空が哭いていた
星が大地を照らす中に、煙が立ちこめる異界が存在していた

「………」

それを眺めていた冬華が、背後に居る二人へと口を開く

「ノイエさん、春人さん。この街に他の人は?」
「?、居ない、と思いますが」
「元帥殿が非難させていた筈だ。城の中には何人か居た筈ですが…あの様子では…」
「そうですか…」

もうもうと立ち込める煙
城が一瞬にして崩落し瓦礫と煙が押し寄せてきたが、さしてこちらまで被害は無かった
だが、あの中に居るだろう人間―――
祐一と北川はどうなっているか判らない

溜息を吐き出し、冬華は上空を見上げた
戦場の方はどうなっているだろうか?
勝負は開国派に傾きつつあった
恐らくだが、勝利を掴んでいる頃かもしれない
だが、ここで祐一達が負ければ、それで終わってしまう

「行かなければ…なりませんね…」

冬華は春人を治療した後、祐一にある言葉を聞かされた
それは、いざという時の手段

「ノイエさん、春人さんを連れて遠くへ」
「冬華さんは?」
「私は、二人を助けに行きます」

冬華が身体に魔力を循環させる
異常なまでの魔力容量が、身体の処理に追い着かず、淡い燐光となって漏れ出していた
その幻想的な光景に、二人が神々しい物を見るように呆然とする、が

「助けるって…しかし、」
「頼みます。私は―――」

冬華が飛翔の為の祝詞を捧げる
同時に、ふわりとその身が宙に浮いた

「この街ごと、敵を消し飛ばします」






















――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























#8 漆黒金色



































「ぐ、が、はぁ、」

瓦礫だらけの世界に、苦悶の声が響く
砂礫舞う世界に、生き物の息遣いが届いた
漆黒の衣を纏い、命からがらに這い出してきた祐一が呻き声を上げる

―――流石に、危なかった

“奥の手”を貰ってはいたが、あの中でそんな事をすれば、戻る時にどうすればいいか解らない
故に魔剣の力で防いだのだが―――

―――身体中が痛い…

骨が軋み、悲鳴を上げる
爆発的な重力変化は確かに城を崩した
どの位の変化か、と言うのは理解出来る範疇ではない
だが、咄嗟に漆黒の衣を展開させなければ死んでしまうかもしれない程の圧力であった事は確かだった
衣の中で世界からの圧力を耐え凌ぎ、影を使用して瓦礫の中から這い出てきたのだ
レヴァルスは一手しか“鍵”を使用していない
だが、こちらはそれだけで十分なほどに瀕死だ
勝てる見込みは無い

祐一が顔を上げる
見上げた先には、金髪の男が座っていた
瓦礫の玉座に腰掛け、煙の切れ間から覗く月を見上げていた
幻想的とも表現すればいい程の美しさだが、その美しさも、今は凍える様な恐怖以外は感じる事が出来ない
禍々しいまでの神々しさ
アレが―――神だ

「相沢祐一君」
「…なん、だ…」

彼が月を見上げながら、こちらを見ずに声を掛ける
まだ、こちらを殺す気はないようだ
先ほど言っていた言葉を思い出す
『生きていたら、話をしよう』そんな言葉
だから、彼は今、自分が生きていたから話をしようとしているのだろう

「一般に幻想期の遺産と呼ばれている“狂神具(ルナティックス)”と、我らシャイグレイスの祖が作り上げた“怨血呪器(ブラッド・ケイテシィ)”の違いは何だと思う?」
「遺産と、呪器の…違い?」
「そう、その違いだ。刻印魔術を埋め込んだ物に魔力を循環させて動かすのが一般的なケイテシィ。呪器は精神力で呪いを縛し、自分の配下に置く事で一際強い力を使用出来る。そしてルナティクス、一般的には魔力を必要とするが―――必要としない物も存在する。だが、圧倒的な力―――最早奇跡と言っても過言ではない力を、殆どリスク無しに使用する事が可能だ」
「つまり、呪器と遺産の違いはリスクを負うか負わないかの違い、という事か…」

手に力を込める
片腕だけの状態なので、バランスが悪い
氷付けにした腕は結界で保護してから“影”の中に埋めておいた
治療は冬華がいれば出来るだろう、だが―――生きていられるかどうか…
祐一はレヴァルスの問いに答えながら、己の身体の回復に努める
だが、一向に良くなる気配は無い
溜息を吐き出すと、半ば投げ遣りにレヴァルスの言葉に耳を傾ける事にした

