事なのか
もう、もう―――

「分かり合う事は出来ないのかっ!? 春人!!」
「それしか、それしか路が無い!! これしかないんだよおっ!! 相沢祐一ィィッ!!!」

まるでその咆哮は泣き声の様だった
雷光の如く閃いた剣閃が、広場を凍りつかせて世界を氷河に包み込む
段々と気温が低下してくる地獄の中、無機質に剣が宙を裂く音と、鉄板仕込みの軍靴が大地を叩く音だけが木霊する
叫びは消えた。最早、言葉では解決にはならない事を感じてしまったのだ
二人の顔が歪む
決着を付けるしかないのだと、悲痛と憤怒に歪む

「また―――家族の手で家族を殺すしか無いのかっ…」
「所詮は幻影。未来なんて甘いだけの幻だ。最良は最悪。解ってるだろう、路はこれしかないんだって事は。“奴”は見ている。高みからこの戦いを見下ろしているんだ。不正は直ぐにばれる。殺しあわなきゃ、殺しあっても、家族は減るんだよっ!!」
「―――ッ! …―――くそっくそっ…くそ、ったれがああああァァァァアアアッ!!!」

祐一が罵倒する様な咆哮と共に、やっと剣を抜きさる
閃いた剣は、容赦無く振り出した涙―――冷たき礫を数刃の元に斬り逸らした
剣を握ると共に、祐一の中が死天の業を使用する為に変換される
それは物理的意味合いではなく、精神的な意味
脳髄の奥底でカチリとスイッチが入る
だが、それは完璧ではない
侵食する殺害拒否の反応が、全力を出させない為に鬩ぎあっているのだ

―――殺すんじゃない。あくまで無力化…倒すんだっ

数年間を共にした相棒を強く握ると、祐一は予備動作から爆発的な加速を見せた
いや、正確には見えないと言えばいいだろう
その動きは初速から高速
神速の動きで一瞬にして春人の背後を取る
天栄一派が考え出した技術は、無拍子のそれとは異なる技術だ
無拍子が構えから終了までの動作を視認出来ない、無駄を徹底的に省いた動作であるなら――
死天の業は無拍子で省いた過程を徹底する事によって、その後の動作を全て超速で行うという物である
動作全てが的確―――【 鋭殺 】にして、全てが滑らかに予備動作とフェイク―――【 鏡面 】となっているのだ
そして、その的確な動作と予備動作が生むのが超高速の移動―――【 瞬歩 】であり、視認出来ない視界を客観的に捉える為に生まれたのが【 空握 】
これら全てが揃って初めて、異常なまでの俊敏さと殺害力を得る事を可能としている
これを見切るには、北川の様に世界をスローモーションに捉えられるか、異常なまでの見切りが必要であり
また、獅雅冬慈の様に卓越した戦闘考察や天才的な読みからの経路予測でしか捉える事は出来ない
それか―――祐一と同じ様に、空間把握を可能としているか、だ

ガキイッッ!!

祐一の顔が驚愕に歪む
止められた
北川潤でもなく、獅雅冬慈でもない者に
この、殺す為に研ぎ澄まされた最高の業が
刃は立てていない
どちらにしても身体が拒否反応をしめすから立てられないが、それでも相手の意識を刈り取る為に腹で殴ろうとしたのだ
背後から。見えない筈なのに

―――ブンッ!

意識を戻させる一戟
背後に振られた冷たい刃を屈んで避けると、頭髪の一部が凍りつきながらも祐一は距離を開けた
そして、気付く
いや、思い出すという方が的確か

「擬似神経結界っ…!」

雷属性の特化能力を極めた者にしか使いこなせない最高の技術
相沢春人―――戦闘という分野で春人がどんなに頑張っていたとしても、未だ自分とは大きな隔たりが存在している
だが、その差である祐一の高速移動を埋められればどうか?
彼はその差を埋める為の技術を既に持っているのだ
【 雷属性特化(テスラ・ブースト) 】―――春人が相沢の血筋から覚醒させた、雷撃能力全特化の秘奥
雷というのは、何も攻撃に使用するだけでは無い
神経系において命令を伝えるのは電気信号だし、その反応次第では脳内物質を好きに生み出す事も可能とするだろう
“つまり、そう言う事”なのだ
春人は体外に微弱な電流を蜘蛛の巣の如く張り巡らし、電流から相手の位置情報を取得している
祐一がどんなに迅く動こうとも、それは決して音速や電流の伝達速度、光速を超えられる訳ではない
転移ではなく、“速く”動いているに過ぎないのだ
更に春人は、躊躇いというタイムラグを消す為に擬似神経と脳髄を直結させ、反射的に刃を繰り出している
祐一の様な、剣の達人が到達する超反応を再現するに至っているのだ
相沢春人―――彼は紛れも無く天才だった

