――― To the children of an INHERITANCE - 遺産の子達へ ―――
――― stage-8 The knight of shine - 灼陽貴 ―――





























epilogue-1 灼陽黎明



































聖暦1282年の初夏
大陸北――シャイグレイスで起こった戦争は終結を迎えた

国王が率いた鎖国続行の国王軍
宰相・水瀬秋子が率いた開国派軍

二つの勢力が互いに兵士の命を削りあった結果―――
共に大きな被害を出し、国王の首が落ちた事により終結
開国派が勝利を収めるに至った

シャイグレイスは、その独裁的な政治思想を代々と継ぐ国であった
672年という長い期間、変革無く続いた国家は他に存在しない
この点で答えるのなら、シャイグレイスという国は非常に統制された国家だったと言える
しかし、今代の王になり全てが変化―――否、彼が生まれてから全てが変化した

作りこまれたシナリオ
演じたのは、稀代の英雄達
この劇には他国までも巻き込み、シャイグレイスとツォアルが正面から衝突するに至った―――

そして今回、この戦を治めた騎士の名は…




「以上が、我ら新生シャイグレイスが報告する今回の内乱のあらましです…」
「そうか…」

ツォアルの王城、その一室に声が響く
対面しているのはシャイグレイスとツォアル首脳陣の面々
シャイグレイスは元宰相、現国家代表の水瀬秋子に加え、その娘である秘書の水瀬名雪
その背後に立つのはシャイグレイス呪器保有者部隊の面々だ
【 月の支配者(サリエル) 】――斎藤霧人
【 空の軍勢の君主(メリリム) 】――相沢春人
【 大公(メフィストフェレス) 】――ラクト・ダイス

代表を守護する為に、三人の呪器保有者が立っていた
だが、それに劣らない程の面々がツォアル側に立っている

聖帝ガルドラン・アルミオネ・アルフェイオ
右に立つのは一振りの紅い大剣を背負った大柄な男――【 朱き魔剣立つ荒野(フランベルジュ) 】エス・フィート・バルバトス
左に立つのは―――

「ツォアル配属国になる…そう言う事で宜しいんだな? 水瀬代表殿」
「えぇ、構いません。私達は戦う、という事を止めました。それにより安全が保障されないとあっては、開国派が勝利した意味が無くなります」
「そうか。これで、シャイグレイスとツォアルの冷戦状態も無くなる…肩の荷が一つ下りた…」

聖帝アルフェイオが溜息を吐き出す
皮肉を込めた様な仕草ではあるが、その身に纏うオーラがそれすらも威厳ある物に見せている
正に王の風格という物だ
秋子はその仕草に眉根を顰めるでもなく、微笑して頷く

「では、少し休憩を挟もう。午後二時より、正式な話し合いを行う。宜しいか?」
「ええ、構いません」
「分かった。では、獅雅―――」
「はっ、なんでしょうか陛下」

左に立っていた男、現頂点に立つ最強――【 剣聖夜帝(ナイト・オブ・ナイト) 】獅雅冬慈が返事を返す

「代表殿達の護衛を頼む」
「はっ、了解しました陛下」

護衛、ここでは監視と同義だろう
今まで冷戦状態だった相手をいきなり信じられる筈は無い
それに、信じても勝手に城内を歩き回られては、どんな事態が発生するか分からない
最近まで敵同士であったのだから
ある意味、ここで監視兼護衛がつかなければ、逆に困っていたのは秋子達だった
アルフェイオは秋子に目だけで会釈すると、会議室の扉に立っていた数人の護衛とエス・フィート・バルバトスを連れて出て行った
ガタンとある種荘厳な扉が閉じられると、冬慈は息を吐き出す

「代表――水瀬秋子殿、で宜しかったでしょうか?」
「ええ、構いませんが…この場では立場は関係ありません。出来れば、水瀬か秋子、そのどちらかで呼んで下さっても結構ですよ、剣聖様?」