「確かにそうだ。それもある。だが、違う」
「…違う?」
「それを説明する前に、君は今の世界で魔術を使用出来ない者が全く居ない事を知っているね?」
「常識だろう…どんな才能なしであっても、魔力は持ち合わせている。最低でも下級は誰でも使用出来る」
「そう、そうだね。だけど、嘗ての世は違う」

待て―――なんで知っている?
こいつは、今の世で冬華しか知らなかった事実を知っている?

「嘗ては、魔力を持たぬ者が世の大半を占めていたんだ」

過去の世界の実情を、何故知っているのだ?

「何で、そんな事を知っている?」

そんな疑問の声を上げてしまうが、レヴァルスは気にしてない様に続ける

「世界は『ラグナロク』の原因たる者によって破壊された。天使と魔王。両者の死闘は余波を撒き散らし、魔力持たぬ人間を駆逐するに至った。一人残らず。だから、今の世には魔力を持たない者は存在していない。“第五要素”を持たぬ存在は死に絶えたのだから」
「第五、要素…?」
「五番目の塩基配列、らしいが…実際に存在し、組み合わさっている訳ではないらしい。理解出来るだろう? ここまでの話は」

理解?
とんでもない、理解なんて出来ない
塩基配列? 何だそれは
そんな言葉は知らない。知らない筈だ
筈なのに、

「どうやら理解出来るらしいね? つまりは、君も相当呪器を使いこなしているという事だ」
「使い……?」

呆然と見上げる
レヴァルスは空に悠然と輝く月を見上げていた

「その段階であるなら、君は第三段階に到達しているという事だ。第三段階への接続は、いわば深層心理、及び真理においての最奥。世界の根幹へと繋がる行為。今の時代、覚醒した魔術使役能力は、エーテルの干渉を意味する。“第五元素(エーテル)”―――つまり第五元素使役は、四つの塩基配列に不確かなファントム、五番目が追記された事を意味している。これにより、人類は魔術という技術を使用出来る。私、及び君やイグニス、それに北川潤や君の父も、その高いセンスによって“鍵”を操作し“人間”という存在でありながら“高次元存在”に限りなく近付く事を可能としているのだ」

狂っている、と評されるだろう
だが、違った
自分には理解出来る
彼の言っている事は、彼が考え出した理論ではない
コレは、言わば歴史そのもの
世界の真理を語っているに過ぎないのだ
脳の奥、呪いへと直結してしまった深い部分が訴える
真実である、と
彼は狂ってなど居なかったのだ
彼は唯冷静に、世界の真理を、人の心理を、真理を、純粋に追いかけていたに過ぎない
果てしなき探求者

「ルナティクスとは、“世界の断片”“真理の一欠けら”を埋め込んだ“神の器”。概念証明の星の理力。神には決して辿り着けぬが、“神の力”を顕在化させた―――言わば罪禍への免罪符。だが、呪器は違う。コレは―――」

レヴァルスが鍵を握る
『真理の福音』と称される魔鍵を

「コレは魂を歪める為の鍵だ」
「魂を歪める?」
「そう、魂を歪め、人ではありえぬ筈の高次元存在へと近付く為の鍵。偽証した魂はセフィロトの木を辿り、神の座―――ケテルへと近付く。ルナティクスが神の力、その断片を引き出すのなら呪器は―――近付く事を意味している」

祐一が、握る漆黒の刃を見遣る
つまり、呪器とは―――

「神に、成る為の鍵だと…?」
「所詮は“偽りの神(イミテーション)”ではあるがね…」

くつくつと笑いながら、レヴァルスは再び空を見上げた

「人が“1”で表せるなら、神という存在は“∞”か“0”で表記されるべき存在だ。相沢祐一、この世に“1”という数字が“∞”に近付くだけの絶対的な要因が在ると思うか? 無いだろう、いや、無い筈だ。現行の人間では、1が∞に成る為に必要なエネルギーを引き出す事は不可能に近い。ならばどうする? どうすれば人は神に成る事が出来るのか?」