「【 灼陽 】を持った訳ではないけど、それでもこれは十分な力をくれるっ!」
「!?、《詠唱短縮》、鋭利なる構成、煌く尖塔―――」

春人が手を振り下ろす動作と、祐一が剣を持たない左手を振り下ろす動作が重なる
瞬間―――発動

「【 降り注ぐ天の崩落(ブルー・エッジ・レギオン・バニッシャー) 】ッ!!」
「【 金属強制顕現・三叉矛(トライデント) 】ッ!!」

祐一の言葉と共に、虚空間から現出した構成が形を成して、一時的に金属製の三メートル程の槍が地面へと突き刺さる
次いで、空に無詠唱で展開された魔方陣からは、膨大な数の稲妻が降り注いだ

「――――ッ!!」

蒼銀の煌きは連続的に大地へと突き刺さり、尚も破壊を撒き散らす
数秒間の間、瞬間的な雷にとっては永遠の時間
蒼い嵐が破壊を撒き散らし終わると同時に、大地へと突き刺さっていたトライデントが空中へと消えて行く

「避雷針代わりに遣ったのかっ!」

春人の声に、焦げる匂いと大地を燻す煙の中から祐一が現れる
その身体に雷撃を喰らった傷痕は無かった
唯、何処か疲弊した感じだけが読み取れる
それもそうだ。魔術の中でも虚空間から金属の構成式を引き出して顕現させるのは、並々ならぬ力が必要になる
魔術を使用する者として、金属性の魔術が使用できれば一人前と言われる程だ
魔力で以ってして、現実にありもしない物質を、“在る”と錯覚させて出現に至らせるのだ
そこは流石に祐一の努力の賜物だろう
能力を持ってないが故に、祐一は死天を継ぐまでは魔術を徹底的に極めようとしていたのだから
だが、

―――そう何度も使用出来る術式ではない…次はどうする? どうやって春人を止めれば善い?

今は相手の属性を見越して防げたから良いが、今の手段はそう何度も出来る物じゃ無い
手札では死天の動きを読まれている自分の方が少ないし、相手の術式を捌けるだけの魔系資質は何度も防げるだけの量が無い
魔術の切れだけを言えば圧倒的に祐一の方が上だが、魔力量を考慮し、能力を視野に入れるのなら祐一の方が不利だと言える
このままでは、遅かれ早かれ祐一が“弟”に殺される事になるだろう

―――それだけは避けないといけない…

思考して、祐一は腰を落とす。【 瞬歩 】の予備動作だ
冬華と共に歩めなくなるという事も危惧しているが、それよりも―――
春人に自分と同じ様な重荷を背負わせる様な事をしたくなかった
親族殺しの罪を着せたくはないのだ
だから思考を加速度的に働かす
この場で最良なのは、春人を殺した“と見せかける”事だ
これなら逆に春人に芝居を打って貰う事も可能ではあるが、“視ているだろうモノ”が何処に居るか判らない状態では、声を出して意思を伝える事は出来ない
それなら、それを祐一が実行するしか無いのだが―――

―――それだけの事を実行するだけの力が無い…

ジリ貧だ
手に持ったケイテシィを握りなおすと、祐一は歯噛みする
何か、何か手札は残ってなかったか?
何をすれば、この状態を切り抜ける事が出来る?
考えろ、考えろ、考えろ、教えろっ―――!




