Huc per inane advoco angelos sanctos terrarum aerisque,
marisque et liquidi simul ignis qui me custodiant foveant protegant et defendant in hoc circulo.

虚空より、陸海空の透明なる天使たちをここへ呼ばわん。
この円陣にてわれを保護し、暖め、守り、防御したる火を灯せ。






















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#7 天至福音



































ざばん、
そんな音と共に、城内庭園の噴水から男が立ち上がった
その黒い髪とコートからは、雫が流れ落ちている
男―――祐一は深呼吸すると、未だ熱を発する大地に一瞥して、再びホールの奥へと歩き出した
この馬鹿げた熱の中を歩くだけで、濡れていた髪は乾き、コートから滴る雫は勢いを弱める
再び祐一とイグニスが戦いを始めた地点に戻れば、多少の湿気を含む程度になっていた

「………」

一度だけ、殺した者へと冥福を祈ると、ミリオン・グレイヴを回収に向かう
イグニスとの戦いは終わった
これで、残すは一人
シャイグレイスの王、レヴァルスのみ
他の臣下は居ない
多分、イグニスがこんな状況を見越して避難させているのだろう
ここが戦場になろうとも、レヴァルスはどうともしないだろうから

大穴の中心から、刃を引き抜く
純白の刀身
イグニスが欲しがった、師の形見
改めて、この刃に込められた業の深さを思い知った
天栄を継いだだけではない
それに付随する、様々な思いすらも、自分は継いでいるのだ

「……行くか…」

刀身を一回だけ撫でる
反射した先に映る自分の姿を見てから、祐一は鞘へと刃を納めた
そして、奥へと続く扉を見る
この扉を潜り、最上階の一番奥
そこで彼は待っているだろう
自分が到着するのを、心待ちにしている魔王
これを、最後の邂逅にしなければならない
この国が続くにしても、終わるにしても―――

―――彼の命は、在ってはならないのだから














ずちゃ

生温かい感触が手に伝わった
気付けば、己の手は血に濡れた剣を握っている

「―――え?」

呆然と見つめる手は、確かに刃を握っていた
そして、剣の先には肉の感触
何かを突き刺している感触が伝わってくる
訳が分からず視線を前方に向ければ

「祐一、さん…何、で?」

腹部を紅く染めた
刃に貫かれた
俺が持つ剣に貫かれた
疑問と悲哀がない交ぜの視線を向ける―――冬華が居た

「うああああああああぁぁァァあっ!?」

咄嗟に剣から手を放す
だが、冬華は貫かれたまま、よろり、よろりとこちらに歩いてくる

「どうし、て…私、何か…祐一さんの気に障る事を…」
「ち、違う! 何だ、何だよこれは!?」

冬華の腕が絡まる
己の服に必死にしがみ付こうとする冬華
何だ、何で、どうして、こんな事になっている

「祐一、さん…」

血痰を吐き出し、冬華が倒れ込む
支える身体から伝わるどこまでも温かい感触
女性の肢体が持つ柔らかさ
共に寝る時に感じる柔らかさが、今は酷く状況を混乱させる

「え、おい、冬華。おい、冬華!?」

急速に失われていく体温
溢れ出す血液の量が、それは致死だと物語っている
信じられない光景に、脳が悲鳴を上げて涙腺を緩める
滂沱と流れ落ちる涙の雫が、冬華の纏う衣服に染み込んでいく
どうして、突然こんな事になった?
それよりも、俺は―――冬華を殺してしまった

「う、あァ、あ―――――」














「―――――あ」

最後の最後、全てを振り絞って叫ぼうとした矢先に冬華が消えた
世界が確かにあった
夕日が傾く世界が確かにあった
そう、今居る場所こそが現実であり
先ほどのは夢でしかなかったのだ

「いや、失礼。もう少しで君を壊してしまう処だった」
「―――ッ!?」

―――と、声が響く
絶望に打ちひしがれようとする矢先に現実に引き戻され
連続して続く異常事態に、精神が悲鳴を上げながらも、ある種異常なまでに冷たい声に反応する
過去に何度か聞いた事のある声に、神経が過去を物凄い速さで検索を掛ける
だが、検索の必要が無い位に、この声だけは聞き覚えがあった
だが、ありえない
ここに居るはずではないのだ
もう少し先に―――そう、最奥に行かなければ会えない筈の―――

