例えば、だ。  生ゴミなら肥料に加工して利用する。  粗大ゴミならバラして修理して再利用。  それ以外は焼却だ。  な? 普通の事だろう。  だから俺は、俺の目の前でふざけた事を言った奴を殴るのは至極普通の事だと思う訳だ。  つまり俺悪く無い。  いやその発想はおかしいですって!? ―――→ 勇者の話 #2 ギルドに顔出し(すると半分は怯える)  がっちゃんがっちゃんと、重い金属が袋の中で接触する音を鳴らしながら、くすんだ金髪に鋭い目つきの青年が街の中を闊歩する。  道行く人達は最初は「何事だ!?」と一度は振り向くが、皆揃って「何時もの光景だ」と苦笑しながら目を離す。  一見異常な光景だが、彼らにとっては見慣れた風景で、シド・ザーフィスが人が持つにはちょっとそれってどうなんだろう? と疑問を呈したくなる様な大荷物を抱えているのは、割と何時もの光景だった。 「シド君ありがとうねぇ」 「いえいえ、おやすい御用です。気にせんで下さい」 「今度はお茶でも出すから。お婆ちゃん頑張っちゃうわ」 「期待してます」  あはは、とその鋭い目つきに似合わず、シドは愛想良く笑って老人に別れを告げる。  一切休みを取らず走り続けて街までやってきたシドは、早々に知り合いの老人が重い荷物に困っているのを発見。いやーお久しぶりです、あ、荷物重そうですね、俺が持ちますよ、と言った流れで荷物を奪い取り老人の家まで送り届けたと言う訳だ。  それもあってか、時刻は既に夕刻を過ぎ、傾いていた太陽はそろそろ完全に隠れそうな位だった。 「さて、ギルドに顔出して…仕事貰っておくか」  ぴーぴぴー、と口笛を吹きながら一度荷物を担ぎなおしてシドは歩き出す。  向かう先はギルド。  あらゆる荒事雑事が集まってくる場所であり、場合によっては莫大な金額が動く場所でもある。  ついでに言うと酒場もあり、今向かっている場所は宿屋も兼業していた。ちなみに宿屋は安い。酒場が遅くまでやっていて煩い為だ。  手持ちが殆ど無いシドにはありがたい場所だが、ちょっと普通の人が泊まるにはお勧め出来ない場所である。  そんなこんなで通りを歩き続ける先に、それなりに大きな建物が目に入ってきた。  看板にはギルド・フォトシーク支部と書かれてある。 「はいはい、ごめん下さいよと」  正面の扉を開ければ騒々しい店内が姿を現す。  既に外へ喧騒は漏れ出ていたが、中に入った瞬間それは一気に強さを増した。  そんな光景に変わらないな、と嘆息しながらシドは店内に一歩を踏み出す。  と、そんな彼に店内に居た者達が気づいたのか、視線が集まり―― 「ゲェェエッ!? シド!?」 「お、シドじゃないかっ! 久しぶりだなぁ」 「ヒギィッ!?」 「うわぁぁあああああっ!」 「シドさぁんっ! 久しぶりっ」 「………はふぅっ(ガタッドサッ)」 「お、俺の骨は海へ捨ててくれ…!!」  約七割ほどが絶望の嘆きでした。  ちなみに二・三人イスから転がり落ち、床を這って店内の隅へと逃げてゆく。  余りの壮絶な、強大な敵が目の前に現れたかのような逃げっぷりに正直凹む。 「おいおい、俺が何をしたんだっていう話だよ…」 「シドさん色々なところで人のトラウマ作るの得意ですからね」  と、横合いから声。  この声は―― 「酷い言われようだ…それはそうと、久しぶりだなソルン、元気してたか?」 「えぇ、ここ最近はこれと言って大きな任務が転がり込んで来る事も無かったので」  近寄ってきたのは人当たり良さそうな青年だった。  ソルン・ウェリ、年はシドより一つ上で、このギルドの中では若いながら上から数えた方が早い勤続年数である。つまるところ、シドが単独で仕事を請け、こなしてくる様になった頃には既に彼も斡旋を行っていた事になる。  ベテランの斡旋事務員――それが彼だ。 「それはそうと、最近は街にも来てなかったみたいじゃないですか、何かあったんですか?」 「ん、あぁ…爺さんがこの前倒れて、つい先日死んじまってな…ちと片付けに時間がかかった」 「そうですか…あんなに強い方でも亡くなる日とは来るんですね…」 「全くだ。元気だった頃は絶対不死身だと思ってたからな」 「フフフ…そうですね」  少し暗くなった空気を払拭するように、二人で小さく笑う。 