―――…来たれ、愚かな若人…




その声に、俯きかけていた目を見開いた
そうだ、まだ手はある
予定をずらせばいいのだ
春人を無力化した後、魔剣を取りに行くのではなく―――
春人を引っ張ったまま、魔剣を取りに行けばいいのだ

鼓動の奥底で、今でも繋がっている黒い意識を感じ取る
“彼”が囁き掛けてくれた
呪いは、罪は、未だ自分と共にあるのだと知る
自分の為だけに、使用者の為だけに存在する魔剣―――怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ)剣と盾を与えし堕天(フォーリング・アザゼル)
春人には見えない程度に、祐一は口の端を吊り上げた
だが、一瞬後には直ぐに元の表情に戻っていた

「………」

春人が距離を少しずつ詰めているのが感覚から読めた
そう、もう少し近付け
決して自分を見失うな
ついて―――――

ジリッ…

来いっ!!

「ッ!!」

両者の息が交錯する
神速で動いた祐一を的確に捉える春人に、死角を突こうとした祐一が突如進路を逸れた

「………【 身体に纏う風の衣(レビテーション) 】」

聞き取れる限界の声量で、祐一が祝詞を詠唱していたのが聴き取れた
春人は苦い顔をして刃を一閃させるが、重力を緩衝して飛んだ祐一には掠りもしなかった
先ほどの争いで、殆ど廃墟になった光景の中、割とまともに原型を留めていた家に祐一が着地する
チラリとこちらを見ると、祐一は走り出した
春人は一つ舌打ちすると、祐一と同じく走りながら詠唱し、発動
同じ様に宙を舞うと、祐一の後に続いて家屋の屋根を疾走し始めた
祐一は春人が追える程度に速度を出し、尚且つ少しではあるが、段々と距離を開けるという調整を行いながら走っていた
微妙な調整だ
春人の、人質に対しての思いを利用して、追って来る事は決定事項だと考えていた
それならば、後は何処からか見てるだろう誰かさんに対して、飽きさせない程度に追走劇を観戦させる必要がある
言わばこれは春人の為のアリバイ作りだ
祐一の中では、冷たいようだが人質――母の命は有るか判らないと思っている
王がどういった存在か北川から知らされているので、春人の反応を楽しむ為に殺されているとも考える事が出来るからだ
だから、この行いはあくまで母が生きていると仮定しての行動に他ならない
辛いが、これが事実だ
未だ親子としての実感は薄いが、それでも相沢夏姫が自分の母親であるのも事実
見捨てる訳にはいかない
ここで見捨てる様な真似をすれば、今度こそ自分は崩れ去るだろう
それこそ木っ端微塵に
堕ちきってしまえば、自分を処断しに来るのは誰だろうか?
北川か、獅雅か、それとも別の誰かか、
それとも冬華か
そんな自分の責任を他人に押し付ける様な真似は出来ない
だから、自分の尊厳と、かつて家族で、今は血縁だと思っている、思っていられる人達を守ろうと努力している

「見えたっ…! 呪器の為の特殊霊廟っ!!」

思考を振り切った先に、そのドームは見えた
白い白いドーム
そこが特殊霊廟だ
それに春人が祐一の思惑に気付いたのか、背後から雷刃と氷礫が吹き荒れる
だが、祐一が降りぬいたミリオン・グレイヴが家屋の天井を破壊する方が迅い
急速に階下へと転落するように滑り込むと、頭上では一拍遅れで暴風が渦巻く
祐一は受身を取って転がるように体勢を整えると、家屋の窓を突き破って外へと飛び出し、再び走り出した
続いて、天空から迅雷が閃く
春人の【 ブルー・エッジ・レギオン・バニッシャー 】だ
次は詠唱しない
祐一はミリオン・グレイヴのギミック搭載部分を魔力伝達ではなく手動で外すと柄を路上の街灯に引っ掛け、白刃を前方上空へと投げ上げた
雷鳴、そして爆音
今度こそ、その猛威を祐一に浴びせようと天から幾筋もの光が堕ちるが、祐一の頭上に伸びるギミックを繋ぐ金属繊維と白刃へと、その猛威全てが吸い込まれていった