「貴様、まさか―――神に?」

「1が0になる。生を亡くす。つまり、死ぬ事こそが0へと最も近付く事でもある。だが、死んでしまった場合、己では意識を持つ事は酷くあやふやになるし、魂の状態では完全に世界へと隷属せねばならなくなる。だからこそ、呪器が誕生した。“死”という経由点を介さずに、隷属を拒否し、世界の真理へと近付き、神と呼ばれる世界の理力、そのものになる鍵が」

駄目だ
こいつを野放しにしては駄目だ
殺せ
ここでこいつを殺せ
殺さなければ、死ぬ
世界が、終わる
こいつは、“世界の法則”そのものになるつもりだ

「“理”から受け継いだ知識ではあるが、人という種族が重ねた知識は役立つ。私はこの戦いが終わり次第、このシャイグレイスを出るつもりだ」
「なん、だと…?」
「相沢祐一、この世界が少なくとも何度『ラグナロク』に近い現象を引き起こしたと思う?」
「何度? それは、どういう…」
「六度、世界は歴史のリセットを繰り返している。ちっぽけな生命の器では知られぬ事ではあるが、六度も滅びを繰り返しているのだよ」

知らない
いや、識っている
だが、認識し、その知識を引き出す事は出来ない
俺は呪いに浸り、尚且つ死と同時に生を費やすなどという狂った真似は出来ない
認めろと、脳の奥が囁く
真実である事は、幾ら否定しても覆りようが無いからだ
眼前に立つ男は、嘘をついてはいないのだから
そう、一度も
彼は真実しか述べない
それか話さないだけ
だから、彼は―――

「私は“原初”を目指す。世界のシステムの正体は、このクロニクル・ブラッドでも知る事は出来ないからな。その果てに―――」
「そこを目指してお前は―――」

祐一が麻痺していた肉体を懸命に動かす
レヴァルスが透明なほどに美しく微笑む

「神に成るのだよ」
「神に成るのか」

肉が爆ぜる
瓦礫を吹き飛ばしながら祐一が疾駆する
呪いの言葉は既に心中で完了している
神速で疾走する中、刃は完全に漆黒へと変化し、左眼光は紅へと変わる
死滅(ツミ)”の刃が空を駆ける
猛然と、空気に死の燐光を振りまきながら、刃は絶対領域へと接触を果たした

イ―――――――

耳障りなほどに甲高い拒絶の音響
今、この状態で相対するのは“物理の支配者”と“死滅の理”
祐一の制御する死滅は、接触すれば有機無機に関わらずに死の侵食を与える
だが、それを振るっている祐一からは方向性を持った力が発生し、祐一自身には熱というエネルギーが存在する
それを支配するレヴァルスの『福音』
まさにそれは、無敵であるだろう
この世に蔓延る絶望の象徴“死”ですら、法則に属する配下に過ぎないのだから

「はっ―――ベクトル、干渉」
「ちっ!!」

二度目、
レヴァルスが視線を接触領域へと向けて、先ほどと同じ様に方向性エネルギーへと干渉を及ぼそうとする
だが、

「ほう…」

視線から祐一が外れる
理力の干渉域から外れる
彼の視線こそが法則の支配する領域
それをこれだけの短時間で見抜けたのは、殆ど運が良かったとしか思えない
レヴァルスが中りもしない攻撃に目を向けてくる動作に、それを悪寒で外した時に行った感嘆の溜息
これだけで半ば祐一は理解した
彼の目が“神の瞳”であると

「ふっ―――!!」

続いてレヴァルスの死角から漆黒の刃が踊り狂う
タイミング、到達予想、全てが致死
だが、そんな絶対死の刃も彼の肉体には届かない

―――理力が足りない、奴の理を超えられるだけの力が!