「レ、ヴァルス…」
「そう、久しいね、相沢祐一」

夕日に照らされる世界を背景に、男が立っている
金髪に、飾り程度の銀縁の眼鏡
本来纏っている筈の豪奢なマントではなく、騎士が纏う簡素な白い物を纏っている
そこには神々しいまでの威厳は無く、唯無邪気そうな笑顔があり
寒々しいまでのオーラが漂っていた

「先ほどのはすまなかったね? 少し反応を試したかっただけなんだが、私が一番奥に居ると油断していたらしい君は、私の能力に深く掛かりすぎてしまったみたいだ」
「…幻覚…【 深層意識操作(ディープ・エラー) 】…それとも【 白昼幻影(ビジョン・アイ) 】か…?」
「さて、それは秘密だ。一つ言えるとすれば、それは劇を面白くする為に使用する事が多々ある能力だと言えるだろうね」
「―――――」

じり、と足を一歩後退させる
冷たい汗が頬を伝って落ちた
周りから吹き上がる熱は最早関係ない
眼前の存在から、既に自分は意識を外せずに何か得体の知れないプレッシャーを感じてしまっている
つまり現在の祐一は、怯えに近い警戒を行っていると言えた
そんな祐一の動作に、レヴァルスは面白そうに口元を歪める

「ああ、そう心配しなくてもいい。今の能力はもう使わないから。本来であれば、あそこで君を操作して、今ここに向かっている北川潤と殺し合いをさせるという趣向もあったにはあったんだけどね…それでは私が立てる場所が無くなってしまうだろう? 折角、戦争という舞台を作り上げたんだ。やはり、歴史に名を残す戦に最後まで玉座に居るのは飽きてしまっていたのでね…こちらのプランを採用したという訳だ」

フフ、とレヴァルスが笑みを零すが、語っている内容は余りにも危険すぎる

―――俺を操作して北川と殺し合わせる…だと?

もしそうならば、過去幾つかあった事件は彼の―――その思惑通りに運んでいたという事になる
通常、意識介入系の魔術や能力は、被験者の眼前で行われなければならない
毒物を使用した匂い系の物を遣っての催眠もあるが、通常は眼前での行使に限る
魔術も能力も使用する時は魔力の気配が発生するし、遣ったなら遣ったで、式を顕現化し、維持するのに放出した魔力を使い、エーテルの残滓が空間中を舞うものだ。だが、第六感覚でそういった空間の異常を捉える事が出来る祐一にすら、発動の気配も、更には自分に構成式が衝突するのも判らなかった

―――魔力隠蔽か?

そう思うが、実際の処は判らない
言える事は、そんな無茶を現実にしてしまう物は遺産だけだと言う事だ
レヴァルスは、先ほどの幻影能力を使わないと言ってはいるが、使われないとも限らない

「ふむ…そう怯えなくてもいい。今の私は君の一太刀で殺せる程に脆弱だ。そう―――ここで君が私を殺すなら、この戦争を終わらせる事が出来るだろう。そして、私が外の世界を恐慌に陥れる事も無くなる。うん、自分で言っていて何だが、とてもお得だ。どうだね相沢祐一? ここで私を殺すかい?」

確かに、今のは納得出来る内容だ
眼前に立つ男を殺せば、このまま戦争は終わる
だが、この王が自分を保護する為の手を打っていないとはどうしても思えない
飛込んだ瞬間に、こちらの命が散るという事はあってならない事なのだ

「くっ…」

判断出来ない問題に直面し、祐一の表情が明らかに曇る
冷たい汗が頬を伝う
レヴァルスは、手を両手に広げて『無抵抗』を示している

―――踏み込め、それで戦争は終わる

思っても足は動かない

―――踏み込むな、あれは何らかのフェイクだ

そちらの方が正しいとは思うが、表面的には何も感じられない
何かに魔力を通じさせている感覚も捉えられる事が出来ない

「…殺さないのかい?」

そう、本当に不思議そうにレヴァルスは言う
だが、祐一は返答せずにレヴァルスの挙動を睨んでいるだけだった
やがてそんな祐一にレヴァルスは「やれやれ」と溜息を吐き出しながら言うと、自然な動作で剣を引き抜いた

―――剣? いや、その形は―――

「…鍵?」
「ふむ、鍵だよ相沢祐一」

剣サイズの鍵
柄もある、飾られた鍔元も存在している
刃の様に、鋭利な輝きを宿しているが、その形は鍵を象っていた

―――あの“剣”は何処かで―――?