「――あぁ、今度暇が出来たらお墓参りに行かせて頂きます。色々とお世話になった方ですから」 「そうだな。その方が爺さんも喜ぶだろ」  暗い話はこれでお終いだ、とシドが続けようとした時、テーブルを激しく叩く音が一つ。  それにつられて食器の類が割れる音が響き、巨体が視界の端で立ち上げるのを捉える。 「おうシドぉ…テメェよくも俺の前に面ぁ出せたな…!!」 「悪いがアンタの前に顔を出せなくなる理由が思い浮かばん」  はぁ、とため息一つ。  面倒だな、と目線を向けた先には見た事がある顔。  確か―― 「バンクート・ゼイム…だったか?」 「貴様に手柄を横取りされた、な…!」 「横取り?」  はて、とシドは首を傾げた。  正直に言って思い当たる節が無いからだ。  この場所に居る者達はそこまで大きくないこの街では、その殆どが知った顔だ。ギリギリ辺境と言われる地であるだけに、見た事の無い顔は偶にしかいない。  ギルド内の酒場に入り浸っている連中なんかはここ一年殆ど変わっていないとも言える。  任務請負という形式を取る以上、ある程度は参考とする為に他人が行った仕事に目を通す事もあり、任務を頻繁に受ける者ほど名前は把握している。  シドが知るバンクード・ゼイムはその中でも結構な頻度で任務を受ける男だ。  であれば、どこかで任務の取り合いをしたか? と考えてみるが全くと言っていいほど思い当たる節が無い。 「ゼイムさん、何かの間違いでは? シドは手柄を横取りするような奴ではありませんよ?」 「煩い受付っ…! こいつは俺が狙っていた盗賊団を掻っ攫っていっちまったんだよ!!」 「…盗賊団…?」  盗賊団、と聞いて思い当たる任務が一つ。  しかし、 「俺は普通に廃村の中入って、普通に全員殴り倒して土下座させた後、普通に全員縄で縛って街まで連行しただけだが?」 「あぁ、あの件ですか。シドが珍しく穏便に解決したので覚えています。ですが…私の記憶だとゼイムさんが『いい金稼ぎになる』と言って手配書を貰った後、二週間近く経っても全く音沙汰が無かったのでシドに渡したのですが…」  おいそれってつまり逃げたんじゃね?  何だよプライドを守るためにシドに喧嘩売ったのアイツ?  え、なに、その自殺行為? 勇気は認めるけど命いらないの? 馬鹿なの? 死ぬの?  今の話を聞いていた外野が周囲と会話を始める。  酷い言われようだが、シドも逃げたという感想には同感だった。  むしろ、調べてみて無理だと感じたら仕事を放棄すると言うのは案外ありえる話であり、自分の命が優先なら尚更である。  正式に任務辞退手続きをして他の者に任せれば良い物を、プライドが邪魔をして取り下げの手続きをするのが恥ずかしかった、という事なのだろう。 「う、うるさい! それだけの準備期間が必要だっただけだ!!」 「それならそれで言って下さい。正直、ゼイムさんが依頼を実行せず保持していた期間でも、調べた限りで結構な被害が出ていました。相手が集団である事は“通常”準備が必要になりますが、それでも限度があります。次回からは――」 「はいはいソルンもあんまり言わない、何かもう殴りかかって来そうな勢いになってるんだからね?」 「クソが!! 殺してやる!!」 「うわぁっ! アイツ剣抜きやがった!! 殺されるぞ!?」 「どっちが!?」 「アイツがシドにだよ!!」 「おいそこ、俺はどんな鬼畜野郎だ」 「慈悲の欠片も無い奴!!」 「敵とあれば必ず殺す奴!!」 「お前ら後で処刑な」  ギャー! 正直は罪ー!?  三流コントの様なやりとりをして、改めて剣を抜いたゼイムを見る。  顔は赤く、息は荒い。明らかに正気ではない。  面倒だなと考えつつ、シドは今の今まで肩に掛けていたクソ重い袋を床に落とした。  バキッ!  ちらりと目を向けた先には、今落とした荷物が床板をぶち抜き上半分だけを床から覗かせている光景が。 「シドの荷物で床が壊れましたね。後で補修費払って下さい」 「いや、正直すまんと思うんだけどね。それはちょっとどうかと思うなー、俺は」 「荷物の罪は貴方の罪です。貴方が贖って下さい」 「聖職者みたいな語り口調だな、おい。