口内で呟く、同時に甘い絶望の囁きが漏れる

「干渉、熱量」

彼の視線が宙を舐める
一瞬にして運動量を制御された空間中のありとあらゆる粒子がプラズマ化する程の熱を放ち始めた
祐一は逃げる方向を制限された事に対して舌打ちすると、距離を取らずに彼の視線の逆へと逃れる
だが、それでも熱風は吹き荒れ、肌をジリジリと焼く
レヴァルス曰く、これが“理”に属する兵器であった事に感謝した
この一瞬でも気を抜けば死ぬかもしれない空間で、彼の力に対抗出来るのは、最早同じ呪器かルナティクスでしか存在しない
俗に遺産と呼ばれる兵器でしか、攻撃も出来ないし、防ぐ事すら出来ないのだ
今ここで、身体的能力は逃げる為の術でしかない
ちっぽけな力
だが、それは確かに己の命を引き伸ばし、自分が勝つ為の時間を与えてくれていた

「偽りの神を墜とすか、相沢祐一」
「そのつもりだ、レヴァルス」

その言葉に満足したのか、レヴァルスが笑う
次には、死が囁かれる

「干渉、斥力」
「ぐあっ!?」

彼の背後、立っていた筈の場所に力場が発生
何故、と思うがレヴァルスが操って居る中で、重力に干渉した時には空間全てに発生していたのを思い出す
ベクトルの様に、作用点に直接視線を向けなければいけない物から、重力の様に範囲的に発生する物まであるという事なのだろう
祐一がレヴァルスとの間に発生した斥力に吹き飛ばされ、無理矢理にでも距離を開けられる
身体が瓦礫の上でバウンドするが、同時に身体を捻って足を地面につける
走れ!!
顔面を前に上げ、横に逃げろと脳髄が指令を下すが、

「――――」

彼の視線と己の視線が重なった
無限にも等しい刹那
彼の唇が開かれる

「干渉―――」

瞬間、世界に気配が追加される

「壊理・斬喰紫月閃!!」

言葉を崩壊の波が飲み込んだ
瓦礫と同時に煙が巻き上がり、見詰め合っていた視線を遮断する
叫び声が上がった方向に視線を向けるが、その本人は既に祐一の真横にまで迫っていた

「北川!」
「くそったれ!! もう既に戦ってたのか!」

祐一の言葉に返事をせず、北川は刀身の失せた柄を振り上げる

「壊理・斬喰紫月閃!!」

リミッターを外した破壊の本流が世界を流れる
先ほどは煙を巻き上げるに留まった刃は、殺戮の化身と成ってレヴァルスの立っていた地点に衝突する
圧倒的な破壊の力だが―――

「これはこれは…久し振りだね、北川潤」

レヴァルスは何でもない様に北川へと微笑み掛けた
対して、北川は舌打ちして柄だけの魔剣を構える

「ああ、確かにな」
「これで二対一。ふむ…ゲームも面白みが増すという物だ」

レヴァルスの言葉が、他の誰かが発した言葉でなければ笑えたが、そうではない
事実、彼にはこの殺し合いに張りが多少出た程度なのだろう
∞という数字に、どんな桁の数字を掛けても応えは桁を持つのみ
決して∞には成れないのだ
唯のでかい数字は、大きいだけで決して∞ではない

「相沢祐一の“死滅の理”に北川潤の“崩壊の理”。どちらも死を与える事には違いが無い。流石は同時期に創作された二振りの兄弟刀を持つ者…最後には二人が揃うという訳だ」

くつくつと、晴れ行く煙の向こうでレヴァルスが笑っているのが解る
だが、笑っていればいいと、祐一は思う
打開策は一手のみ、用意してあるのだから
元々は緊急の避難用に失敬していた物
イグニス・レヴィが使用していた位相斜行を行うペンダント
これなら、一回だけはどうにかする事が出来る
そう、多分一回だけ
イグニスとの戦闘中、祐一は第三段階の刃で彼がズレている事を“意識して”攻撃した
その結果はどうだったか。結果、彼に刃を届ける事に成功している
そう、多分、レヴァルスの攻撃も一度だけなら避ける事が出来るだろう
彼の領域から外れる事が出来るのだ
だが、彼の認識が遺産にまでいってしまえば最後
恐らく、次は無い
だから、チャンスは一度
これが普通の得物同士の戦いであるならば、そんな気を使わずにペンダントを乱発出来る
だが、これは固有の世界を保有する呪器同士の戦闘
如何に己を堕とし切らずに制御し、理を操るかの戦いだ
常に刃は喉元にあたっている
そう―――互いの喉元に

「死なないさ。絶対に」
「そうか。では、やってみるといい」
「お言葉に甘えるぜ、陛下?」
「二対一、最後の舞台にしては面白くなってきた。いや、最後の舞台だからこそ、か」
「花を添えてやる。だから―――」
「舞台指揮は―――」