「さて、相沢祐一」
「………」
「ゲームオーバーだ、我が盤上の敗北者」

記憶を駆け巡る
不思議な形の―――そう、アレは【 怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ) 】

「なっ―――、まさか、それは―――馬鹿な、歴史上誰も使えなかった筈じゃ―――」

―――それは、最初の一振り―――【 世界最初の呪器(クロニクル・ブラッド) 】

「終わりにしよう相沢祐一。勝ちが決まったゲーム程下らない物は無い。君が私の前に立った時点で、君の敗北は決まっていたのだから」

レヴァルスが宣言する
だが、最後までつきあっている真似はしない
言葉の尻が口から吐き出される前に、祐一は飛び出している
アレを使わせるな
どんな能力があるかは判らない
だが、絶対にアレは、アレだけは遣わせてはならない
それは、決定的な敗北を決定付けてしまう

漆黒の刃を抜くと、祐一は走る
しかし、下がっていた距離は意外に長く、瞬時に絶命を与えられる間合いには達せ無い
自分を呪う
だが、それよりも速く、迅く奴が持つ物を―――

「退場だ」

囁きと、剣が、衝突した














「ちっ…時間が掛かりすぎたな…」

ファティマにやっと入り込んだ北川が、大通りを駆けながら小さく漏らす
既に、北川の背後にグラシャラボラスは控えていない
“力”は刃に戻っている

戦場を、その異常なまでのプレッシャーで包み込み掻き乱した北川
その為か、多少移動が遅くなってしまったのだ
走りながら、ファティマの街に刻まれた戦闘の傷痕を見る

「相沢も、冬華さんも、随分激しくやったなぁ…」

ふと笑みを零し、直ぐに引き締めなおした
事態は随分と進んでしまっているらしい
先ほどは城から噴出す熱波が肉眼で確認出来た
多分、相沢と元帥が戦っていたのだろう
つまりは残す所レヴァルスのみ
だが、それが一番手に負えない

「奴が持っているのは、最早手に負えない代物だからな…」

真正面から戦うのは極力避けなければならない
出来れば暗殺という手段を使って倒すのがベストだが、

「相沢が俺を待っていたとしても、向こうから接触を図る確率の方が高い…」

陰鬱に呟く
そう、皆には悪いが、それだけで戦争は負けるかもしれない

「触れる者全てを拒絶した魔剣が…まさか、あんな狂人を選ぶとはね…」

誰も選ばない―――いや、扱えない、か
その呪いの量が桁違いな魔剣
多分、全魔剣の中で最強の部類に入るだろう一振り

「魔鍵【 真理の福音(エヴァンゲリウム・ウェリターティス) 】…」

切に願う
アレが鞘から抜かれない事を
強く願う
解放されない事を

「頼む…間に合え…」

だが、そんな北川の願いを裏切る様に、宵の色に染まり始めた空の下―――

―――城が盛大な音と共に崩れた














「え?」

馬鹿な声が祐一の喉から漏れた
だが、それは仕方が無い現象だろう
眼前の光景は、まさに異常なのだから

「止まっている?」

刃がそれ以上進まなかった
結界ではない
結界ならば、力と力の衝突による残滓が飛び散る
それならこれは―――

「干渉――ベクトル」
「っ!!?」

呟かれた
瞬間、握っている筈の力が逆に掛かり刃が神速でこちらに振り下ろされた
自分の漆黒の刃が、脳天目掛けて落ちてくる

「う、ああっ!!!」

避けれない
感じた瞬間に右手だけを離すと、刃の腹を殴った
逸れた刃は脳天から外れ、二の腕を斬り―――骨を断ち―――二つに別つ

「がっ…」

剣が激痛と共に落下する
視界が処理しきれない程の激痛と共に激しく明滅する
意識が飛びそうだ
眼前に広がる光景は悪夢
右手に握っているのは、左手がしがみ付いた三流怪談を彷彿とさせる光景の剣
しがみ付いた左手からは、激しく血が抜け落ちているのが確認出来た
びちゃびちゃと切断された腕から血液が噴出す
一瞬で死の淵まで送り届けられた