冬慈の問いに、秋子が微笑みながら返す
何とも喰えないお人だ、と呟くと、冬慈は口を開く

「では秋子殿、ここからは興味本位で訊く事柄ですので、話してよければ教えて頂ければ助かる」
「はい、何でしょうか?」
「戦を治めた騎士―――【 灼陽貴(ジ・ナイツ・オブ・シャイン) 】相沢祐一について、いや―――」

演技を含んだ大きな動作で、冬慈が目を覆って唇の端を吊り上げる
ああ、まさかこんな直ぐに貴様の名前を見る事が出来るとは…
歓喜に打ち震えそうな身体を押さえ、冬慈は正面に座る秋子を見遣った

「いや―――【 神剣(ゴッド・ブレード) 】相沢祐一について教えて頂ければ助かる」

それだけでポーカーフェイスは崩壊した
秋子は顔に驚きを貼り付けているし、横に並んで居る名雪も同様だ
背後に控えている三人も同様だった
面白い程に、冬慈が放った一言で場が乱れている
冬慈はその反応に満足すると、腕を組んで秋子を見下ろした
その態度は、言い逃れは出来ない、と言外に語っているようだった
秋子は息を吐き出すと、視線を冬慈に合わせる

「何処で祐一さんの事を?」
「相沢祐一という名を知ったのは、ついこの間ですよ代表。奴はツォアルの祭りに観光で来ていましたからね…興味と、昔のケリをつけるついでに殺し合いを少々」
「殺し合い…ですか…?」
「他の人間とは、何から何まで違うんでしょうが、私にとって彼は友人だ。唯一、戦場で私を満たしてくれた狂気を持つ男。そんな楽しい人間と久し振りにあったなら、殺る事は決まっている」
「………」
「しかし、結果―――互いに納得出来る物は得られなかった。だから、彼は約束してくれた…再び剣を持って私の前に現れる事を」

くっ、と歪められる口元は狂気の表れだろう
しかし、そこに濁りは無かった
何か一点を極めてしまった者が持ちうる心
保身等を考えない、常に身を“戦場”に置いたままに生きる人間の笑み
祐一や、北川―――そして、今でこそ無いが秋子自身も浮かべた事のある笑み

「………」

彼は純粋なのだ
白、という意味合いではない
黒、という意味合いで、汚れ過ぎて黒漆の様に輝いている
この世の表と裏を知ってしまってい、それを知った上であえてその中に身を置いている人間
だからだろうか、秋子は呆然とした表情から、笑みを浮かべる
彼は同類なのだ
何かを求め、最愛の人で満足した自分とは違うが
獅雅冬慈は紛れも無い同類なのだ
祐一もこの事に関しては頷くだろう
承諾という形で

「……良いでしょう。祐一さんの事をお話しします…」
「…。良いんですか? 秋子殿」
「ええ。私も嘗ては頂上に上った身。貴方の事、そして祐一さんの事も、多少は理解出来るつもりです」

ありがとう御座います、と獅雅冬慈は頭を下げ、秋子の前に腰を下ろした
テーブルの上で組んだ手が、冬慈の口元を隠す
細められる視線を受けて、秋子が深呼吸した
そして―――秋子は口を開いた














―――二週間程前

―――山奥・天栄の屋敷




ジリジリと天頂から太陽が輝く
夏を迎える前とあってか、日の力強さは馬鹿に出来ない
しかし、それでも祐一は漆黒のコートを纏ったままだった
佇んでいる場所は、かつて師と共に生活していた場所
広大な庭の一角で、石を眺めて立っていた
石、否―――それは墓標
刻まれた名は―――緋菜菊
師の亡骸が埋まっている場所
取り返した魔剣を再び埋葬し、祐一は最後の挨拶を告げようとしていた