『引退しろ!!』

祐一と北川が咆哮する
レヴァルスが笑む
死の刃と崩壊の波が暴れ、絶対領域に突き刺さった














昇る、昇る、昇る
空を高く高く駆け上る
冬華は銀の煌きを夜空に引きながら、空へと舞い上がっていた
地上からの距離は、約1000メートル
その距離まで来て、冬華は月に照らされた大地を見下ろす

「儚い、光…」

ファティマ王城を囲う様に、住居、商業区、工業区が存在し、娯楽施設や、呪器の霊廟等が存在していた
人が存在しない、月に照らされるだけの儚い光
その中で、偶にだがチカチカと破壊の光が漏れる場所が存在していた
冬華の真下―――ファティマ王城だ

「―――七つの罪をその身に刻み、獄の果てにて夢を見ん―――」

言葉は、紡がれた祝詞は、歌の様に紡がれた
月下の、というには地上から離れすぎて―――
 ―――星々に手が届く、と言うには、その距離は余りに離れている場所で、

その歌は、紡がれる

「我らは天使―――神の右腕」

背中から放射されるエーテルの残滓
今は、それが余りにも神々しく、儚く、美しい
本当に、彼女が天使であるかの様に

「禁忌を犯した熾天の者、天から堕ちる煌きは銀と金に彩られ、彼は自身を悲しまず、唯神の判断にのみ哀しみを捧げる」

二重、三重、四重、五重―――連続して展開される術式方陣
やがて七つ揃った五芒星は、冬華の眼前で七芒星(ヘプタグラム)を描く

「我ら―――天の子等の名において、バトル・マリア―――いえ、『冬華』が命ずる」

そこまで言うと、冬華は式を固定し、瞳を閉じた
その肩には黒い影
プルートーが存在している
そのプルートーが顔を上げて、吼える

「リリスから!!」

冬華の目が見開く
何処までも青く蒼く、透き通る様な天を思わせる色
確かに蒼色に光り、世界に灯る

「命ずる! 天から地へ―――堕ちよ、傲慢の因子!!」

罪禍・七大罪(セヴン・カーディナル・シンズ)全十二翼の《終・墜》光曲(ホーリィ・ダーク・シンフォニック・レイド)

「避けて!! 祐一さんっ!!!」

この距離では決して届かない叫び
冬華の声が夜空に響き渡り、同時―――
ヘプタグラムから、天使が墜落する














イィンッ―――

「くっ!」

甲高い音と共に弾かれ祐一が下がる
決して届かない刃は、やはり世界に隔てられて届かない
その祐一と入れ替わる様にして、北川がグラシャラボラスの腕を振るう

爆発じみた破壊の波
領域に接触する力は、貫通せずに受け流され、瓦礫の山へと突き刺さる

「くくっ…流石、息があってるな。では、こちらも動くとしよう―――干渉・」

北川と祐一が互いに逆へと跳ぶ
レヴァルスがそれに視線を動かさずに囁く

「気圧」

囁かれた言葉に、レヴァルスの頭上が気圧をゼロへと引き下げる
爆発的な低気圧、むしろそれは真空と呼ばれる代物に、瓦礫と言わずに人が舞い上げられる

「う、おあっ!!?」

北川が足を掬われて、瓦礫の集中する空気のブラックホールへと逆さまに落ちる
視線は、未だ北川の方向を向いてはいない
祐一はレヴァルスの行動を確認すると、北川に向かって走り出す
低気圧域に向かう暴風に乗って加速し、吸い込まれて行く北川へと跳躍

「防げっ!」
「くっ…」

ギシと軋む音がして、北川の持つ魔剣の柄に祐一の跳び蹴り炸裂する
その勢いは北川を弾き飛ばす事に成功した
だが、祐一は瓦礫の暴風域、そこから逃れた訳ではない
確実に、その中心域へと落ちてゆく

―――コレ位なら!!