―――何て馬鹿な現実だ

よろよろと血を撒き散らしながら、祐一はそれ以上の失血を防ぐ為に祝詞を捧げた

「燃えろ、…意識に宿る炎…『生まれた焔(レッド・シンボル)』」

激痛を意識的に外し、構成を練って炎を顕現させる
最下級の焦熱系魔術で作り上げた炎、だが決して侮ってはいけない熱量を、

「く、がああああああああああああああっ!!」

切断された傷口を炎で焼く
先ほどの激痛を上回る激痛が、脳髄を機能停止に追い込もうとする
だが、強く歯を食いしばって耐え凌ぐ
これで血は止まった
荒い息で前方を確認すれば、レヴァルスは感心したような表情をしている
次に氷系魔術を展開すると、しがみ付いている左手を冷凍状態にして保存する
これで、治療は出来る
生き残る事が出来ればだが…

「へぇ…君は凄いな。そんな方法、解っていても激痛に乱れる思考ではそんなところまで頭が回らないだろう。そこら辺は流石に日々の研鑽と言った処かな?」

愉しそうに哂うレヴァルスが、今は禍々しく瞳に映る
今の現象が未だ理解出来ない状態では尚更だ
右腕だけで刃を構えても、とても勝てるとは思えない

「不思議そうな顔をしているね? まぁ、それも解らないでもない。結界でもない世界を隔てた壁。とても不思議だろう」

腕が震えている
いや、それとはまた別の振動
フォーリング・アザゼルが―――怯えている?

「でも、種明かしは少し待ってくれ。これから―――封印を外すのでね」
「馬鹿な…その状態で、まだ封印状態なのか…?」

世界が、変質する




「―――我が手には世界の楔。神の躯」









「虚空より、陸海空の透明なる天使たちをここへ呼ばわん
この円陣にてわれを保護し、暖め、守り、防御したる火を灯せ

太陽が沈む、月が昇る、星海の星々は当然の如く輝く
それらは普遍でありながら絶対、変わる事なき事実
されど其れは、絶対の法則下に在りし隷属者

天と地に伝いし絆の元に、黎明と黄昏の果てに―――径路(パス)を駆け上れ
マクルトの神(アドナイ・メレク)の名において、魂の果てから絶望の果てに―――

自己昇華接続(アクセス)―――承認(クリア)

我、神を支配せり

マクルト・イエソド・ホド・ネツァー・ティファレト・ゲブラー・ケセド・ビナー・コクマー・ケテル

汝こそが我らに、そして汝の足元、ありとあらゆる敵を叩き潰す力を与え給えらんかし
如何なる者も、我を傷つけること能わず

―――地を這う河川より、永遠なる大河―――在りて在るもの(エヘイエ)

魂を束縛されし地の罪囚より、法則存在の王冠を継ぐ者に」




接続完了
形成の書(セフェール・イェツィラー)を展開
光輝の書(セフェール・ハ・ゾハール)を展開
黙示録(アポカリュプス)を展開
ここにセフィロトは成る

―――主、命令を―――











民は等しく我の元に跪く(ブレイク)

終わった
全てが終わった
祝詞も終われば、自分も終わった
止めなければならないと思っていても、先ほどの仮展開状態でアレなのだ
止められる事なら止めている
無理、無駄、無謀―――そんな言葉だけが胸中を虚しく過ぎって行くだけだった
変質が終了する
今、ここに居る全ての存在が変質している
いや、自分も、空気中の成分も、砕けた床も、明度も、その何もかもが変わらずに―――
世界だけが変容した

言わば、ここはレヴァルスの世界
彼が法則―――神なのだ

腕が震える
フォーリング・アザゼルが怯える振動が、腕へと伝わってくる
それは腕を震わせ、身体を震わせ、身から芯へ伝わり、芯から心へと伝わる
今度こそ、自分の身体が怯えを感じ取っていた

確信する

俺は―――死ぬ

「さて、それでは始めよう。では手始めに―――」

カラカラに干上がった喉
唾すら出ないのに、ごくりと喉を鳴らして悲鳴を嚥下する
みっともない声は出さない
それだけが、今たった一つ残された誇り
レヴァルスが口を開く
薄く笑んだ形で言葉を紡ぐ

「とりあえず、生き残ってみてくれ。話は生きてたらしよう」

えっ―――そんな声が出た
瞬間、驚愕へと声は変化を遂げた

「“理”――重力」

瞬間、ホールにあった支柱が折れ―――

ファティマ王城が降り注いだ











to next…

inserted by FC2 system