春人が天才なら、祐一は秀才
彼の異常なまでの戦闘知識とその対応は、全て彼を守る盾となってくれる

―――これが終わったら、一度師匠の墓に行こう…

口の端を再び吊り上げながら、祐一は今の雷で荒廃した街路を走り抜けた
既に次の攻撃を避けるだけの物は無い
が、

「―――っあああっ!!!」

一般人には解けない程度の結界に魔力をぶち込み、破壊
祐一は霊廟の中へと侵入を果たした

久し振りに訪れる場所だと感じた

ここにはマスターが死亡した事によってその任を解かれた魔剣達が眠り、そして未だマスターを得られない魔剣達が眠る場所だ
呪器は一度マスターの認定を行うと、その先絶対に他のマスターには扱えないと言われている
言われている、というのは、ここシャイグレイスにおいて約五百年の間はそんな報告が無いからだ
幻想期の遺産兵装なんかは、個体差等もあるが約五十年で次のマスターが選定可能だという報告がある
だから、ここに安置されているという訳ではないのだが

呪器はそれ単体で、鞘に納めて封印状態を保っていなければ深い瘴気を発生させる
瘴気は薄ければ一両日中っていなければ、そう害が有る物では無いが、高濃度の物は違う
瘴気とは言わば、凶悪とも表現出来るプレッシャーだ
そんな状態に耐える為に、人体は高いストレスを感じ、異常なまでの緊張状態を強いる
そんな中で、人間は生きる事が出来ない
だから、ここは隔離され、経過状態を知る為に遺されている古い魔剣以外は浄化処理を受けている
それでも、数百年を掛けなければその内に秘める憎悪を鎮める事は出来ないのだが…
特に祐一の使用していたフォーリング・アザゼルや北川のホロコーストは格別だ
最初から深い呪いを纏い、更に戦場では数多の命を散らし、その憎悪を吸収した
ここ三年ほどの浄化処理では、鎮めるどころか飢えに飢えている事だろう
この場所を、冬華が居たなら「核廃棄処理場みたいですね」とでも表現するだろう
それ程に危険な場所だった

鼓動が高鳴る

それは心臓から響く己の鼓動ではない
それは魂から響く渇望の声だった
剣達がそれぞれの浄化陣に刺し込まれている中、祐一は“鼓動”の方へと疾走する

黒い世界が展開される一角
そこだけは夜だった

己の為だけの剣が、一つだけ自分に報せる様に脈打ったのが理解出来た
手を伸ばす
だが、瞬間的に祐一は身を捩った

「―――ッ!?」

避けた射線を、氷の刃が駆け抜ける

春人が放った魔剣の―――!!

祐一はそのまま剣達の群れに伏せると、嵐が止むまでその場で待った
この魔剣達の群れは、一級の兵器であると同時に、最高の刃であり盾
破壊される事は無い
やがて嵐が止むと、春人の影が浮かび上がった
肩を上下させ、魔剣の切っ先をこちらに向けていた

「呪器には触れさせないっ…!」

解っているのだろう
祐一がフォーリング・アザゼルを手にした瞬間、立場が逆転する事に
狩る者が狩られる者に成る事が
だが、浅はか

「春人、思い出せ」
「何だ、今更止めろ、と? 詰みの状態で?」

春人は勘違いしている
確かに自分はフォーリング・アザゼルと直接接触していない

「違う」
「なら、何だ…」

息を吸う
そして、手を“ソレ”に置いた

「俺の刃が、何を司っていたかをっ!!」
「しまっ―――!!?」

“ソレ”―――“影”は強く脈打った














久しいな

ああ、そうだな

答えは?

さあな

………

だが、背負う覚悟はついた

そうか

ああ

ならば差し伸べよう、

手を貸せ、

契約者・相沢祐一

死王エウリノーム

地獄をその脳髄に刻め
覚悟が整いし人の子よ
確固たる意志を貫きし、気高き騎士よ
闇を識り、闇を取り込み、闇に染まらず、闇を従えよ
それが、我が存在を使用する許可証
―――相沢祐一
月明かりに照らされぬ真の闇を、
冥界に照る黒き月の瞬きを、
死者の蔓延る煉獄を、
罪と罰を、
その脳髄に刻み込め
我が名はエウリノーム
魔剣――――――に宿りし、死の王、也