だが少し考えて欲しい、その言葉は生物に対して囁かれるべき言葉だ。無生物に対して言うべき言葉ではない。つまり俺は悪くない」 「一々うるせぇぞコラァアアアアッ!!!」  振りかぶられた剣が、一直線に叩き落とされる。  シドはため息一つ。  激しく響き渡る音は、剣が床に突き刺さり吹き飛ばした音。  決して落とされた刃がシドを真っ二つに切り捨てた訳ではない。  シドはと言えば、既にソルンを抱えてギルドの外へと飛び出している所だった。脇に抱えて。 「脇に抱えるのは関心しませんね、シド」 「だからって俺、お前を咄嗟におんぶしたりとか出来ねーし。あの体勢からだと、え、何? お姫様だっこの方が良かった?」 「その場合は名誉毀損で訴えますね。えぇ、訴えますとも」 「嫌に力が入ってるなぁ…と、追ってきた追ってきた。うし、少し待て、片付ける」 「ギルドに傷がつかないなら構いません。ただ、相手に罪状が特に無いので、殺しては貴方が罪に問われます。注意して下さい」 「いや殺さないからね?」  よ、と抱えていたソルンを降ろし、シドは飛び出してきた男を見る。  もう正気の欠片も残っていない顔だった。  彼はここで敗北したら、ここには居られないだろう。  惨めに敗北し、恥を曝し、それでもギルドに居残る事が出来るだろうか? いや、恐らく出来ない。  元々プライドの高さが災いして、今回の様に喧嘩を売ってきたのだ。であれば、今ここで敗北した先にあるのは、こことは別の街で暮らす以外に己のプライドを守る術は無い。  そう、それでは余りにも哀れ過ぎないだろうか―― 「死ねぇシドォォオオオ!!」 「黙れアホがっ」 「うぼぁ」 ――とか考えたがどうでも良いので殴り飛ばしました。  ズシャー、とまるで氷の上を滑っていくかのように吹き飛ぶゼイムから目を離し、ソルンに向き直る。 「うーん、3秒はかかると思ってました」 「俺が剣を抜かない時点で瞬殺出来る相手だと理解すべきだな」 「そうでしたね」  いや、早く気づくべきだした、なんてソルンは言う。  殴られたゼイムは綺麗に決まったのか全く起き上がってくる気配が無い。  あのままなら朝まで目を覚まさないだろう。 「まー、冬じゃないし介抱しなくても死なないだろ」 「シドは鬼畜ですね」 「俺に喧嘩売ってきた奴をわざわざ助ける理由が見当たらないな」 「うーん、何時も思いますが…本当に勇者のひ孫なんですかね、シドは」 「さーてね? 俺も疑問だが、まぁ…爺ちゃん曰く、我が家の家宝を振り回せるなら勇者の血筋なんだとよ」 「力だけで言えば納得なんですがね…ただ、昔話に出てくる勇者像と結びつかないのが何とも…」 「おいおい何言ってるんだソルン。俺は今穏便に拳一発で全てを収めたんだが?」  スピード解決に加え、被害者は誹謗中傷を受けた俺一人だぜ?  ふふーり、と得意気にシドが言うが、ソルンはやれやれと肩を竦めた。 「その思考が勇者らしくないんですがねぇ…」  まぁいいです、と小さく言ってギルドの中へと戻る。  シドも、どうでもいいやと切り捨てソルンの中へと続いた。  何はともあれ、夕飯の時間である。 ――― * * * ――― 「それでシド」 「もっしゃもっしゃ、ふぁい?」 「食べながらで構いません」 「もっちゃもっちゃ」  あいよー、と口に出そうとするが口の中にまだ物があるので頷くに留める。  まるでソルンが可哀相な子供を見るような目でシドを見つめるが、一切無視。 「先程の盗賊団で思い出しましたが、最近ミシト渓谷付近にある村で食料庫が襲撃されたそうです。死人は出ていませんが、数名が負傷…まぁ、出来たばかりの若い集団なのでしょうね」 「もっしゃもっしゃ…んぐ、最近多いねぇ、そう言うの」 「王国が隣の国と戦争して数年経ちますからね…軍隊の縮小でも図ったんじゃないですかね…」 「んー…雇い口が無くなった傭兵やら何やらが盗賊山賊海賊をやってるってか…しかし、お前でもそんな位なんだな、情報速度」 「この街じゃ、王都から早くても2週間はかかりますからね…卓越した魔法使いがやる魔石を使用した晶石通信、でしたか? あんなのが無い限りは新鮮な情報なんて無理でしょうね」  あ、話が反れましたね、とソルンが話を軌道修正。 