「勧善懲悪? あぁ、今世は潔く死んで来世でよろしくやれって言うアレだろ? 爺ちゃんに教えて貰ったぜ」 「それは勧善懲悪とは言わないと思いますよ、シド」 ―――→ 勇者の話 #3 ミシト渓谷川下りの旅(の前に勧善懲悪を投げ出す男の話)  ギルドから直接の頼みと言う事で荷物を渡すと、シドは旅用の装備を持って翌日には街を出た。  背中には馬鹿でかい鋏。それと荷物が詰まったナップザック。腰にはやたら存在感を撒き散らしている剣が一振りある。  フォトシークからミフトへ向かうには、幾つかの方法がある。  一つ目は馬車に乗ってのんびりと向かう方法。  二つ目はフォトシークから見える小さな山裾にある渓谷を下る方法だ。  今回シドが取る方法は二つ目。渓谷へと向かい、船を借りて下る。船は現地調達だ。  わざわざ二つ目の方法を取るのには理由がある。  それはソルンにも頼まれた盗賊を捕らえる依頼があるからった。 「都合良く居てくれればいんだけどねぇ…」  フォトシークから道なりに進むと、山で切り倒した木を下流へと流す仕事を村単位で請け負っている集落がある。  シドは一先ずとして、その場所へと歩を進めている。  空は晴天。風は荒れる事も無く穏やか。何とも眠気を誘う空気に、シドは欠伸をしながら一人歩いていた。 「魔獣も出ないし…王都の周囲では活発になってるって話だけど、何かの間違いじゃねーの…」  世界は穏やかな風が吹くのみ。  野生の動物を時折見かける事はある物の、未だ敵意を振りまいて襲い掛かって来るような存在には出会っていない。  勇者が選ばれたとか、魔王が復活したとか、本当かと疑ってしまってもしょうがないだろう。  欠伸を時折漏らしながら、シドはそのまま数時間を歩いていた。  視界に入る山も近付き、歩いてきた緩やかな起伏は今では段々と激しさを増している。  周囲の草花も背の高さを増し、シドの身長を越える物も出てきた。  それでも普段道は使われているのか、踏み均された事によって出来ただろう道に沿ってシドは歩き続けていた。 「ん?」  と、そんなシドの視線の先で影が動いた。  恐らくは――人。  そこから考えられる可能性は、 「盗賊か村人か…どっちだ?」  さて、と呟き荷物を背負いなおす。  どちらにせよこのまま進めば自ずと答えは出るだろう。  シドは歩みを止める事無く進み続ける。  そうすると、姿が段々と把握出来てきた。  腰には剣。鎧は纏っておらず、普通の服を着ている。  身体は大きく、身長もシド以上にある。  が、しかし――それ以外は普通であるが、 「と、止まれ!」 「よし、俺の前を遮ったと言う事はお前が噂の盗賊だな!」 「!?」  とりあえず疑ってみよう。  超極論によってシドは笑顔でその握り拳を相手へと向けた。  例によって例のごとく、相手はいきなりペースを崩され、心配になるほどうろたえている。 「おいおい、いきなり追い剥ぎかと身構えたのに、何腰抜かしかけてるんだ盗賊1」 「と、盗賊1!? 違う! 俺はこの先の村の者だ!!」 「ふーん。じゃ、何で村の奴がわざわざ俺の行く手を遮るよ? ちなみに盗賊1の1は最初に出会ったからだ。よかったな、一番だぞ?」 「喜ぶ要素が一つも無い!! 俺は忠告に来てるんだ! 俺達の村は盗賊達に狙われてるから、下手に中に入ろう物なら一緒に狙われかねない」 「と言う事は、盗賊は居るんだな? 結構結構。んじゃ案内してくれ」 「アンタ何聞いてた!?」  おいおい、何聞いてたって盗賊が居るって話を聞いたんだが?  馬鹿じゃねーの、とシドは男へ哀れな奴を見る様な視線で訴えかける。 「…え、何で俺がバカにされてるの…?」 「察しろよ。俺が盗賊を捕まえに来たんだ」 「………えっ……え…?」  シドの言葉に、男の表情が目まぐるしく変化する。  呆然と言った表情から喜びに変わり、目の前のいきなり拳を向けてきた男が解決に来たと頭の中で結論された瞬間、諦観の表情になった。  実に失礼である。 「…ま、今回は俺の態度も悪かったから特に何も言わないがね…」 「……本当にアンタが盗賊の退治を引き受けてくれたのか?」 