第三段階に達している黒い刃が変化
瞬時に祐一を包み込むダーク・アイギス、漆黒の盾へと成り上がる
盾に飛び込んでくる瓦礫は盾で粉砕し、そのまま祐一は変化の中心に到達した
ぎしぎしと耳障りな音を立てる盾
互いの発生させている理が鬩ぎ合い、削りあっているのだ
だが、異音は突然途切れる
レヴァルスが祐一を殺しきれないと判断したのか、気圧の変化をキャンセルしたのだ
瓦礫に混じり落下する中、祐一は漆黒を刃に戻して振り上げる

「―――死滅!!」

黒い、昏い燐光が立ち上る
瓦礫を抹殺しながら、祐一は躊躇い無く真下に居るだろうレヴァルスに向けて刃を振り下ろした!

イイッ、イン―――――

領域へと接触を果たすが、刃はそれ以上食い込まない
精々が1センチ進むかどうか
“理”の削りあいに、黒い燐光が激しく舞い上がった
黒の本流の中、祐一は身体を捻るとすぐさま瓦礫の大地へと着地し横っ飛びに飛び退る
仕留め切れない、攻撃が中ってすらいないのだから無理は無いが、それでも無力さだけが募る

「刹理・斬喰月下閃!!」

彗星の如き破壊の奔流が、横薙ぎに叩きつけられる
大地を振るわせる破壊音
本来であれば、アレを直接受ければ跡形も無く消し飛ぶ事だろう
だが、レヴァルスの前には児戯に等しい

「―――っち!!」

北川が何かを察知したのか、急いで後退する
しかし、

「干渉・引力」
「っ!?」

真空の渦では無く、北川がレヴァルスに吸い込まれる
それは祐一も同時だった
身体が地面から離れ―――いや、レヴァルスこそがこの空間内において一個の星となった結果、彼が立つ方向が“下”となったのだ
瓦礫も何もかもがレヴァルスへと落下を開始する
平衡感覚が麻痺しそうな実情に、祐一と北川、二人が“理”を振り上げる

「消し―――」
「―――飛べ!!」

接触―――死蝕・爆砕
重ねられた衝撃が、先程よりも僅かに領域へと食い込んだことを眼前に示しだした
だが、その刃の先でレヴァルスが酷薄に微笑む

「干渉・斥力、連続して―――振動」

瞬時にレヴァルスに発生していた引力が無くなり、通常の重力状態に戻る
ごちゃごちゃになる平衡感覚の中、発生した斥力に空中を高速で滑空する祐一と北川
瓦礫の海に揉まれながら、視界はいつしか血液が入り込んだのか朱色に染まる
視界の状態を回復させる間も無く、祐一の赤い視線の先にはレヴァルスが手を北川へと向けているのを見る
祐一よりも早く感覚の処理が終了し、大地へ足を着いただろう北川に伸ばされる魔手
―――振動
その効果だろうか、北川が一瞬でその場に崩れ落ちた
放射された振動が、直接北川の三半規管と脳を揺さぶったのだろう
祐一が刹那の時間を遅れて着地、空を駆けるが如く走り出す
神速の移動で、北川を掻っ攫う様に抱きかかえるが―――

一瞬だけ、どうしても停止する

拙い、熱量に干渉されたら、死ぬ
目と目が交差する
見開く祐一の瞳に、細められるレヴァルスの瞳
レヴァルスが囁く

「干渉・―――――」
「!!」
「斥力」

爆発的な体重移動が開始
初速で最速の移動は、内臓に衝撃を伴って吹き飛ぶ
熱量に干渉されなかったのは幸いだが、これでは痛くて堪らない事態に陥るのが最悪だろう
と、北川を抱えた状態のまま、祐一が瓦礫の壁を突き破ってその向こうに吹き飛んだ
瓦礫の山に接触し、北川の重みと衝突の衝撃で肋骨が嫌な音を奏でる
ボキリと、芯を侵す衝撃は激痛となって祐一の脳髄を駆ける

「ぐ、がはっ…」
「あ、相沢…生きてるか…?」

衝撃と激痛に息を詰まらせる祐一に、抱きかかえている北川が呟く
祐一は天上を見上げながら、その先に一際強く輝く星を見て、苦笑した後に呟いた

「身体中が痛ぇ…肋骨も何本かイッた…」
「俺もだ…やべっ…死にそう…」

余りに馬鹿らしい相手を前にして、二人が力なく笑う
北川は平衡感覚が回復したのか、少し経ってから祐一の上から降りた
祐一も身体に走る激痛を我慢して体勢を起こす

「相沢、勝てる見込みは?」
「ゼロじゃ無い」
「…愛と勇気と友情が必要なら、俺はいつでも準備オッケーだが?」
「それで勝てるなら…最初から苦労なんかしてねえよ…」