「ちょっと本題のついでに捕まえてくれませんか」 「ついでか」 「ついでです。ちなみに極力殺害と言う手段は止めて下さい」 「えー…」  面倒なんですが、とシドは言うがソルンはため息を吐き出す。  え、何、そのため息。 「全く…ゼイムさんの件とは別に、以前結構大規模な賊の討伐依頼を出したのを憶えてますか?」 「ん? まぁ、憶えてるけど…それが何?」 「シド、仕事が完了したと言って、運送屋を雇って死体袋を28もギルドに届けるのやめてくれませんかね…? お陰で雇っていた女の子がトラウマを作ってやめてしまったんですから」 「あぁ、いや、それはすまないと思っているんだけどね…爺さんの教育の所為か、もう、ほんと、村を襲撃する奴とか本気で死ねばいいと思う訳でね?」 「言い訳はいりません。生かしてですよ、いいですか? 生きたまま、捕えて下さい」 「二度も言わんでも分かるわ」  失敬な。  シドが言っては見る物の、ソルンの目は疑いの眼差しだ。 ――馬鹿な…腕の一本程度で済まそうと言う俺の慈愛の心を疑うとは…!  胸中で叫んだ言葉はあくまで胸中の中で叫ばれた物なので、ソルンが突っ込む事は無い。 「…それで本題は?」 「渓谷を下った先にある港町ミフトに届け物です」 「待て待て待て…わざわざ捕まえて連行して、その後で渓谷を下るの? え、二度手間じゃね?」 「…まー、貴方なら上手く出来るでしょう」 「え、なにその投げやりな態度。ちょっと、もう少しこう、人に物を頼む態度ってのがあるんじゃない、ねぇ!?」 「チッ…うっさいですね、反省してまーす」  ソルンはシドを一切見ずに半眼で答えた。  心底どうでも良いと言った反応に言葉。こいつ絶対反省してない。 「まぁ、荷物運びに関しては時間を長めにとってあります。そこまで緊急性の高い物ではありませんしね」 「だったら俺に運ばせんでも良いだろうよ。そこらへんの商隊に任せるとかさぁ」 「急いではいませんが、確実に届けて欲しい物だからです。貴方はこの街周辺では、悪党に触れてはならぬ惨殺魔王と恐れられています。貴方が襲撃をかける事はあっても、逆に襲撃される事は無いでしょう。つまりどういうことかと言うと安心ですね?」 「おい、惨殺魔王なんて言われてるのか俺!? これでも勇者の曾孫なんだけど!?」  今初めて知ったわ!?  驚愕の表情をシドは浮かべるが、ソルンは何を今更と呆れの篭った息を吐き出す。  いままでの通算殺傷数を知っているソルンからしてみれば、これで普通に街の住人から恐れられていない事の方が奇跡だった。  道を歩けば子供に手を振られ、老人にはお茶の誘いを受ける。  商隊からはありがとうと頭を下げられ、この街の貴族からはまた今度剪定を頼むと言われる。  そこは黙っていれば老若男女に親切で、普段は木々の世話やら剪定をしている好青年然とした姿があるからだろうか?  まさに存在がふざけた男だった。 「それについての議論はまた今度にしよう…で? 俺が運ぶのは何だ?」 「議論する余地など無い位決まりきった事ですがね…貴方に頼むのは、このフォトシークとミフトと間でやり取りされたお金の証書、その運搬です」 「証書ねぇ?」  この田舎街と港町の間で何かあっただろうか、とシドは考える。 「季節物か、貴族間での高額商品のやり取りか?」 「さて、私は伺っておりません。でも、グラヴァン様からですから、貴族の嗜好品と言う訳では無いでしょう。毎年の事を考えるなら、海産物の商業権利に関する書類、と言ったところでしょうか?」 「グラヴァンのおっさんか」 「…貴方位ですよ、このフォトシークの長をおっさん呼ばわりするのは」 「いや、爺さんが生きてた頃から世話になってるからな。ふーむ、まぁ、それなら断る理由は無いな。やるよ」  無愛想爺さんと有名だった我が祖父と、普通に会話出来るフォトシークの長。  シドが最後に見たのは、祖父が寝込みがちになった後一人で剪定に来た時だった。  孫馬鹿で、孫が『シドと同じ事がしたい!』と言って昔に東にある島国から取り寄せた『ボンサイ』をぶった切られた際にも涙を見せながら笑ってた男である。  そんな彼には何かと剪定の料金に色をつけてもらっていた。 