「フォトシークで依頼を受けてな。別件もあったが、それを片付ける道の途中にあったという訳だ」 「そ、そうか。あの連中を片付けてくれるって言うなら、文句は無いが…」 「だったらさっさと行くとしよう。話しは道すがら聞かせてくれ」 「分かった…だから頼むよ…」 「りょーかいだ。安心しろ、今日で解決だ」  その言葉は力強く、意味も無く信じたくなる様な魅力に溢れていた――訳も無く、男は不審げに眉を顰め、女神に成功を祈るのだった。 ―――――――――――― 「何か燃えるもんくれ」  そんな(不吉な)言葉でゲットした枯葉と薪の山を担ぎ、シドは山道を進んでいた。  背中には相変わらず自己主張激しい化け物鋏に、旅用のバッグ。腰には存在感が激しい剣が一本。  その重量は既にプレートメイルを纏った大人一人を担いでいるのに匹敵する。  が、しかし、シドの顔にあるのは何時もの表情であり、苦しさの一欠けらも浮かんでは居なかった。  馬鹿力ここにあり。  勇者のひ孫だからとかどうとかは関係なく、もう人間的に何かおかしい身体能力を発揮して踏み慣らされた山道を登ってゆく。  目指す先は盗賊が拠点としている洞穴だった。  スイスイ山道を進みながら、シドは村で聞いた話を思い返す。  話を少し聞けば、現状人死には出ていないようだった。  どうしてか、とシドが考えながら被害状況等を語ってくれる者達を見渡たした結果、何となく理解。  体格いいなぁ…。  シドもシドで研ぎ澄まされた刀剣の様な身体であるが、ここの男達は例えるなら大斧だ。  ここは林業を主としている樵の村。ほぼ全員が日中は斧を担ぎ、木々を切り倒す生活を送っている。  筋骨隆々な男が、斧と剣を持って日中警備するのだ。普通の犯罪者には怖くてしょうがないだろう。  それに加え、盗賊の中には余り戦いなれているような者もおらず、明らかに元農民だろう者達も混じっているらしかった。  襲ったらがたいのいい強面のあんちゃんでしたでは当人達には笑い話にならないだろう。  しかも一人二人ではなく、村の男殆どが筋肉マンである。笑おうとしても確実に頬が引きつる。  ガキのやんちゃレベルかよ。  思わずそう突っ込みかけた記憶をシドは胸のうちに仕舞う。  しかし、人的被害は出ていないが作物等は荒され、奪われてしまっているらしい。  それなりに頭の方は働くのか、毎度上手く食料だけは奪取していくと言う話だった。  筋肉農民対もやし盗賊。  何ともまぁ、襲われる側の戦闘能力が高いと言うのが何か間違っている気がしてならない。 「うーん。場合によってはソルンとの約束を反故にしてもぶち殺すべきかと思ってたが…」  やる気をそがれる展開だ。  やれやれ、と肩を竦め、しかし歩みの速度は落とさずにシドは山を登り続ける。 「まぁいい。どちらにしろ全員捕まえるのは決まってるんだ。生かすも殺すも捕まえてから考えよう。ふふん、生殺与奪は我が手の中〜♪」  不吉な歌を口ずさみながらシドは山を登る。  その姿は凶兆を謳う御伽噺の悪魔そのもの。絶対勇者のひ孫じゃないだろとの指摘は受け付けない。  そのままこそこそと上り続ける事少し。上りの道は段々と平坦になってくる。  シドは遠目に洞穴の入り口を確認すると、一時荷物を置き、匍匐で前進し始めた。 (さーて、洞穴の前に居るのは、っと…一人に二人に…少し入ったところに三人目の気配だな…ふむふむ)  相手の配置を確認し、思考を巡らせる。 (入り口に二人、少し奥に一人。森の切れ間から最短で一人目を撃沈してもう一人も撃沈。三人目が悲鳴を上げる前に撃沈させればいいな。うん完璧。問題なし。行ける行ける!)  思考、僅かに1秒。  普通の脳筋だってもう少し考えると言う速度で行動指針を打ち立てると、邪悪な笑みを浮かべながら洞穴に一番近いだろう草陰に移動し始める。  やがて一番洞穴に近い草陰に息を殺して潜むと、シドは隙を伺ったりとか面倒な事はせずに最速で飛び出した。  驚いたのは見張っていた側である。  丁度タイミング良く見ていた草陰から、邪悪な笑みを浮かべた男が拳を振りかぶって突撃してきたのだ。