くつくつと口の端から血の筋を引きながら祐一が笑う

「…勝てるんだな?」
「ああ…とっておきが、未だ残ってる…」
「なら―――やるしか無いな…」
「諦めが悪いのが俺らの美点なのかも?」
「そうだな…俺は紳士だからな」

笑い、瓦礫の山の先を見据える
立っている
シャイグレイスの王が
神に成ろうとしている男が

「そろそろ終わりにしようか? 相沢祐一、北川潤」
「そうだな、疲労困憊で死にそうだ」
「かなーり戦ってる時間は短いんだがなぁ…」

レヴァルスの言葉に、二人は皮肉で返す
レヴァルスは気付いていない
そう―――頭上に一際強く輝いている星を!!

「チェックメイトかね?」
「そうだな…」

祐一が二の腕から切断された腕を、北川に掴ませる
そして―――凄絶な笑みを、レヴァルスに返した

「チェックメイトだ、レヴァルス!!」
「―――何?」

レヴァルスが疑問の声を上げる
と同時に、世界が昼の明るさを取り戻した
レヴァルスの視線が天上を見上げる
そして、驚愕

「墜落する、天使…!」

初めてレヴァルスの瞳に恐怖が映った
その瞳で慌ててこちらを見るが

「共に死ぬ気か、相沢祐一」
「共に? 誰が?」
「何を―――いや、何だ、その気配の薄さは?」
「とっておきは、最後の最後まで隠しとくもんだぜ?」
「っ! イグニスの遺産―――《踏み外す者》だとっ!?」

そこに至り、レヴァルスが再び天上を見上げた
残り数秒で血涙を流す天使が地上に接触するだろう
だが、レヴァルスは自身の保護はそのままに笑みを濃く空を見上げ続けていた
その先には見ているのは、墜落する天使ではなく―――きっと冬華

「驚いた…まさか、天使のイミテーションが居るとは…つくづく―――」

面白い
言葉は光に呑まれた
絶対領域に接触する堕落の天使
冬華の、最早混沌にまで接続を果たす爆発的な力が、今は彼の領域を削っていた
位相をずらしている祐一と北川にも、この爆発的な力は振動となって届いていた
目も眩む様な爆発
眼前で領域を完全に呑み込んで接触した天使は、地面に接触して崩壊
ありえない程のエネルギーは、瞬時に城が建っていた場所である瓦礫の大地を吹き飛ばし、その魔手を拡大する
居住区、商業区、工業区
光、それ自体が死だと言わんばかりに天使の墜落はファティマを飲み込んでいった
本来であれば、暗殺に失敗した時の為の切り札
逃げる時にぶつける筈だった力が今、瞼を閉じても尚視界を侵す光なのだ
案外、元帥イグニス・レヴィの遺産が無ければ爆撃に巻き込まれていたかもしれない
逃げる時間等も無く

「―――――――ッ!!」

北川が至近距離で何事か叫ぶ
言葉は爆音に呑まれて届かないが、唇の動きで判断する事は出来た
これが奥の手か? そう叫んだのだろう
だが、その問いかけに祐一は首を振る
北川は未だ何かあるのか、と不思議にこちらを見ていた

「最後はお前に手伝って貰うさ」

祐一が呟く
すると、手元に絡み付いている闇が胸元に伸び、ペンダントを引っ張り出した

祐一が見据える先
破壊の本流が治まってゆく世界に、一瞬だけ影が動いた

レヴァルスは未だ生きている!

絶対領域が冬華の一撃を防ぎきったのだろう
街一つを飲み込む死の奔流でさえ
これから行う事は、そんな大きな力に比べたら他愛も無い力に過ぎない
しかし、レヴァルスが使用している物が呪器であるならば、そこには精神というリスクが存在する
尚更、冬華の一撃を防いだ後だ、精神の消耗は酷いだろう
廃人と化していても不思議は無い
だが、影は揺らめいた
その領域を弱めていても、彼は未だ生きている
この一撃には干渉出来ない程度で―――!!