「明日にでも行くとするかぁ。荷物運びも盗賊退治もさっさと終わらせるに限る」 「えぇ、頑張って下さい。仕事の間は剪定の道具はギルドで預かっておきましょう。そのクソでかい鋏はどうします?」 「念のため持ってくよ。普段は我が家の家宝は抜かないし」 「…いいですか、シド。鋏は人を裁断する為にあるものではないんですからね?」 「お前の俺に対する人物評が良く分かる言葉だぜ…」  俺は何処ぞの時計塔に住まう怪人ヨロシク鋏で人を両断した経験なんて――まぁ、無いと言う事は無いけど。 「ま、いいです。それよりも少し前に入った噂ですが、気になった事があったので注意して下さい」 「あぁ? 何だよ」  ちょっと不貞腐れた様にシドはソルンへと聞き返す。  ソルンは普段からのシドに慣れたものか特に取り繕う事も無く一つうなずき、再び口を開く。 「王都で勇者が啓示により選出された、と言う話を聞きました」 「勇者?」  そうです、とソルンは頷く。  シドは眼前にあったエールを呷りながら、胡散臭そうに聞き返した。 「まぁ、貴方が勇者の曾孫だと知っている私やギルドの他数名、血を引いている貴方からすれば眉唾物の話ですがね…。何でも王都の周辺では魔物が活発化しているらしく、それは新たな魔王が出現したからだと言う噂があるらしいですよ?」 「ふーん? それで神官様が啓示により勇者を見出し、魔王を倒す為に旅立たせたー、とか言う話か」  まぁ良いんじゃないの? とシドはエールをもう一度呷る。 「ふむ? もう少し何かリアクションがあると思いました」 「何を期待してんだ、お前は…」 「俺こそが真の勇者だ! 位は言ってくれる物かと」 「俺はあくまで血を引いてるだけだっての。俺は勇者の曾孫であって、勇者じゃ無い。血で決まるって話なら、初代様は一体何が基準だったか知らんしな」 「ふむ、成るほど…血では無い。そう言う見方も出来ますか」  勇者の曾孫が言うと説得力がありますね。  ソルンは感心した様に頷く、がシドは訳が分からない。  まだ“何故注意しなければならいか”を話してもらっていないからだ。  勇者が選ばれた――結構な話だ。世界平和のため勝手に頑張れ。それで? それがどうしたと言うのだろうか。 「それがどうした、と言う顔ですね」 「分かってるなら教えてくれ。どうして勇者が選ばれた事に注意せにゃならん」 「それなんですが…王都からの情報の他に、王都近隣の街からの情報も入っていましてね…」  はぁ、とそこで溜息。 「どうやら魔王討伐の為の徴収だとか、なんだとか…それで旅人からは武器を取り上げ自分の物にしたとか、そんな話がありまして」 「あー…勇者ってのは随分盗賊さんに似ていらっしゃるんですね?」 「そんな胡散臭って目で私を見ないで下さい。他にもお連れは兵士30人だとか、女性を襲っていただとか、そんな話ばっかなんですから…」  ほんと、どうしたらそんな話が出て来るのやら…。  ソルンが呆れの溜息を吐き出し、シドは鼻で笑う。  しかし、勇者が動けば世界が変動を見せ、ある程度よくない噂も立つだろうが――それでもその全てが良くない噂一色になるだろうか? 「……火の無い所に煙は立たない、か…?」 「念のため気をつけて下さい、と言う話です。屑野郎であれ、何であれ、相手が王命を授かった存在である事は確かです。下手に逆らえば、国家に反逆したとして捕らえられても不思議ではありません。どうも貴方の変態的な戦闘能力を知っている私としては注意するだけ無駄だと考えてしまいますが、注意するに越したことはありません」 「へいへい、お気遣い痛み入るよ」  やれやれ、と肩を竦めて残っていたエールを一気に飲み干す。  全く勘弁してくれ、と小さく呟き追加のエールをシドは頼む。今度はソルンの分もだ。  何はともあれ邪魔されるなら全て粉砕が信条のシドとしては、道を塞がれない限りはどうこうする気はかけらもない。  基本的に正義感と言う名の何か別の物しか持ち合わせていないシドは、そんな奴を倒す気すら湧いて来ない。  シドはどうでもいい事だと思考を締め括り、話をここ最近の事へと移す。  或いはこの時、この場所から、勇者のひ孫――シド・ザーフィスの物語は始まったのかもしれない。