「師匠…」

全身に及ぶ怪我の治療を行い、冬華に左腕の治療を行ってもらった
多少の違和感は残る物の、それも直ぐに治まった
治療を終えた後は、北川を引っ張って山へ
草が伸びきり、蔦が絡まる天栄の屋敷を数日掛けて掃除しまくった
今は、屋敷の中で冬華達と共に寛いでいるだろう
優しい笑みを浮かべて、祐一は笑う
今、この場所にはあの頃の穏やかな世界が再現されている
いや、それ以上の
求めても求めても…決して手に入らなかった穏やかな暮らし
自分はまだ旅を続けるだろうから、こんな穏やかな暮らしも後数日で無くなるだろうけど
それでも、これは掛け替えの無い時間だ

「今度は、守れました…」

二度目は、守れた
今度は、大切な時間を
失った筈の平穏を
冬華がゆったりと縁側に座っている
その横にはプルートーが身体を丸め、顕現したリリスが寄り添う
北川は日陰になった室内で、大の字になって眠っている
生憎と名雪や秋子、春人や斎藤達は居ない
戦後処理に駆り出されているのだから仕方ない事だが
そんな、危険に怯える事無く平穏無事な生活
何か足りないと考えてしまうのは、今までの生活が余りにも激しかったからだろうか?
だが、この国に蔓延していた空気も―――
段々と、こんな空気になっていく事だろう
開国派、その全ての兵士と自分達が護り、示そうとした“道”が
だから―――

「だから、俺らの役割は、やっと終わりましたよ…」

一度は破滅へと導いた力の使い方
師が与えてくれた、何かと戦う為の力
敵、あるいは環境、精神、その全ての脅威に対して使う為の力
今度こそ、間違い無く遣い、自分は役割を果たせた
だから、もう、この国には自分の力は必要ないだろう
正義を語るつもりは更々無い
必要な場所で、人々を護るなんて言葉は吐かない
所詮は偽善だ
力を使えば、その時点で全ては“悪”だという事は理解している
腰に下げる剣が教えてくれた言葉―――この世には悪と信念しかない、そんな言葉
あえて正義があるとすれば、それは他人の事を根底から信じ、何も考えずに相手を助けるという事
自分はそんな存在には決してなれない
なれる人間は居ない
誰しもがきっと臆病で、壊れる事を恐れているのだから
何かを欠落させなければ、真の正義足り得ない
だから、自分は決して正義にはなれない

「それでも、良いんですかね…?」

生きていれば、きっと彼女は言うだろう

『祐一は、それに悩み、考え、苦しんだのだろう? だったら、私は構わない。それが祐一の路なのだから』

響く言葉は幻
だけど、どこまでも優しい幻
間違いもひっくるめて、師はきっと自分を肯定するだろう

「歩き続けます。この先―――」

きっと迷うだろう
悲しい事もあるだろう
だけど、きっと楽しい事もあるだろう

「俺は歩き続けます。全ての命に対して、死で贖う様な真似はしません。図々しいのかもしれない。だけど、俺は―――ねぇ、師匠…」

―――幸せになりますから

「だから、今はお別れします。後数日、シャイグレイスに居ますけど、次は何時帰ってくるかは判りません。だけど、俺は、俺達は、何時か必ず帰ってきます。その時に、きっと…逢いに来ます。誇り高き、“灼”熱を誇る世界最強の剣士の弟子として、太“陽”の如き煌めきを放った男の息子として、俺は―――」

深く笑み、墓に背を向ける
流れる風は別れを告げるかのように厳しく
だけどそれは、再開を約束する様に繊細に吹く




「【 神剣(ゴッド・ブレード) 】というシャイグレイスの騎士ではなく、【 灼陽貴(ジ・ナイツ・オブ・シャイン) 】という貴方達の遺産として―――――」

師が微笑んだ気がした
それは幻に過ぎないけど、だけど
彼女の口は確かに言葉を紡いでいた

「行って来ます」
『行ってらっしゃい』











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