「北川!」

祐一が漆黒の剣ではないもう一振りの剣を手渡す
その柄に、位相を斜行させるペンダントを括り付けて
北川はそれを受け取ると気付いたのか、柄だけの刃を収めると祐一を置いて走り出した
祐一には既に動くだけの力が残っていない
腕を斬り落とされ、北川よりも先にレヴァルスと戦い始め、北川を庇って共に吹き飛んでいる
これ以上の活動は、それこそ死に直結しそうだ
だから、最後は彼に―――信頼する友に任せる

「お、おおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」

北川の喉から咆哮が漏れる
その身体は斜行を続けていた
やがて、煙の先にレヴァルスの姿を捉えた!

「レヴァルス!!」
「北川潤!!」

レヴァルスの視線が確かに北川を捉えた

「干渉・重力!」
「か、はっ…」

身体が縫い付けられる
レヴァルスが驚愕に目を見開く
縫い付けられたのは―――倒れていた祐一だけだからだ
失念、最後の最後でレヴァルスは判断を違えた
北川が祐一から借り受けた純白の刃を振り下ろす
それは易々と絶対領域を透過し、彼の肉体をすり抜けて―――停止
止まった時間の中、刃は確かに傷もつけずにレヴァルスの胸にあった

「…は、参ったね…」

レヴァルスが笑う
瞬間、北川の手から、魔力の流動が途絶えた

ばしゃあっ!!

刃がズレた空間から戻り、レヴァルスの体内で復元された
めり込む刃は臓器と重なり、『矛盾』を打ち消す様に破壊を撒き散らす
砂塵や空気に対しての修正処理とは違う
完全に異物としての修正は不可能だったのだ
肉は四散し、臓器は血液を撒き散らす
温い感触の血だけが、今の北川が感じられる感覚だった
数倍に膨れ上がった重力の中、二人の視線は確かにレヴァルスを捉えていた
レヴァルスは未だ死んではいない
だが、溢れ出す血液は確かに致死量である、と二人に教えてくれた

終わる…この戦いが…

そんな考えを思い浮かべたと同時か、それより遅く
二人にかかる負荷は消えた

「いや、全く…最後の最後でしてやられた…」

力なくレヴァルスが崩れ去った世界に足をついた
喋りながら口から血液が溢れ、その顔色は段々と赤みを失っていくのが判る

「俺達の、勝ちだ…」
「本当にその通りだ…私は瀕死、そして君らは怪我を負っているが…確かに生きている…」

諦観をやや込めた表情で、レヴァルスが笑う

「相沢祐一…」
「何だ…?」
「戦闘を開始する前に私が言った言葉、憶えているか?」
「『ラグナロク』についてか…」
「そう、それだ…」

そこで一度レヴァルスが大きく咳き込む
吐き出された血痰は激しく、荒れた大地に朱を刻む
それでも尚、レヴァルスは笑っている

「近いうちに、必ず“七度目”がやってくる…七度目の世界の終わりが…」
「………神が滅ぼすのか、世界を」
「違う…憶えておく事だ相沢祐一。神とは所詮“法則”の王に過ぎない。世界を滅ぼした元凶は、人間、だ」
「………」

最後に、レヴァルスは深く息を吐き出した
それは―――全てを諦める行為
清々しいまでに、彼の顔は穏やかだった
祐一が刃を元に戻し、レヴァルスへと近付く
自然と北川は祐一に道を譲り、傍らに並んだ

「さて…戦争も終わりだ…首を落とせ、相沢祐一」
「………」
「根っからの快楽主義というのも、案外と疲れる物だ。私は君達より先に、死後の世界でも見学するとしよう…」

祐一が横に刃を構える

不思議な感じだった
父親にした事と同じ事を、今行おうとしている
だが、嫌悪は生まれなかった
だが決して命を刈り取る事に恐怖を覚えなくなった訳ではない
確かに恐怖は存在している
だが、この戦いは“ソレ”を背負っても尚、前に進めるだけの決意をくれた
それを、右手に持つ刃が証明してくれている

「は――――あ」

深く、息を吐き出し―――

「さらば、我らが国の王よ」
「さよならだ、我が国の英雄達よ」

―――黒い線が、首を薙いだ




ここに、シャイグレイスという国は終焉を迎えた
聖暦1282年―――初夏
様々な尊い犠牲を払い、シャイグレイスは672年という歴史に幕を下ろしたのだ











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