宙に浮いた城、その群れの一角に大きな影が鎮座していた。包まって眠る紅く大きな影。ふと、その大きな影が動いた。伸びる首、立ち上がる手足。その影は全長にして約15メートル程になっただろう。その影の名は、ドラゴンと呼ばれる生物だった。

「ムラマサか…何用だ?」

 重低音が鳴り響く様な威圧感ある声。グルルと喉を唸らせながら竜が振り向いた先に、トンと軽やかに降り立った影が一つ。それは大男然とした、どこか人間離れした姿。鬼――そう表現される生物が、ドラゴンを前に笑っていた。

「話があったんでな。れっきとした情報だよ」
「情報? どんなだ?」

 ムラマサという鬼が楽しそうに笑う中で、ドラゴンはしかめっ面のままで見る。いや、何処か憂いていると言えばいいのかもしれない。竜という絶対種が、その瞳を曇らせているのだから。

「“天使”が攻めて来るらしい」
「―――ついにか…」

 ムラマサという鬼の言葉に、竜は空を見上げた。

―――暗い…

 空が白み始めるには、まだ幾許か時間があるだろう。だが、黎明と共に世界を銀が埋め尽くす事だろう。太陽と共に、正義の使者がやってくる。

―――正義、正義、正義か…

 人間の政府は正義を語り、自分達を淘汰しに来る。
 何という高慢か。自分達は唯、自分達が生きる場所を確保し、生きて行きたいだけなのに。何が発端か、と問われるならばこちらが訊きたい処だと竜は首を振る。自分達にも分かっていないのだ。嘘の様に、自分達――魔という存在は生まれた。準備と言う段階無く、魔という存在は世界に産み落とされた。

「陛下は―――」
「あん?」
「陛下は何と?」
「別に…戦うだけだろう? あの人は、俺達の為に戦う、それだけだ」
「それだけが、あの方の存在意義、か」

 遠くに建つ宮殿を見る。魔を統べる王が住まう宮殿。灯り無く、黒い背景に溶け込む様に建つ宮殿。星々の灯りがあれば十分である自分達にとっては、必要最低限の灯りしか必要無い。きっと、宮殿の中は最終決戦に備えて大騒ぎしている事だろう。

「ここが死地になるか…それとも我等の新たな繁栄に繋がるか…」
「さて、どちらかね? 俺は余り興味無いがな…」
「そうだな…興味が無い……静かに暮らせれば、それで我等は―――」

 十分なのだ。静かに暮らせれば。
 だが、今の時代の人という種は、我等を恐れる。必要以上に恐れる。だから根絶やしにしようと襲い掛かってくる。自分達の安全の為に。
 これまでどれ程の戦いを経てきただろうか? 産み落とされ、幾つ物戦場を駆け抜けた。魔王という存在が登場するまでは、負け戦を繰り返していた。

「ふ…あの頃が懐かしいな…」
「どの頃だよグランヴァズ」
「我等が四天王に任命される前の頃さ」
「…ああ…そいつぁ懐かしいな…」

 くつくつとムラマサが笑う。それにつられる様にして、グランヴァズも牙を剥き出しにして口を笑みの形に歪める。
 魔にとって、存在が産み落とされてから今まで、その全てが戦いの歴史と言っても過言ではない。気付けば自分達が淘汰される種なんだと思い知り、生き残る為に戦い続けていた。殺し、殺され。奪い、奪われた。だけどそれも、数時間後に始まるだろう最終決戦で決まる。

「勝てると思うか、ムラマサ」
「さて、ね。接近戦が主体の俺としては、離れなければどうにかなるかもしれんが」
「そうか」
「そっちはどうよ?」
「私は案外、最初に死ぬかもしれぬな…」
「あん? どうしてだよ」
「身体が大きいからだよ。最高に中て易い的だろう?」
「か〜、笑えない話だな、そりゃ」

 天使が降臨した際、彼女達は魔術しか使用しなかったと聞く。そんな彼女達にとっては、自分は魔術を中て易い的でしかない筈だ。最高の対魔術装甲である鱗を纏っている。太陽の如き灼熱の吐息を持っている。重力に干渉する、最早本能と言う様な力を持ち合わせている。高位の魔術を行使出来る。

―――だが、それで勝てるのか?

 天使は一体で、千の同族を殺した。そんな化け物に勝てるのか?
 そこまで考えて、笑う。化け物、そう、化け物。人が指す化け物という言葉は魔の存在を指すが、自分達にとっては天使こそが化け物と謳われる存在に他ならない。正義の使者、その正体は化け物。彼女達は人の世を救う為に存在しているのだから、化け物と呼ばれないだけだ。もし、別の形―――自分達の様な存在意義であったなら、彼女達こそ恐れられ、化け物呼ばわりされていた事だろう。

「化け物と化け物の戦いか…」
「お、言い得て妙だな。中々面白い事を言うねぇ」
「悩んでも仕方なき事だろうな、きっと。天使に勝てるのは、多分、陛下だけだろう」

 自分の無力を嘆くというよりは、それが当たり前である様にグランヴァズは言う。

「ま、俺らは隙をついて幾つか命を刈り取るか―――」
「共に乗り込んでくるだろう戦士達の駆逐に回るのが仕事になるだろう」

 くつくつと、声を殺して笑いあう。
 嘗てあった、魔の国での会話、その一幕。天使と魔王が崩壊を振りまく戦いまで、後数時間と迫った世界での、彼らの会話。
















Prologue - 紅き王と天に届いた鬼の会話 inserted by FC2 system