普通の山賊に向かって驚くなと言う方が無理だろう。 「っ…!?」  見ていた男はそのまま何も出来ずにシドが振りかぶっていた拳に殴り飛ばされ、悲鳴すら上げずに洞穴の外の壁に吹き飛んでぶつかり、そのまま気絶。  丁度別方向に視線を走らせていた二人目が何事かと振り返った瞬間には、拳が既に眼前へと迫り視界のほぼ全てを隠そうとしているところだった。  鈍い音を響かせて二人目が同じように吹き飛んで岩壁へと激突し、ずるずると座り込む様に気絶する。  この段階になってやっと思考が“襲撃された事”に向かったのか、声を張り上げようと三人目が息を吸い込み―― 「ふんっ(小声)」 「げふぉうっ…!」  しかし声になる事は無く、シドのボディへの一撃で苦悶の呻きと共に息が吐き出され、失神。  ここに事前計画と違わない事をやり遂げた男が満足の頷きを見せた。  シドは気絶した三人を引きずると洞穴の外へ転がし、それぞれを簡単に縄で縛って放置。  担いで持ってきた道具を使用する為の準備を始めた。 「ほいほいほい、っと。後はこれに火をつけて出来上がり、と」  燃えやすいように積み上げられた薪と、良く燃えるように撒かれた枯葉に、シドは種火を落とす。  一瞬で燃え広がったそれは、黒煙を吐き出しながら燃え盛り――魔手を洞穴の中へと伸ばしていく。  その結果に、ニヤァ…と言う擬音が聞こえそうなドス黒い笑みを浮かべると、シドは洞穴の横手へと移動する。  ここまで来れば語らずとも何をするか理解出来るだろう。  つまりこの男、煙で山賊達を燻り出そうとしているのである。 「……んー……お?」  轟々と燃える炎を眺めていると、煙に気付いたのか洞穴の中から悲鳴が聞こえてくる。  シドはそれを聞いてから薄ら寒い笑みを浮かべると、炎の横に仁王立ちした。  やがて多くの足音と絶叫が聞こえ、十数人の団体が洞穴入り口へと逃げ出してくるのを確認。  シドはニッコリと笑いながら拳を握り締めた。 「げほげほぁっ!? 一体何がどうなっぶぅあぁああっ!?」 「はーい一人」 「ごほっごほっ…! な、なんげばぁっ!?」 「そーれ二人目ー」 「て、敵っ!? ぐはぁっ!?」 「続いて三人目、と。へい!頑張って外に逃げろ!そうしないと煙に巻かれて死ぬぞ!!」 「何なんだお前!?」  悪魔の所業である。 「おいおい、そこに居るときついだろ? 早く新鮮な空気を吸いたいだろう? 俺の後ろがゴールだぜ?」 「悪魔か何かか!?」 「失敬な」  ふん、と鼻で息を吐き出しながら、シドは耐えられなくなって飛び出してきた四人目に裏拳を叩き込んで吹き飛ばす。 「ただ洞穴とかに足を踏み入れると奇襲とかされる可能性があるから、煙で燻り出したところを殴ろうと思っただけだ。それにめんどくさい」 「めんどくさいが本音かクソッタレ!?」 「わざわざ殺すなと言われたから俺は気を遣ってんだけどね、その証拠に俺は剣を抜いてない」 「何だその“俺っていい奴だろ”みたいな視線は!? あぁっもういい! 全員で行くぞ!! 流石にそれなら奴もひとたまりが無い筈だ!!」  怒号一声。山賊達は生き残るために一歩を踏み出す。  数は丁度十人。  確かに先ほどの「ひとたまりもない」は真実だろう。  普通なら十人に囲まれて襲われれば、よっぽどでも無い限り敗北は必至。先ずは勝てない。  だが、シドである。  よっぽどの存在がここに居る。 「うぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」 「お仕事完了拳!!」 「ぶへぁああっ!?」  山賊達は反吐を撒き散らしながら空を舞った。  それから四半刻(三十分)後。 「ず、ずびばぜぇん…命だけは…命だけはぁ…!」 「だから別にお前らを殺したりしないって」  シドは正座して頭を地面に擦り付けて命乞いをする山賊達を前に、小さくため息を吐き出した。  拳で打ちのめすまでは良かった。  しかし、その後に出来上がるのは総勢十七人の涙を流し嗚咽を漏らす汚らしい男達だ。鬱陶しい事この上ない。  やれやれ、と肩を竦めて全員を眺める。  村人達(筋肉)の証言通り、全員が全員あまり体格が良くない。