「起きろっ! 剣と盾を与えし堕天(フォーリング・アザゼル)ッ!!」

かつての様に叫んだだけ
それだけで決着はついた
祐一とフォーリング・アザゼルを繋ぐ影から闇は他の影を侵食し、一瞬にして地上を滑った
侵食の度合いが、過去とは比べ物にならなかった
この場所の瘴気に中てられて呪いが増している要因もあるだろうが、それでもその速度は迅かった

「っ!?」

春人が気付く、だが遅い
四方八方から伸びる闇色の刃は、正確無比に彼を貫通した
最初に腹腔を三箇所
次に両肩と右の二の腕に二箇所
更に背後から前にかけて二本の刃が貫通
氷の魔剣を取り落とした右掌に貫通
それから逃れる様に伸ばした左腕に三箇所
大地を蹴ろうとした両足に、合計九箇所の穴が空く
最後には、彼を地上から隔離する様に貫通した刃達が絡まり、黒い十字架に飾り終える

「………っあ、っつ……!!」

勝負は決した
この状態で、誰が戦えるのか
直接刃で斬り込んでいないが、吐き気が増してくるし、呪器の侵食とは違う頭痛が酷い
早く戒めを解いてやりたい処だが―――

「視えているか…レヴァルス王…」

空に祐一は語りかける
薄い存在感の魔力、何処からか見ているだろう力を感じる
探りを入れる事は不可能だが、それでも視線を向けてくる者には心当たりがあった

「俺の、勝ちだ」

そう、空に告げる
だが、視線は消えなかった

―――気付かれている…

祐一は、“正確無比”に貫いた
一切の内臓器官に傷をつける事無く、神経系に障害を残さない様に
更には貫通させた後に絡みつき傷口を固定し、さらには磔にする事で身動きを封じたのだ
これ以上傷口を広げない様に
だが、気付かれている
奴は、自分が弟を殺さない事に気付いている

感じる事しか出来ない視線で訴えてくる
殺せ、と
家族を殺せ、と
さもなければ母親を殺すぞ、と
頭が必要以上に切れる奴だと祐一は思う
こちらの思惑に気付き、執拗なまでにこの状況を楽しんでいた
時間が無い、結論を出せ
迅速に答えを導かなければ、二人とも救えない
二人の内一人を救う選択をするか、博打を打って二人を助ける選択をするか

感じる事が出来ない視線が、少し目線を細めた感じがした

―――くそっ、やるしか無いっ!!

瞬間、連続して五本の刃が春人の腹と肺を貫いた
このコースは致死だ
早期治療を施さなければ、熟練の治癒術でも死に至る

「どうだっ!! これで満足かっ!! くそがああああぁぁぁぁぁぁあああっっ!!」

空に向かって叫び声を上げる
奴と視線が交差した様な気がした
それっきり、薄く張っていた魔力の波動は霧散した

「くっ…そ…」

急いで戒めを解く
どさっ、と落ちると同時に、各所から血液が溢れ出した
特に最後の刃が刺さった処からの出血が酷い
春人の顔は、既に青から土気色に変わろうとしていた

「兄、さん…」
「馬鹿野郎!!喋るんじゃないっ!」

治癒術式を紡ぎ、貫通した場所の手当てを開始する
程なくして正確無比に貫いた場所は傷が塞がった、が

「俺、は…もう…無理…ごほっ!ゲホッ!!」
「ちっ…」

肺が損傷している事により、春人が血を吐き出す
汚らしく紅く濡れる口元は、必死に何か言葉を紡ごうとしていた
ひゅーひゅーと、弱い呼吸音だけが聞こえる
祐一は拳を振り上げると、無念さをぶつけるように大地を殴った

「か、あさんの、事を、頼むよ、兄さ…」
「頼む、頼む頼む頼む頼む…!! まだ死ぬな、死ぬなよっ!!」

何か見えない物を掴もうとして、春人の手が伸ばされた
その手を必死に祐一は掴むと、力強く握り返す

「後は、頼んだ、よ…兄さん…」

手から、力が抜けた
周りに乱立する呪器達が悲しく鳴動している様に感じた

「頼むっ!! 助けてくれ、春人を救ってくれっ!! もう失いたくないんだっ!!! お願いだ、冬華あああぁぁぁっ!!」

天使の名を叫ぶ
懇願の咆哮
彼の泣く様な叫びに、耳朶を叩く様な足音が返って来た











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