痩せ細る、という表現までは行かないが、それでも痩せているのが実情だった。 「んっんー…とりあえず確認だ。これで全員か?」 「は、はいそうです…」 「嘘じゃないな?」 「ほ、本当です! 信じて下さい!」 「そこまで怯えるなよ…嘘ついてたって別に殺しはしないさ………今は」 「今は!?」 「はい次の質問に行きます」  答えるのが面倒なのでシドはスルー。  不安そうに見つめる視線を全て無視して次の質問へと移る。 「お前ら傭兵崩れか? それともどっかの正規兵…だったらもう少しマシな装備してるか」 「い、いえ…一応正規兵でした。ただ、俺達農民あがりだったし、いきなり荷物纏めて出て行けって言われたから…」 「ふーん…いきなり、ねぇ…」  いきなり辞めさせる、なんて事があるのだろうか。  シドは言葉を噛み締めながら思案する。  軍縮があったとしても、やり方はもう少し丁寧だ。いや、正規の手順に則って兵を減らすのだ、丁寧でなければ後から反発を招いて被害を受けるのは雇う側なのだから当たり前である。  嘘か? と言う答えが浮かびかけた処で、シドは最近聞いた話を思い出した。 「…勇者のせいで追い出されたか?」 「え、はい?」 「勇者が啓示によって選ばれた事によって、重要でなさそうな場所を切って資金を注いだ…と言ったところか。どうだ?」 「は、はぁ…俺達も詳しい事は聞きませんでしたが…城下から追い出された後に聞いた話だと、恐らくそれで間違ってないかと」 「あー…世知辛い世の中だねぇ、全く」  本来、平和を護るだとか世界を救う存在だとか言われている勇者が、その存在を国で養う為に“兵士への給金や居場所(リソース)”を奪うだなんて笑い話にもならない。  目の前で不安そうに見てくる彼らを前に、シドは己の裡に流れる勇者の血筋にため息を吐き出した。同時にやる気も削がれ、少し漏れ出ていた殺気も消えてしまう。 「はぁ…何かどっと疲れたわ。よし、面倒だからこうしよう。選択肢をくれてやるから選べ」 「は、はい?」  疑問顔の盗賊達を前に、シドは指を二本立てた。  一体どんな選択肢なんだ。  山賊達が猜疑と恐怖と絶望の入り混じった視線を向ける先で、シドは口を開いた。 「ここで俺の手によって処刑されて魔物の肥やしになるか、筋肉村で御免なさいした後に判断を仰ぐか、二つに一つだ」 「どっちみち死ぬのか!?」  選択肢もクソもあったもんじゃねぇよ!  山賊達が絶望の声を上げる中、シドは呆れた様に肩を竦める。 「アホめ。あの村人達は確かに外見はマサカリ担いだ筋肉の塊だが、話を聞かない様な奴らじゃない」 「………」 「つーか、奴らはお前ら相手に一々気が小さい。あいつらが束になって襲ってきたらお前ら全員既に死んでるだろ。体格差を見ろよ」 「………確かに」 「それにお前らは誰も筋肉達の仲間を殺してないだろう? むしろ殺せてないだろうが。精々が掠り傷だ。何とかなるだろ…多分」 「………(最後に多分とかつけた)」  以上、会話終了。  死にたくないならついてこい、とシドは彼らに構わず後ろを向いて歩きだした。  その行動に驚くのは盗賊達である。今まさに、完全に、シドは彼らから目線を外して歩き出している。  逃げるなら今しか、いやそれよりも背後から全員で襲い掛かればもしかしたら――! 「ちなみに、今ここで一人でも逃げる様な奴が居たら残らず全員皆殺しだからよく考えろよ? 安心しろ。俺は責任感のある男だとギルドでも評価の高い男だ。責任持って全員あの世で再会出来るように取り計らってやる」 「つ、ついて行きますぅ…」  余りの言葉に、立ち直りかけていた心が一瞬で再度へし折られる。  一切振り返りもせず「逃げたらお前ら全員殺す」宣言を行うシドに、山賊達は一も二もなく必死に頷いた。  全員の心がまさに一つのところに集約されていた。つまり「死にたくない」。 「ふんふーんふーん、生殺与奪は我が手の中〜♪」 「ひぃっ!?」  どう見ても勇者の孫だなんて想像出来ない。  まさにこの男、死神か何か。  山賊達は村に辿りつく少しばかりの間、シドが口ずさむ物騒な歌におびえ続けていた。